5.二人目の犠牲者
振込を待つその夜、香織の部屋の空気は固まっていた。
須藤は居間の隅に縛られ、口には再びテープを貼られていた。剛はその近くで煙草を吸っていた。一本、また一本と火をつける。香織は何度も窓際へ行き、階下の様子を確かめた。足音が近づくだけで、体が強張った。
美羽は携帯を握り、入金通知が来ていないか何度も確認していた。
時間だけが過ぎていった。
金は入らない。
電話も来ない。
須藤の姉からの連絡は、途絶えたままだった。
剛が煙草を灰皿に押しつけた。
「あの姉、警察に連絡したんじゃないか」
香織が顔を上げた。
「そんなはずないでしょ」
「弟が急に三百八十万円振り込めって言ってきたら、普通は通報するだろ」
美羽の顔色が少しずつ変わっていった。
彼女は部屋の隅の須藤を見た。
「もう待てない」
香織が固まる。
美羽の声は軽かった。
「生きていたら、私たちは必ず捕まる」
剛は目を閉じた。
須藤をこの部屋に連れ込んだ時点で、逃げ道などない。彼もそれはわかっていた。けれど、わかっていることと、自分の手で一線を越えることは違った。
剛は台所へ行き、ビニール袋を持って戻ってきた。
「俺がやる。二人は押さえろ。縄をほどかせるな」
香織の唇から血の気が引いた。
「本当にやるの?」
誰も答えなかった。
須藤は何かを察したのか、激しく体をよじらせた。テープの下から、くぐもった懇願の声が漏れる。足が床を蹴り、壁に鈍い音が響いた。
香織は反射的に一歩下がった。
その背中を、美羽が押し戻した。
「香織姉ちゃん、もう遅い」
その一言が、香織に残っていた最後の迷いを押しつぶした。
数分後、居間は静かになった。
須藤は動かなくなった。
壁には乱れた靴跡が残り、ローテーブルは傾き、灰皿は床に落ちて灰を撒き散らしていた。剛は床に座り込んでいた。顔は灰色だった。香織は口元を押さえ、立っているのもやっとだった。
美羽だけが、携帯の画面を見ていた。
彼女が本当に気にしていたのは、まだ入ってこない金だけであるかのようだった。
深夜、三人は須藤の遺体を車に積み、郊外の使われていない空き地へ向かった。
白川町の郊外は、夜になるとひどく冷えた。遠くに街灯がいくつか見えるだけで、人影はなかった。剛と香織が穴を掘った。手は泥で汚れた。美羽は少し離れた場所に立ち、もう声を出さない体を見ていた。
そこに表情はほとんどなかった。
遺体を埋めたあとも、三人はすぐには動けなかった。
香織は地面にしゃがみ込み、吐いた。
剛はスコップを握ったまま、低く悪態をついた。
美羽は携帯を取り出した。
着信はない。
入金通知もない。
そのとき彼女は、金はもう入らないのだと理解していた。
だが、問題はまだ残っていた。
園田莉子の口座だった。
須藤の姉が警察に通報していれば、警察は必ず振込先の口座を調べる。口座から莉子にたどり着く。莉子が香織に頼まれて口座を貸したと話せば、三人はすぐに見つかる。
それを聞いた香織は、ほとんど崩れ落ちそうになった。
「だめ。莉子は何も知らない」
剛はソファに座り、虚ろな目をしていた。
「知らないから危ないんだ。警察に聞かれたら、何でも話す」
「だからって、殺すなんて」
美羽は香織を見た。
「香織姉ちゃん、莉子さんが口座のことを話したら、私たちは終わる」
香織は強く首を振った。
「友達なの」
「私たちは、もう須藤を殺した」
部屋は再び静かになった。
香織は長い時間、泣いた。
だが涙は、彼女を警察へ向かわせなかった。
部屋から逃げ出させもしなかった。
最後に、香織は携帯を手に取り、莉子へ電話をかけた。
翌日の夜、莉子は香織の部屋へやって来た。
手には菓子の入った袋を提げていた。玄関を入るとき、彼女は笑っていた。
「急にご飯って、どうしたの?」
香織はグラスを持ち上げた。指先がかすかに震えていた。
「この前、口座のことでちゃんとお礼を言っていなかったから。今日はゆっくり飲もう。私たちも、しばらく会えていなかったし」
莉子は何も疑わなかった。
「それだけ?この前もお礼は言ってくれたじゃない。じゃあ今度はうちに来てよ。夫が隠しているいい酒があるから、二人で飲んじゃおう」
香織はうつむき、莉子を見られなかった。
美羽は隣に座り、莉子が自然に上着を脱いで、菓子をテーブルに置くのを見ていた。その女性は、香織をまったく疑っていなかった。それどころか、美羽の店のことまで心配し、これからどうするのかと尋ねた。
美羽はグラスを持ち、軽い声で答えた。
「まずは、この時期を乗り切ってから考えます」
その夜、莉子は多く飲んだ。
子どものころ香織と一緒に学校を抜け出した話をした。結婚後の暮らしについても話した。最近、仕事が少しうまくいっていないこともこぼした。香織は隣でうなずいていたが、あまり言葉を返さなかった。
夜が深くなるころ、莉子はソファで眠り込んだ。
香織は彼女を見つめ、静かに涙を落とした。
剛が立ち上がった。
美羽は視線をそらさなかった。
善意で手を貸しただけの友人は、こうして死へ押し出された。
それはもう、報復ではなかった。
追い詰められた末の選択でもなかった。
一つの罪を隠すために、さらに大きな罪を作っただけだった。




