4.保険金と火
裁判が終わったあと、取材班は新堂奈緒に面会する機会を得た。
前田沙也香は面会室に座り、ガラスの向こう側にいる女を見た。奈緒の顔色は白く、目は相変わらず大きく丸かった。黙っていると、まるで運命に押し流されてここまで来ただけの女に見えた。
沙也香はノートを開いた。
「三浦慧子さんの死に、あなたは関わっていますか」
奈緒は目を伏せた。
その名前を見たくないように。
「最初は、慧子さんを追い出して、透と一緒になるつもりでした」
少し間が空いた。
「でも、あの家に入ってからわかったんです。本当に稼いでいたのは慧子さんだった。彼女がいなければ、透は翔平より稼げない人でした」
沙也香は遮らなかった。
奈緒の声は小さい。
だが、はっきりしていた。
「だから、保険金を思いつきました」
奈緒は最初、慧子さえいなくなれば、透と一緒にあの別邸で暮らし続けられると思っていた。だがすぐに、透が慧子を愛していること、そして慧子の金なしでは暮らせないことに気づいた。
透を協力させるには、彼の弱みを握る必要があった。
機会は、慧子が出張で家を空けた日に訪れた。
その日、奈緒と透は別邸で酒を飲んでいた。酔った透は、若いころに大麻などの違法薬物に手を出したことがあると口にした。今、思うようなデザインができないのは、あのころのような「ひらめき」がないせいだとも言った。
薬をやめてから、仕事は少しずつ落ちていった。
慧子はそのことを知らなかった。
奈緒は、そこをつかんだ。
彼女はすぐに透を脅したわけではない。まず、もう一度違法薬物に触れさせた。透は奈緒の手の中に弱みを残し、そこから簡単には抜け出せなくなった。
二人は保険金の計画を進め始めた。
透は慧子に複数の生命保険を追加し、受取人をすべて自分にした。奈緒は、その金が下りる日を待った。
事故の日、慧子は月見丘近くの坂道を車で走っていた。
車は電柱に衝突し、車体は大きく変形した。奈緒は助手席から這い出し、軽いけがで済んだ。だが慧子は衝撃で意識を失い、運転席に閉じ込められていた。
車は、その時点ではまだ燃えていなかった。
奈緒は、油の匂いを放つ車を見た。
そして、火をつけた。
慧子は炎の中で死んだ。
奈緒は、保険金を手に入れれば透と新しい生活を始められると思っていた。彼女は透を愛していたわけではない。愛していたのは、あの家と現金、そして過去から抜け出せる可能性だった。
だが透は、奈緒の思うようには動かなかった。
保険金が支払われると、奈緒は透に全額を現金化させた。あとで警察が消費履歴をたどれないようにするためだった。透は言われたとおり、三回に分けて金を引き出した。
だが、その金は新しい生活にはならなかった。
大半は、透が違法薬物を手に入れるために消えていった。
奈緒は止めようとした。
しかし、薬が切れたときの透は、かつての身なりの整ったデザイナーではなくなっていた。物を壊し、奈緒の手首をつかみ、何度も彼女を傷つけかけた。
奈緒は警察に行くことも考えた。
だが慧子の死に関わっている以上、自分も無事では済まない。
追い詰められた彼女は、翔平を思い出した。
かつて自分が捨てた男。
それでも、まだ自分に未練を残している男。
奈緒は新しい電話番号を用意し、翔平に連絡した。月見丘の別邸へ来れば金が手に入ると伝えた。
そして、わざと透と関係を持ち、その場を翔平に見せた。
そのあとは、佐伯が最初に推理した流れとほとんど同じだった。
嫉妬と借金に追い詰められた翔平は、理性を失った。鎖で透を拘束し、殴り、金を出せと迫った。奈緒はそばで怯えたふりをし、その後、寝室で気を失ったように装った。
翔平が透を痛めつけているあいだ、彼女は機会を待っていた。
そして翔平が油断した瞬間、奈緒は彼を二階の廊下から突き落とした。
その後、自分が現場に残した痕跡を消し、現金の一部を持ち出した。主寝室の窓から庭へ飛び降り、荒れ地を抜けて逃げた。
すべてを消したつもりだった。
だが、シーツに残ったDNA、ベッドの角の奥に残った小さな血痕、草地の半分だけの足跡、そして銀行の防犯映像が、彼女を事件の中へ引き戻した。
事件は海坂地方裁判所に送られ、裁判員裁判で審理された。
検察官は、新堂奈緒が架空の被害話を作って三浦慧子に近づき、その同情心を利用して月見丘の別邸へ入り込んだと主張した。そのうえで、保険金を得るために慧子の死を引き起こし、さらに水原透の違法薬物の問題を利用して彼を支配したと指摘した。
最終的に奈緒は岩崎翔平を呼び寄せ、その結果、透は鎖につながれて飢え死にし、翔平は転落死した。
水原透はすでに死亡しており、裁かれることはなかった。
それでも警察は、慧子の死亡事件に透が関与した事実を、事件記録として整理した。岩崎翔平は当初、「透を殺した犯人」と見られていたが、最後には奈緒に利用された加害者であり、同時に死者でもあると位置づけられた。
奈緒は殺人、保険金詐欺、証拠隠滅、その他の関連犯罪で起訴された。
法廷で、彼女は多くの時間をうつむいて過ごした。
その顔は、人の警戒心を解きやすかった。
だが記録の中の一歩一歩は、どれも受け身ではなかった。
弁護人は、奈緒が貧しい環境にあり、長く不安定な生活を送っていたこと、複雑な人間関係の中で支配されていた面があることを訴えた。透が薬物で崩れていく中で彼女が恐怖を感じていたこと、逃亡中には極度に衰弱していたことも主張した。
裁判所は、それらの事情を否定しなかった。
だが、貧困も恐怖も不幸も、人の善意と弱さを何度も利用した事実を消すものではなかった。
海坂地方裁判所は、新堂奈緒に明確な殺意と高い計画性があったと認定した。結果はきわめて重大だった。
奈緒は殺人、保険金詐欺、証拠隠滅などの罪により、無期懲役を言い渡された。
判決のあと、沙也香は奈緒に一度だけ取材する機会を得た。
面会室で、奈緒はガラスの向こう側に座っていた。
慧子が炎の中で死んだ話になっても、彼女の目に大きな変化はなかった。
沙也香はその顔を見て、背筋に冷たいものを感じた。
「後悔していますか」
奈緒が顔を上げた。
その目は澄んでいた。
澄みすぎていて、かえって気味が悪かった。
「後悔していると言ったら、信じてくれますか」
沙也香は答えなかった。
奈緒は小さく笑った。
「慧子さんは、優しすぎました」
その声に、罪悪感はなかった。
失敗した弱点を評価しているような響きだった。
沙也香はノートを閉じた。
その瞬間、彼女はようやく理解した。
新堂奈緒の本当に恐ろしいところは、美しいことでも、かわいそうな女を演じられることでもない。
彼女は本気で信じているのだ。
人の善意は、押せば開く扉にすぎない。
扉さえ開けば、中に入り、すべてを持ち去れるのだと。
月見丘の別邸は、その後長いあいだ封鎖された。
庭の草はさらに伸び、小さな池の錦鯉は誰にも世話をされなくなった。かつて透が手を入れた家は、やがて近所で幽霊屋敷のように語られるようになった。
夜に通ると、二階の窓に影が見えると言う者もいた。
だが佐伯は知っていた。
あそこに幽霊はいない。
本当の鬼は、もう家の外へ出ている。
それは人の欲望の中にいる。
善意が利用される瞬間にいる。
そして、あの無害に見える顔の奥にいる。




