2.三発目の弾丸
司法解剖の報告書が佐伯の手元に届いたとき、事件には最初の大きな疑問が生まれた。
二人の遺体に残った弾丸の数が合わなかった。
森下猛には、右脚と胸に一つずつ傷があった。
黒川慎吾には、胸の致命傷が一つだけだった。
真帆の供述どおりなら、慎吾の最初の一発は森下の右脚に当たっている。その後、森下は負傷した脚を引きずり、自宅の違法改造空気銃を手に取った。そして慎吾の胸を撃ち抜いた。
慎吾はその場で死亡した。
もしそれが事実なら、慎吾がもう一発撃つことはできない。
では、森下の胸に撃ち込まれた一発は、誰が撃ったのか。
佐伯は捜査員を連れて、森下家をもう一度調べた。
森下家の違法改造空気銃は、もともと玄関近くのハンガーラック脇に掛けられていた。床には、居間の中央から玄関のほうへ伸びる血の跡があった。負傷した森下が右脚を引きずって銃を取りに行ったときにできたものだろう。
室内には、ほかに弾丸で壊された家具はなかった。
つまり、二人の命はほとんど三発の弾丸だけで決まっていた。
一発目は、森下の右脚を撃った。
二発目は、慎吾を殺した。
三発目は、森下の胸に撃ち込まれた。
佐伯は物証写真を見たまま、しばらくページをめくらなかった。
慎吾の最初の一発は急所を外している。最初から森下を殺すつもりではなかった可能性がある。森下家のような狭い室内で、本気で殺すつもりなら、胸を狙うのに複雑な照準はいらない。
だが、慎吾は死んだ。
そして森下を本当に死なせたのは、三発目だった。
鑑識は、二人の遺体から取り出した弾丸を比較した。慎吾が使ったのは改造釘打ち機で、森下が使ったのは違法改造の空気銃だった。森下の右脚から取り出された釘弾には古い錆があり、慎吾の釘打ち機に残っていたものと状態が近かった。
しかし、森下の胸に入っていたものは違った。
もっと新しい。
縁もきれいだった。
長年あまり使われていなかった慎吾の釘打ち機に装填されていたものとは思えなかった。
佐伯は報告書を置いた。
「室内には、もう一人いた」
捜査員が顔を上げる。
「あるいは、同じ型の釘打ち機がもう一つあった」
その一言で、事件の向きは変わった。
警察は奥沢町一帯で、違法猟具の出どころを調べ始めた。
霧原周辺で鳥を捕っているのは、この集落だけではない。山のいくつかの地区でも、似たような商売がひそかに行われていた。捕鳥人たちが持っている改造猟具は、どこからともなく現れるものではない。
背後には、部品や道具を流す者がいる。
数日後、村人の一人がある名前を口にした。
猿渡三郎。
山の人間は、彼を猿三と呼んでいた。
猿三は奥沢町の中心部に住み、表向きは農機具修理店を営んでいた。店では草刈り機や軽トラック、農業用ポンプを修理している。だが裏では、捕鳥人に違法改造の猟具や部品を渡していた。
彼は自分から連絡先を残さない。
しばらくごとに軽トラックで山へ入ってくるだけだった。
警察は霧原で四日待ち、ようやく猿三を捕まえた。
警署に連れてこられた猿三は、最初は知らないふりをした。自分は農機具を直しているだけで、猟具など知らないと言い張った。だが、慎吾の釘打ち機の写真を机に置くと、視線が明らかに泳いだ。
佐伯は森下猛と真帆の写真も差し出した。
「この二人を見たことは?」
猿三は写真を数秒見つめ、わずかに顔色を変えた。
「ある」
「同じものを買ったんですね」
猿三は苛立ったように後頭部をかいた。
「男のほうは、あまり買う気じゃなかった。自分は電網で十分だ、生きた鳥のほうが高く売れるって言ってた。けど、女房のほうが譲らなかった。よその家にもあるんだから、うちにも一つ置いておくべきだってな。いざというときのために」
佐伯は写真の中の真帆を見た。
森下家から、猿三が売ったはずの釘打ち機は見つかっていない。
猿三が嘘をついていないなら、その釘打ち機こそが三発目の弾丸の出どころだった可能性がある。事件後、誰かが現場から持ち去ったのだ。
現場から確認された足跡と指紋は、森下猛、森下真帆、黒川慎吾の三人分だけだった。
真帆への疑いは一気に濃くなった。
さらに、森下の死後、真帆は大和を連れて実家へ帰っていた。ところが警察が実家へ向かったとき、子どもだけが残され、真帆の姿はなかった。
同じころ、もう一人姿を消した女がいた。
黒川慎吾の妻、美里だった。
二つの家のあいだには、やはりもっと深い結びつきがあった。
警察は、二人の死者が生前最後に連絡を取った人物から調べ始めた。
慎吾の交友関係は単純だった。商売がない日は、ほとんど家族としか連絡を取っていない。
事件当日、彼は幼なじみ数人と酒を飲んでいたが、その者たちはすでに調べられ、嫌疑から外されていた。
一方、森下の携帯電話には違和感があった。
記録がきれいすぎる。
通話履歴は空に近く、メールも不自然なほど少なかった。技術班が復元を行うと、削除された数通のメールが戻ってきた。相手は同じ番号で、内容は男女が駆け落ちを約束する前のように、どこか艶めいていた。
番号の持ち主が判明したとき、捜査員たちは言葉を失った。
黒川美里の携帯電話だった。
村の人間は皆、美里が口数の少ない女だと知っていた。ほとんど人づき合いもしない。その美里が、森下猛とこんなメールを交わしていたのか。
さらに重要なのは、森下側の記録が消されていたことだった。
美里の携帯には、記録がわざと残されていた。
復元されたメールを見ながら、佐伯は気づいた。
これは、本物の不倫には見えない。
誰かがあらかじめ敷いた道に見える。
そして慎吾は、その道へ誘い込まれたのだ。




