【三発目の弾丸】二人の女は、それぞれの夫を殺した 1.山村の二つの遺体
2010年4月22日、海坂県奥沢町霧原地区で、一つの事件が起きた。
霧原は山あいの小さな集落だった。家々は渓谷に沿ってまばらに建ち、春の雨が上がったばかりの山肌には、湿った草木の匂いが濃く残っていた。普段なら、川の音さえやけに大きく聞こえるほど静かな場所だった。
その夕方、二人の男が同じ木造家屋の中で死んだ。
通報したのは、森下真帆だった。
電話口で彼女は、黒川慎吾が夕食後に突然家へ押しかけてきたと話した。慎吾は酒の匂いをさせながら、夫の森下猛を怒鳴りつけていた。真帆と夫は、相手が酔っているとわかっていたため、最初はまともに取り合わなかった。
しかし慎吾は引き下がらなかった。
やがて上着の中から違法改造された釘打ち機を取り出し、猛の右脚に向けて一発撃った。
負傷した猛も、家にあった違法改造の空気銃を手に取った。
もみ合いの末、二人の男は床に倒れた。
そこまで話すと、真帆の声はほとんど出なくなっていた。
海坂中央署刑事課が到着したとき、室内の血はまだ乾ききっていなかった。森下猛は寝室の入口近くに倒れており、右脚と胸に傷があった。黒川慎吾は居間の反対側に倒れ、胸に致命傷を負っていた。
床には倒れた椅子、割れたグラス、踏み潰された吸い殻が散らばっていた。
一見すると、酒に酔った末の口論だった。
相手の商売を妬んだ男が、よその家に押しかけて撃った。被害者は身を守るために反撃し、最後には二人とも命を落とした。
だが佐伯航平は、床に残った痕跡を見ながら、その説明を完全には受け入れられずにいた。
霧原地区は表向きこそ静かだったが、裏では違法な鳥の取引が行われていた。
霧原川の周辺には、よくカワセミが姿を見せる。羽の色は鮮やかで、水面をかすめて飛ぶ姿は青緑の光のようだった。写真愛好家に好まれる鳥であり、同時に、違法に生きたまま手に入れたいと考える者もいた。
山の人間の中には、その金に目がくらんだ者がいた。
彼らは山菜や日雇いの仕事だけで暮らすのをやめ、ひそかに鳥を捕まえ、知人やネット上の合図を通じて、県外の買い手に流していた。生きたまま捕まえるために、罠や違法改造された猟具を使う者もいた。
そうした道具は威力が安定しない。
だが、狭い室内で人の命を奪うには十分だった。
黒川慎吾は、霧原生まれの鳥捕りだった。
幼いころから父や祖父に連れられて山へ入り、鳥の習性には詳しかった。中学を出たあと進学はせず、山で暮らすための仕事だけをしてきた。カワセミ以外にも、金になる鳥なら捕まえた。
大きく稼げるわけではない。
それでも、美里と二人で暮らしていくには足りていた。
一方、森下猛は霧原の人間ではなかった。
彼と真帆はもともと、港南市の電子部品工場で働いていた。結婚後、二人には大和という息子が生まれた。子どもができると、生活の重みは一気に増した。
家賃、ミルク代、保険、将来の学費。
工場の給料だけでは足りない。
猛は、別の稼ぎ方を考えるようになった。
そんなころ、霧原川のあたりではカワセミをひそかに捕まえ、知人や地下の買い手に流して金にしている者がいると聞いた。
森下猛も、子どものころは山村で暮らしたことがある。
大人に連れられて山へ入った経験もあった。
鳥を捕まえること自体は、まったく知らない世界ではない。買い手さえ見つければ、工場で働くよりも金になる。そう考えた末、彼は真帆と大和を連れて霧原へ移り住んだ。
わずか一年で、森下は集落で一番稼ぐ鳥捕りになった。
彼は地元の人間のように、仲買人が山へ来るのをただ待ったりはしなかった。匿名掲示板、mixiの同好コミュニティ、個人ブログのコメント欄、メールの合図を使い、県外の買い手と連絡を取った。
さらに、電子部品工場で覚えた知識を使って、電流式の罠も作った。カワセミを殺さず、
一時的に気絶させて生きたまま捕まえるためのものだった。
生きた鳥は、死んだ鳥より高く売れる。
買い手は次第に森下家へ集まるようになった。
地元の鳥捕りたちは面白くなかった。
なかでも黒川慎吾は、特に不満を募らせていた。
彼が失ったのは、商売だけではなかった。
自分が幼いころから食ってきた山で、よそから来た男に顔まで奪われたようなものだった。
両家の亀裂は、ある宴席から始まった。
そのころ、大和は三歳になったばかりだった。大げさに祝うほどのことではなかったが、森下は家で三日続けて宴席を開き、霧原の集落の人間を大勢招いた。
表向きには、外から来た自分たちが普段から皆の商売を取っているので、少しでも近所付き合いをよくしたいという理由だった。
だが、誰の目にも見えていた。
森下には、見せびらかしたい気持ちもあった。
席に並ぶ酒や料理は、山の家がふだん出すものよりずっと豪勢だった。煙草は高い銘柄で、酒も良いものを揃えていた。台所では雇われた料理人が忙しく動き回っていた。
森下は席の合間に、近いうち霧原に新しい家を建てるつもりだとも、それとなく口にしていた。
慎吾が来たのは、初日だけだった。
妻の美里を連れて席につくと、彼は何も言わずに一人で酒を飲み続けた。卓上の空気は重く、美里は居心地が悪くなったのか、台所を手伝うと言って席を立った。
台所では、真帆が食器を片づけていた。
美里は小さく挨拶をし、黙って袖をまくって皿を洗い始めた。真帆は、その腕に残る青紫の痕に気づいた。視線が一瞬だけ止まった。
美里はすぐに袖を下ろした。
二人は何も言わなかった。
しばらくして、森下が表から台所へ入ってきた。
真帆の顔色が悪いのを見ると、彼は重い鍋を代わりに持ち、少し水を飲んで休むよう声をかけた。その自然な気遣いを目にした美里の手が、ふと止まった。
彼女は、外で黙って酒を飲んでいる慎吾を思い出した。
胸の奥に、重たいものが沈んだ。
やがて、慎吾も台所へやって来た。
美里が森下夫婦と同じ場所に立っているのを見るなり、彼の顔色が変わった。慎吾は美里の手首をつかみ、そのまま外へ引きずり出そうとした。
真帆はただならぬ空気を感じ、二人が帰ってから揉めるのを心配して一歩前に出た。
「黒川さん、美里さんは手伝ってくれていただけです」
慎吾は荒く振り返った。
「お前には関係ないだろ」
彼は取り繕うこともせず、美里を引っ張って森下家を出ていった。
その日を境に、黒川家と森下家の関係は完全に冷え込んだ。
集落の人間は、あの事件はそこから始まったのだと思っていた。
慎吾は森下に商売を奪われたことを妬み、あの宴席でさらに刺激された。心の中に溜まったものが酒で膨れ上がり、ついに違法な猟具を持って森下家へ押しかけた。
森下に一発食らわせるつもりだったのだろう。
だが佐伯は、そんな単純な話ではないと感じていた。
本当の裂け目は、男の怒りから始まったのではない。
女が黙って袖を下ろした、その瞬間からすでに埋まっていたのだ。




