2.公にできなかった恋人
事件の流れを変えたのは、悠斗のスマートフォンに残っていたLINEの履歴だった。
警察は最初、悠斗と悠真の日常的なやり取りを確認するつもりだった。だが読み進めるうちに、内容が普通の友人関係を大きく超えていることに気づいた。悠真は悠斗を「旦那」と呼び、恋人同士でしか交わさないような親密な言葉を送っていた。
神谷悠斗は、三年前に結婚している。
妻の一依は、そのことを何も知らなかった。
佐伯がその事実を伝えると、一依は最初、意味がわからないように固まった。数秒遅れて、顔から血の気が少しずつ引いていった。
「知りませんでした」
紙コップを握る指先が白くなっていた。
「二人は仲がいいんだと思っていました。悠真さんは家が大変だと聞いていて、悠斗もよく面倒を見ていました。うちに食べに来ることも、泊まることもありました。でも、そんなことは……」
言葉はそこで途切れた。
捜査本部の視線は、再び青柳悠真へ向いた。
調べが進むにつれ、悠真が自分の恋愛関係を深く隠してきたことがわかった。大学時代から、彼は別の名前を使い、男性が集まるバーや交流アプリを利用していた。その界隈では「古城」というハンドルネームを使っていた。
悠斗と知り合ったあと、二人はすぐに関係を持つようになった。
その関係は公にされなかった。
悠斗は表向き、結婚し、子どもを持ち、市役所職員として安定した生活を送っていた。一方の悠真は、別の場所で新しい相手を知り続けていた。悠斗以外にも、複数の男性と曖昧な関係を持ち、短い関係で終わった相手もいた。
佐伯は、この事件を単純に「同性関係の問題」として見てはいなかった。
彼が見ていたのは、欺きと金だった。
警察は、悠斗が毎月決まった口座に送金していたことを突き止めた。口座の名義は、悠真の父親だった。金額は大きくなかったが、一度も途切れていなかった。
その金について、一依は夫が寄付をしているのだと思っていた。
悠斗は彼女に、山間部の貧しい子どもたちへ送る助学金だと説明していた。その話を聞いて、一依は以前、感動したことがあった。口数は少ないけれど、責任感があり、人を助けられる夫なのだと思っていた。
さらに警察は、悠斗が少し前に悠真の口座へ大きな金額を振り込んでいたことも確認した。
日本円で百五十万円。
若い家庭にとって、小さな金額ではなかった。
それは一依と悠斗が節約しながら貯めた金だった。陽太の幼稚園や、将来もっと住みやすい部屋へ移るために使うつもりだった。だが悠斗は、一依に相談しないまま、その金を悠真へ送っていた。
一依はその件で、夫と大きく言い争っていた。
警察が金の流れを追うと、悠真はその金を車の頭金に使っていた。
彼は先月、運転免許を取ったばかりだった。
さらに、最近になって恋人ができていた。
桐谷花音。
花音は悠真の勤務先の社長の娘だった。大学を卒業したあと、父の会社で研修をしていた。若く、素直で、悠真の整った顔と優しい態度を疑うことを知らなかった。
佐伯は資料を見ながら、あの夜の口論の理由を理解した。
悠斗は金のことで妻と揉め、気持ちが沈んでいた。だから悠真を呼び、酒を飲んだのかもしれない。飲んでいる途中で、悠真があの金を使って車を買ったこと、それが新しい恋人を送り迎えするためだったことを知った。
長く寄り添ってきた相手が、自分を完全に切り捨てようとしている。
それを知ったとき、二人は言い争った。
しかし、それでも問題は解決しなかった。
悠真には動機がある。
嫌疑もある。
だが彼は、あの夜、確かに白川団地を出ていた。
証拠はそこで止まってしまった。
佐伯は白川団地周辺の防犯カメラを改めて確認した。
白川団地の隣には、青葉マンションが建っていた。二つの住宅は低い塀を一枚挟んでいるだけだった。入口の向きは違うが、近道をするため、近隣住民が白川団地を通り抜け、低い塀を越えて青葉マンションへ戻ることも珍しくなかった。
事件当夜は雨が降っていた。
映像の中を出入りする人々の多くは、雨合羽を着ていた。大きなフードが顔を隠し、はっきりした人相はわからない。
悠真が出たあと、三人が白川団地へ入っていた。
そのうち二人は顔が見えなかった。
捜査本部は、この三人を重点的に調べることにした。
翌日、三人の身元はすべて判明した。
二人は白川団地の住民で、夜勤明けで帰宅したところだった。もう一人は青葉マンションの住民で、雨のため白川団地を抜け道として使っていた。三人とも、十分なアリバイがあった。
事件は再び行き詰まった。
そのとき、二人目の死者が出た。




