6.泣き声が強すぎた
林田老人が智也を見つけたころ、外はもうかなり暗くなっていた。
現場へ呼ばれた栞は、突然夫を失った妻のように振る舞った。泣き、叫び、遺体にすがりつき、警察官を近づけようとしなかった。
周囲から見れば、悲しみのあまり取り乱しているように見えただろう。
だが刑事たちが見ていたものは、別だった。
彼女はずっと遮っていた。
遺体と周辺の痕跡を確認させまいとしていた。
口から何度も出る「ごめんなさい」も、単なる悲しみには聞こえなかった。
翌日、栞は奥沢警察署へ任意同行された。
聴取は長く続いた。
証拠が一つずつ並べられると、栞の顔から笑みがゆっくり消えていった。彼女はうつむき、両手を膝の上に置いた。
まるで、悪いことをして先生に叱られるのを待つ子どものようだった。
最後に、彼女は認めた。
危険な薬を買ったこと。
智也に夕食を食べさせたこと。
家の外へ連れ出したこと。
財布と携帯電話を取ったこと。
それらを語る声は、平坦だった。
ほとんど起伏がなかった。
若い刑事は、思わず尋ねた。
「どうして警察に行かなかったんですか。どうして誰かに助けを求めなかったんですか」
栞は顔を上げた。
目は、ぞっとするほど空っぽだった。
「誰に言えばいいのか、わかりませんでした」
その言葉のあと、取調室はしばらく静まり返った。
法律の上では、それは責任を免れる理由にはならない。
けれど、彼女の人生の中では、それがそのとき見えていた世界のすべてだったのかもしれない。
事件は地方裁判所へ送られ、裁判員裁判として審理された。
検察官は、森下栞が事前に危険な薬物を購入し、夕食を通じて智也を死亡させたうえ、死後に遺体を移動させ、所持品を持ち去って強盗事件に見せかけようとしたと指摘した。
明確な殺意と計画性のある殺人だと主張した。
一方、弁護人は、智也が長期間にわたって栞へ家庭内暴力と性的暴力を加え、何度も家族を脅していたことを訴えた。栞は極度の恐怖と孤立の中に置かれていた。
幼いころから異性との正常な接触経験が少なかったこと。
十九歳で事故に遭い、貧困と手術費の重圧の中で結婚へ追い込まれたこと。
それらが彼女の心理状態に長く影響していたことも、弁護側は説明した。
法廷は、智也の落ち度を否定しなかった。
栞を単純な悪人として扱うこともしなかった。
だが、殺人は殺人だった。
地方裁判所は、智也による長期の暴力と脅迫を重要な量刑事情と認めた。また、栞が事件後に供述したことも考慮した。
しかし、彼女が計画的に他人の生命を奪い、現場を偽装しようとした責任は重いと判断した。
森下栞は殺人罪により、懲役十五年を言い渡された。
沙也香が最後に栞と会ったのは、判決のあとだった。
栞は初めて会ったときと同じように、背筋を伸ばして座っていた。以前より少し痩せ、顔には薄い笑みがあった。
沙也香は尋ねた。
「ようやく解放されたと思いますか」
栞は長く考えた。
「わかりません」
彼女は自分の手を見下ろした。
「あの人が死んだら、楽になると思っていました。でも、そうじゃありませんでした」
面会室の明かりが顔に落ち、実年齢よりもずっと幼く見えた。
「今でも、あの夜の夢を見ます。新婚の夜の椅子の夢も見ます」
沙也香のペンが止まった。
栞は続けた。
「私はあの人を殺しました。でも、まだあの椅子に座っている気がするんです」
その瞬間、沙也香はようやく理解した。
栞は、本当の意味ではあの婚礼の部屋から一度も出ていなかったのだ。
十九歳のとき、彼女は山あいの町を出た。
外の世界は広いと思っていた。
だがその後、高架橋から落ち、故郷へ連れ戻された。
さらに手術費という一本の縄で結婚へ結びつけられ、新婚の夜、冷たい椅子に座らされた。
それ以来、彼女の人生はそこに縫い止められたようだった。
智也は、栞の脚を救った。
同時に、結婚と親密さと人への信頼を壊した。
栞は夫を殺した。
しかし、自分自身を救い出すことはできなかった。
奥沢町の春は遅い。
県道沿いの草はまた伸びる。
農道に残った痕跡も、雨が洗い流していく。
けれど、時間が過ぎても消えない傷がある。
あの椅子は、まだ彼女の心の中に残っている。
新婚の夜の後半のように、冷たいままで。




