14.買い物
マリーが帰ると、僕はお母様に金貨が欲しいとお願いする。お母様は何も聞かずに金庫を開けて、小袋いっぱいの金貨をくれた。重すぎて落としそうだ。
しかしこういうところはやっぱりいいとこのお嬢様だ。子供にお金を渡すのにいくらなのか数えもしないんだから、誰かに騙されて損をしないか心配である。
僕は袋の中の金貨を数えると、金額を記憶する。正直この世界の物価がどの程度なのかよくわからないので困る。
まあ大丈夫だろうと別室で待機していた使用人を呼び出すと、頼みごとをした。
「香油がたくさん欲しいんだ。なるべくいろんな種類のやつを少量ずつ。急ぎでお願い。店主に領収書を書いてもらってね」
やってきた小さな赤毛のトリトンに、金貨のたくさん入った袋を渡す。トリトンは目を白黒させて袋を受け取った。……やっぱり使用人に預けるには高額すぎるんだろうな。でも他に頼める人がいないのでしかたがない。
「余ったお金で好きなお菓子を買ってもいいよ。領収書はちゃんともらって」
信用しきれない相手だから領収書は絶対にいる。マリーがお母様の財産管理人に渡しているのを見たからこの世界にも領収書は存在するはずだ。お釣りをごまかされないように注意しないと。
「かしこまりました。なるべく多くの種類を少量……そちらの小瓶ほどの量でよろしいでしょうか?」
「うん、それでいいよ。午後までには戻ってね。よろしく」
そう言ったのに、トリトンはもじもじとして動こうとしない。どうしたのだろう。
「あの……お菓子はフィーニャのものでもいいですか? レイリー達の分も買っていいのでしょうか?」
フィーニャがわからなかったので、お母様を見る。すると一番街で一番人気の菓子屋だと教えてくれた。一番街に並ぶのは高位貴族御用達の格式高い超高級店ばかり。その店もさぞお高い菓子が並んでいるのだろう。
「いいよ。気になるから僕とお母様の分も買ってきてくれる?」
トリトンがパッと花開いたように笑った。第二妃の専属なのだからトリトンもそれなりの貴族家の子なはずだけど、フィーニャという店はそれでも手が届かないほどお高いのだろう。
スキップしそうな勢いで出かけて行ったトリトンが戻るまでの間、僕はロッカの躾をする。室内に控えているのはシスリーとレイリー親子だ。控えの間でゆっくりしていてくれていいのだけど、正妃に何か言われているのか、部屋の中にいることを希望した。
ロッカの躾は別に秘密にするようなことでもないから許したけど、なんだか視線が痛い。お母様は披露目の儀に来てくれた貴族へのお礼状に署名をしているから、シスリーが封をしたりと手伝っているけど視線がときどきこちらに向くのだ。レイリーに至っては僕のすぐ近くに立って無言のままじっと見ている。
いっそ話しかけてくれと思いながら、ロッカにタッチの芸を教える。僕が「タッチ」と言ったら鼻先を僕の手のひらにくっつける。最初は「タッチ」と言いながら自分の手を動かして、ロッカの鼻先にくっつける。何度も繰り返すうちに「タッチ」と言うだけで鼻を近づけてくれるようになった。
「本当に犬並みに知能が高いんだな……ほら、クッキーだよ」
ご褒美のクッキーをあげると、夢中になって食べている。前世の実家で飼っていた犬を思い出した。今思えば、僕はその犬より先に死んでしまったんだな。親は一人暮らしで元気にやっていると思っていた息子の突然の訃報を、どんな思いで聞いたのだろう。
僕は女装をしていることを、両親には隠していた。……遺品整理の時とかヤバいな。なんだかとても親不孝なことをしてしまった気がする。もう死んだんだから考えないようにしよう。
色々思い出してしまってなんだか暗い気分になったので、首を左右に振って忘れることにした。ロッカはキュッと鳴いて首をかしげて僕を見た。
「よしロッカ。次はこれだ」
僕はロッカを持ち上げると、自分の肩に乗せる。「えりまき!」と言いながら。……ロッカは小さいけど、三歳児の僕にはちょっと重いかもしれない。ロッカは器用にバランスをとって、僕の肩にぶら下がった。本当は首に巻きたいのだけど、ロッカの長さ的に巻くのは厳しい。仕方がないので肩にぶら下げることにする。
ロッカがじっとしていたら高級毛皮えりまきに見えなくもない。部屋の隅に置いてある鏡の前に移動して、僕は満足した。
その後も「えりまき」の練習を続けたら、ロッカは僕の体を駆け上って肩に止まることができるようになった。ご褒美のクッキーをあげすぎて太らないか心配だ。これから犬の躾と同じように、ご褒美を少しずつ減らしていこう。そうでないと、ご褒美がないと芸をしない子に育ってしまう。
数時間かけてみっちりロッカの訓練をしていたら、トリトンが戻ってきた。姿がないと思ったらバリアも一緒に買い出しに行っていたみたいで、手に箱を抱えている。少量の香油だってたくさんあったら重いから、二人で行ったのだろう。
「ただいま戻りました。見てください、数量限定のタルトを買えたんですよー!」
トリトンが僕に甘い香りのする箱を差し出した。お菓子の方を僕に渡すのは間違いだろう。よっぽど嬉しかったんだな。
「レイリー、人数分カットして紅茶を入れて。せっかくだからみんなでいただこう。」
僕とお母様はいつもお茶会をしている丸いテーブルに、レイリーたちはお客様を迎えるローテーブルとソファーに座るように言って、慌ただしくお茶の支度がされるのを見届ける。
トリトンが金貨の袋と香油を渡してくれたため、残金を数えた。領収書には品ごとの値段が書かれていたのでわかりやすい。香油って高いんだな。前世でも意外と高かった記憶がある。この国の抽出技術は日本に遠く及ばないだろうし、希少な金持ちのぜいたく品扱いなんだろう。
トリトンはちゃんと誤魔化すことなく買い物してくれたようで、一安心だ。お金をちょろまかしたら今度こそ使用人を統括している正妃のメンツが潰れるから、その辺りはきちんとした人材を送ってくるだろうとは思っていたけど、すぐに信頼はできないからな。
まあせっかく選んでくれたからには有効活用させてもらおう。大量の香油を前に、僕はほくそ笑んだ。




