11.雪ネズミ
「じゃあねアリアン。アルタナ様もお邪魔いたしました」
お姉様は笑顔で城に戻っていった。対価はいらないと思っていたので雪ネズミをどうしようか迷ったが、恋敵の家から贈られた品だと言っていたのでもらっておくことにする。カワイイしね。
お姉様付きの使用人に飼い方を聞くと、基本なんでも食べるしトイレの場所もすぐ覚えるので特別な育て方は無いと言われた。この国では生き物を飼うことに対する責任とか決まりごとはないみたい。気まぐれに可愛がって終わりなんだろう。それが許される世界なんだ。
「この子の名前は何にするの?」
無責任な人間に捕まってしまったことへの多少の憐れみを持って籠の中の雪ネズミと見つめあう僕と違って、お母様は楽しそうだ。雪ネズミは落ち着いた様子で僕を観察している。犬並みに賢いというのは嘘ではなさそうだ。
「ロッカにする」
ロッカは雪を表す六花の読みを変えたものだ。雪深い北海道には六花亭という店もあるよね。あそこのバターサンドがおいしいんだ。
茶色いから雪を意味する名前は似合わないかもしれないけど、この世界の人にはロッカが雪の別名だとはわからない。言語が違うからね。この国の言葉でも違和感のない響きだし、ロッカに決定。
「あら、カワイイ響きね。アリアンは名づけのセンスもあるのね」
お母様が僕の頭を撫でてほめてくれる。前世の言葉だなんて言えないから、誤魔化すように笑った。
「籠から出してあげてもいい?」
キョロキョロと扉や窓が閉まっていることを確認した母は、籠の扉を開けた。ロッカはすぐにテーブルの上に出てくると、体を伸ばす。狭い籠に入っていたから、やっと解放されたと喜んでいるようだ。
「ロッカ、これ食べる?」
僕はティースタンドに置かれていたミートパイをロッカの前に置く。動物に食べさせるには味が濃いかなとも思ったけれど、今から生肉を持ってくるように言うのも面倒だった。
ロッカは鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅ぐと、豪快に食らいつく。お腹が空いていたのだろう。小さい口をせわしなく動かして食べる姿がカワイイ。
「今度からロッカにもおそろいのリボンを作らないと」
「あら、ロッカもカワイイ同盟の一員なの?」
お母様は指先でロッカを撫でている。ロッカは本当に大人しく人に慣れているようだ。しつけをしたら連れ歩こう。僕もロッカを撫でる。毛がふわふわでカワイイ。
ロッカを撫でていたら、だんだん眠くなってくる。体が三歳児だから眠気には抗えない。お母様が僕を抱き抱えてくれるのがわかった。そこで僕は安心して眠りについた。
翌朝、僕は顔に当たるくすぐったい感触で目覚めた。目を開けるとロッカが僕の顔を覗き込んでいた。ふさふさの尻尾で僕の顔をくすぐっていたようだ。
「……おはよう。お腹空いたの?」
クーと鳴くロッカはなんだか僕の言葉がわかっているみたいだ。ゴロリと寝返りを打つと、お母様が眠っていた。僕の服は寝巻に変えられている。お母様が着替えさせてくれたんだな。眠気に抗えなくて申し訳ない。
「お目覚めでございますか?」
ベッドは天蓋で囲われているので、外の様子はわからない。突然聞こえた知らない声に驚いて、思わずロッカを抱きしめた。
「誰?」
警戒しながら問いかけると、天蓋が開く。そこから漏れてくる光で、お母様も目を覚ましたようだ。顔を出したのは使用人の服を着た四十代くらいの女性だった。
「驚かせて申し訳ございません。本日からこの館の使用人の統括をさせていただきます。シスリーと申します。朝のお仕度に参りました。モーニングティーと洗顔用の湯をご用意していますので、お出ししてかまいませんか?」
昨日までは僕らが完全に起きて着替えまで済ませてから使用人が来ていた。本来ならこれが王族の扱いなのだろう。洗顔もいつも水だったのに今日はお湯だ。王は約束を守ってくれたみたい。
「ロッカのご飯もお願い」
天蓋の外には他に三人の使用人が並んでいた。シスリーが目配せすると、そのうちの一人が部屋を出ていく。シスリーと違って三人はまだ若そうだ。新人なのかもしれない。年若い母に合わせたのか、経験の浅い使用人でいいだろうと思われたのかどっちだろうな。
どちらにせよ、寝起きでお茶が飲めるのはありがたい。お母様も嬉しそうで良かった。僕が洗面器に入ったお湯で顔を洗うと、シスリーがすかさずタオルで顔を拭いてくれる。
「ロッカ、それ顔洗った水だから。飲んじゃダメだよ」
ロッカが洗面器に顔を突っ込んだので注意すると、シスリーがカップに新しい水を注いでくれた。ロッカはそれをぐびぐび飲んでいる。もしかしたら昨日から喉が渇いていたのかもしれない。
「お召替えですが、衣装はどちらになさいますか?」
寝室と繋がっているクローゼットの扉を使用人が開けた。僕はベッドから飛び降りてクローゼットに入る。今日のドレスはどれにしようかな。
「このオレンジのドレスがいい。髪飾りはそれ。あ、お母様のヘアセットは僕がするからシスリーは触らないで」
僕が当然のように衣装を選んでいるのを見て、使用人たちは困惑している。一緒に床に降りたロッカが使用人が持ってきた肉に齧り付く音がなんだか滑稽に聞こえた。
困惑しながらも僕が指定したドレスを出したシスリーたちが、僕とお母様の着替えを手伝う。
「こちらの使用人は左からレイリー、トリトン、バリアです。レイリーは私の娘でございます」
シスリーが紹介してくれた三人の使用人は、おそらく下位貴族の系譜なのだと思う。でも使用人として働く場合は家名を名乗らないのがルールだ。後でどこの家の子か調べておかないと。
着替えだけ手伝ってもらっていつものようにドレッサーでお母様の髪を梳いていると、使用人たちの視線が突き刺さる。当然だと思う。お母様と僕の髪はとんでもなくサラサラだからだ。
この国では髪を石鹸で洗う。しかしリンス、またはコンディショナーに該当するものがない。髪を石鹸で洗ったことのある人はわかると思うが、石鹸だけだとキューティクルが開いて髪がガサガサになるのだ。この国では油でそれを誤魔化しているから、どうしても髪がべたべたしてしまう。僕はそれを解消する方法を知っていた。
でもまだ使用人たちには教えない。だって信用できないし。この知識は金になるとふんでいる。僕はサラサラのお母様の髪をハーフアップに結い上げた。リボンに宝石をつけたお揃いの髪飾りを挿して、僕の髪もお母様に結んでもらう。
今日は明るいオレンジのチャールストン。胸元がV字に開いたゆったりとしたローウエストのドレスだが、僕のこだわりで幅広のフリルをスカートに何段にも重ねたそれはカワイイ雰囲気に仕上がっている。大きく開いた胸元にもレースを重ねることで、色気より若い溌剌とした印象をあたえるドレスになった。ロリィタとは呼べないかもしれないけど、シンプルなデザインは僕のお気に入りだ。
今日も完璧な双子コーデで鏡の前でお母様と笑いあう。使用人たちの顔が好奇心に輝くのを見て、僕はどうやって彼女たちを味方に付けようか考えた。




