10.カワイイ同盟
「お姉様の婚約者はライレム国の王子様ですよね。どんな人なんですか?」
お姉様はとたんに頬を染めてもじもじする。反応がカワイすぎる。これは恋しちゃったパターンだな。
「とっても素敵な方よ。五歳上で美しい赤毛に樺色の瞳。肌は透けるよう白くて……とても優しい紳士なの」
お姉様の色は瞳以外は正妃の故郷キルクス国でよくみられる色だ。位置的にはこのローラン王国の北に位置する。ライレム王国はその隣。
この縁談はローラン、キルクス、ライレムの三国同盟のために結ばれたもの。その中でこのローラン王国が一番南、すなわち日差しが強く暑い。北のキルクスの血を引くお姉様は、この国の人より色白だ。だからそばかすができてしまったのだろうな。太陽光が強いのに、この国にはまともな日焼け止めがないから。
お姉様もライレムに嫁げば、少しはそばかすが薄くなるかもしれない。あの国はキルクスよりもさらに冬が長いらしいから。
しかしなんだかお姉様は浮かない顔をしている。何か不安があるみたいだ。
「お姉様、何か悩んでいるなら相談してください。僕とお母様は誰にも言いませんから」
王女であるお姉様はあまり本音を話すべきではないと教育されているだろう。でもお姉様は思春期だ。悩みの多い時期なんだから、たまには吐き出さないと。
「ふふ、アリアンは優しいのね。その格好だからかしら、妹みたいに思えてきたわ」
「僕はこれでも男心もわかるんですよ。このカワイイ妹に、なんでも相談して下さい」
胸のリボンを軽く引っ張っておどけると、お姉様は口を大きく開けて笑った。そうすると年相応に見える。真っ赤なドレスが似合う大人っぽい外見だけど、中身は控えめでカワイイ。大抵の男はイチコロだと思うんだけどな。
「そうね、聞いてくれる? 初めてあの方と会ったのは、五年前。顔合わせのためにライレムに出向いたの。その時、私と歳の近い令嬢が世話係としてつけられたわ。他国の王女の世話係だから、彼女の身分も侯爵令嬢だった。真っ白な肌の、とても美しい人でね、お人形みたいだと思ったわ。……それで、聞いてしまったの。私との政略結婚がなかったら、彼らが結婚するはずだったって」
思っていたよりヘビィな悩みだった。そもそも政略で嫁いでくる予定の王女にそんな話を吹き込んだ奴は誰だ。軽く国家反逆罪なのでは?
僕はうつむくお姉様の様子に胸が痛んだ。だからお姉様はそばかすだらけの自分の顔を忌み嫌っているのか。その令嬢と自分を比べてしまったのだろう。
この時点で、ライレムにお姉様を歓迎しない連中がいるのが確定した。政略結婚なんてそんなものだと思うかもしれないけど、なんとかしてあげたい。
「誰がそんなことを言ったのですか?」
「令嬢自身よ。少し前まで自分が婚約者だったんだって言っていたわ」
その令嬢ヤバすぎだろ。絶対嫁いだら嫌がらせされる。もしかしたら第二妃の座におさまろうとするかもしれない。
「……お姉様。今度彼らと会えるのはいつですか?」
「そうね……来年の三国同盟締結記念祭かしら? 主導国であるライレムで行われるのよ。その日に正式に婚約が発表されるの」
なるほどライレムで行われるならその令嬢にも会えるだろう。王に掛け合って、なんとか僕も一緒に行かなきゃ。泥棒猫令嬢には目にものを見せてやろう。その日までにお姉様を絶世の美女に仕上げてやる。
僕が微笑みの下で不穏なことを考えていると、お姉様は言った。
「そういえば、あの雪ネズミもライレムで貰ったのよ。くれたのはその令嬢のご実家で……身分的にも私がアリアンにプレゼントしても問題ないわ」
お姉様が籠の中でくつろいでいるテンのような動物に目を向けた。雪ネズミと呼ばれているのか。もっとカワイイ名前にしてほしかった。
「神の眷属と言われているだけあって、とても賢いのよ。知能は犬以上だと言われているわ。ライレムでは連れている人をたくさん見たわ」
イタチっぽいのに犬以上の知能なのか。日本じゃありえないけど、この世界ではそうなのだろう。……首に巻いてエリマキみたいにしたらカワイイかも。芸として教えたら覚えてくれるかな?
「とにかく、僕はお姉様の恋を応援します! 僕たちとカワイイ同盟を組みましょう! 目標は打倒恋敵です!」
テーブルを叩いて立ち上がった僕に、お姉様は目をドングリのように見開いた。唯一この国の王族らしい湖色の瞳が、キラキラして綺麗だ。
「カワイイ同盟? 楽しそうね」
僕の奇行に慣れているお母様は、手を叩いて喜んでいる。境遇から女友達も少ないお母様は、案外こういう子供っぽい遊びを喜ぶ。だから僕はしょっちゅう人形遊びに誘っていた。
お姉様は、何事かを考えている。でもその瞳が好奇心に染まってゆくのを僕は見逃さない。前世のロリィタブランドショップで何度も見た目だ。カワイイものに惹かれる気持ちは、前の世界でもこの世界でも一緒だろう。
「私が入っていいのかしら。もう何年もこの国に居られないのに」
「もちろん! 嫁いでからも、手紙でやり取りすればいいんです! 一緒にカワイイを極めましょう!」
お姉様が花のように笑う。僕は女の子のこの顔が一番好きだ。かくして、カワイイ同盟は結成された。
同時に、僕には夢ができた。この国でカワイイを発信するコミュニティーを作る。それはまるで天啓のように自然に僕の心に根付いた。この世界中の女の子をカワイくする。不可能なようで手が届きそうな夢。
僕は今夢への第一歩を踏み出したのだ。




