第四十六話 魔女、集結
と、ミラジェイがいつの間にか人型の姿に戻っていた。ドローレ達は彼女を見て、憐れむような、憎むような、それぞれの表情を浮かべる。
骨の髄まで染み込んだ衝動に駆られ、それにまだ縛られているミラジェイは。
「いや、いやじゃ。また空っぽになるなど、耐えられない!!」
燃えずの塔を飛び出し、城の外へと逃げ出した。
※ ※ ※
昔のわっちゃは、確か戦争孤児だった。ドローレ、あの醜い姉と同じじゃった。
空腹に耐えきれず死んだわっちゃ達は、虚実の世にて十三騎士として生まれる。しかし、災厄到来を経て、わっちゃ達の道は分かたれた。
魔女を殺したいと思ったのは、あまりにもわっちゃが過ごしてきたものと違う、暖かなものをわっちゃに向けてきたのが心底恐ろしかったからだ。ドローレがわっちゃと違って楽しそうにしていたのも、許せなかった。
殺すための条件を学んだわっちゃは、魔女を全員殺した。アセリアは殺し損ねたが、弱いあいつのことだ、自死して終わると思っていた。
だがどうだ、今この場に、弟まで生きてここにいるときた。
わっちゃの怒りは頂点をとっくに超えている。
※ ※ ※
「嫌だ嫌だ、認められるものか! 死者は戻らない、理を組んだ、その内で動くはずのライターが、なぜこうもわっちゃの邪魔をする! することができる!?」
「その理由、教えてあげましょうか」
ハッとしたミラジェイの前に、カロンが居た。
カロンの後ろに、知らない竜とエリザ、イデーが居る。ミラジェイは舌打ちをして、ハンマーを握る。しかし、竜は首を斬られて消え始めていた。
「もうさんざんじゃ」
「それは、魔女達が一番思っていること。お前が思っていいことじゃないんだよ」
「はぁ」
「俺達がこうも運命を捻じ曲げたいと思うのは、俺達が人間と同じ感情を、心理を、持っているからだ」
ミラジェイがハンマーを、ボロボロになった体でカロンに振りかぶるも、それは届かずに地を削るだけ。
やがて、追ってきた皆がミラジェイの背を、そして竜と他の魔女を見つけて唖然とした。
「……イデーちゃん、それは…………?」
「スペット。安心して、人型に戻ってるから」
「そう」
「ミラジェイ」
ドローレが、赤髪をなびかせながら妹に声を掛ける。その声には、昔と同じくらいの優しさと暖かさがこもっているのに気づいて、ミラジェイは不思議がった。
「なんだ」
「貴方は私に、何故騎士になったのに復讐したいと思わなかったのか、世界を救おうと奔走したのかと、疑問に思って、それが許せなかったんだよね」
「そうだよ。醜い姉だ、ドローレお主は」
「私は、貴方も幸せに過ごせるように立ち回ろうとしてきたわ。子を無くして、やっと騎士だって気付いて、その時に時間が止まった
私も、最初から気付いていて、幼いまま今まで歩いてきた貴方も。そして、世界に生きる全ての人達も、ね」
ハンマーが消える。ミラジェイは膝から崩れ落ちた。
「なんで、なんで……」
ペロネーが、何も言わずにミラジェイを拘束した。静かに、カロンがその場を立ち去っていく。
近寄ったドローレは、ミラジェイの頬を思い切り叩いた。
「…………」
「バカ。バカだよ、ミラジェイ」
涙を溜めて、ドローレは言う。
「みんな、貴方を受け入れてくれてたよ。本当なら、暖かな戦前の家族の空気を、貴方も思い出せたはずなのに」
「もう、遅いじゃろ」
「…………そうね。みんな、もう貴方のことを受け入れられない。遅かったんだわ、たしかにそうよ」
「殺せ。もういい、何も聞きたくは無い」
最後まで誤りもしないミラジェイに、二代目魔女たちは目を細める。
そもそも、血清を打って身体が腐敗し始めた時点で、逃げようが逃げまいが、彼女の最期はすぐそこにあることは変わらない。
だからこそ、皆何もしようとしなかった。
ただ一つ、一緒に外に出てきていたアリスが声を張り上げる。
「────みんな、早く世界から出てくれ! 崩壊が始まってる!」
それを聞いてみんな、大声で驚愕の声を上げた。
アリスが星扉を呼び出す。それを開けたまま、早く来るよう催促している。皆は振り返り、呼吸だけをして崩れていくミラジェイを見た。
ドローレが、一番最初に立ち上がる。
「皆、行きましょう」
ドローレが歩き始めると、皆続いて歩き始める。ミラジェイはその様子を、羨ましそうに眺めているだけだった。
だけ、だったのに。
ミラジェイは唇を震わせ、最期の言葉を吐き出す。
「…………ごめんなさい、果実を盗み食いしたのが始まりで、皆を衝動のままに殺してしまったわっちゃを、ずっと憎んでくれ」
その背後に、魔女の始祖は笑いながら立っている。
※ ※ ※
星書庫の空間へと踏み入れると、扉がバタン! と閉まる。直後、上から消えていき、最後には何も無かったかのように壁だけが残った。
なんともいえない、モヤモヤが残ったまま、皆それぞれ星書庫の椅子に腰掛ける。
アセリアも、その場に座った。
「姉さん」
シャロームが、アセリアに抱き着く。涙をポロポロと流しながら、無くなった片腕も伸ばして。
その光景に感化されて、それぞれが先代の魔女に抱き着いたり涙を流して再会を喜んだりする。アルブスは、自らに名前をくれた人物に、頭を下げた。
「ありがとう、アルブス。僕に名前の祝福をくれて」
「聖獣がこんなにかわいい姿で戻ってきてくれただなんて、名前位安いものですよ、アルブス君。でも、これからは別の名前で生きていかなければなりませんし、考えないと、です」
アセリアは、おもむろにシャロームの背を撫ぜていた。
「────皆さん!」
と、そこへ絵斗が渚の肩を借りながら歩いて来た。皆、彼の方を見て顔を綻ばせる。
絵斗は皆を見回してから、部屋の隅でさっきから腕を組み立っているカロンに目を向け、苦笑した。それから皆に向き直って、頭を深々と下げる。
「皆さん、ありがとうございます。僕の力不足により、随分と介入が遅くなってしまいましたが……結果的に、こうして皆さんが無事で良かったです」
内心、大勢の一般人を失ってしまったことも悔いているだろうが、絵斗はそれを感じさせないよう、そこから連想して皆が胸を痛めないよう、触れずに話を続ける。
「何か身体に異常があるかもしれませんし、休息が必要でしょう。加えて、怪我を治さないといけない人も居ますので、そこは僕達にお任せください」
ぎこちない笑みを浮かべて、アセリアがシャロームを見る。
シャロームも何か感じ取ったようで、アセリアを見上げた。しかし、彼女は何も言わない。ただ、微笑んでシャロームの背を撫ぜている。
カロンが横目でアセリアを一瞥し、溜息を吐く。
「ミラジェイさんに関しては……銀木犀の木にある情報から、消滅したことが確認されました。本当に皆さん、お疲れ様でした」
「ゆっくり休んでくださいね」
渚が付け加えて、二人は去って行く。
※ ※ ※
それから、ボク達には個室が割り当てられ、そこで療養や休息を取るよう言われた。特段反論する必要もないため、ありがたく休ませてもらっている。シアさんの能力で腕をくっつけてもらったり、アルブスの聖獣の力が強まって尻尾が生え、代わりにオーシェの人格が消えてしまっていたり。
色々なことはあったものの、少しずつ、ミラジェイによる心のモヤモヤも、薄まっていった。
姉さんの様子は少しおかしい。でも、記憶を失っている訳でも無いのだ。
もしかしたら、自分のことを未だ攻め続けているのかもしれない。
先代、二代目ともに理の内の呪いのような部分は消え失せていて、過ごしやすくなっている。魔獣化のような身体を蝕むものも無くなった。
世界が消えて、災厄という概念そのものが無くなったからだろう。
このまま、穏やかに生きられたら。




