第四十五話 呪われた龍と車椅子の魔女
「アリス」
「まずは周りの変な結晶からだな。これのせいで、禄に魔法も使えやしない」
「えぇ」
アリスが剣を回す。回し、そして地に突き立てる。人参のイヤリングが揺れた。瞬間、張り巡っている結晶の全てが、跡形も無く消え去った。
「あ、マリ。俺が化物抑えとくから、周りの回復頼む」
「……あの空色の子だけで十分。他の方はもう消えてるから」
「へ……?」
アルブスが呆れた声を漏らす。それを聞いて、マリと呼ばれている少女が振り返った。アルブスを見る瞳は優しかったが、言葉の端にはどうも無理が見られる。
「呼んでくれてありがとう。すぐに、渡し守の人も来るよ」
瞬きをする間に、シャロームの傷は回復していた。腕が治ることは無いが、刻まれた無数の傷が消えるだけでも、かなり態勢は立て直せている。
とはいえど、塔内の魔女が全員消えてしまっていることは、信じがたいものだった。
シャロームはよろよろと立ち上がり、消え去った自分の得物を見て申し訳なさそうに苦笑する。
「渡し守が……」
アリスの方をマリが見たので、釣られて二人もそっちの様子を伺う。
「……なぁ、さっきクエタって言ってたか?」
アリスはミラジェイに話しかけながら、余裕そうに刃を受け流している。というか、マリの魔法での治癒がこれだけ早いとなると、時間稼ぎなるものは要らなかったように感じられた。
「クエタは、星屑の言葉だ。殺すだなんて、口が悪いな」
的確に角を狙ってくるミラジェイに特に面倒くさがることも無く、純粋に戦闘を楽しんでいるようにも見えて、形容しがたい感情を二人は抱いていた。
しかし、助けて貰ったことは事実だ。
「アリスさんなら、ミラジェイに勝てますかね……」
「いや、無理だと思う。確かにアリスは強いけど、呪いのせいで少しずつ体が脆くなってるから。龍に変化してきてるのも、自我を保ちにくくて危ないの」
「…………いつの間に」
「私達の世界と、この世界とでは時間軸が違うから。星書庫では並行に並べられてるけど、実際は経つ時間がそれぞれバラバラで、私の世界は君達よりも速いよ」
「成程」
ミラジェイはアリスの言葉に何かを返す素振りは無い。
「────あ」
と、アリスが岩に上手く着地できずに体勢を崩してしまう。そこを逃さず、胴と角、そして足首に向けて並んだ足がアリスに振りかぶられていった。
途端、マリは目を細めて「駄目か」と言い放つ。アリスは笑みを浮かべていたが、刃を目に入れると突然真顔になり、目を伏せる。
────シャロームが指を鳴らした。
「うわっ」
驚いた様子で、瞬間移動させられたアリスは尻餅を着く。
「やっぱり」
「あららー、サボろうと思ってたのに、引きずられちゃった」
だが、移動してきたのはアリスだけではない。
シャロームはぽかんとする。確かに、シャロームが奇跡で呼び寄せたのは、アリスだけだった筈だ。
適切なタイミングは、彼が選んで来てくれるから心配無い。その言葉を信じて、自分から呼ぶことを避けていたのに、眼前の知らない人物は何を言っているのだろう? 本能的にこの人型が渡し守であることは確実であったが、その言葉を聞いてシャロームは血の気が引いた。
白いローブ、首元には中央に四角形の穴が空いた円形の銅の飾りが付いている。中性的な顔立ちを称えるように、彼の耳元には金色に反射する輪っかのピアスを身に付けており、手には波を掻くためのパドルを持っていた。そのパドルには、上の方に黒いリボンが巻かれている。
彼の周りには魂がふよふよと舞っている。
「んー? あ、冗談通じ無い子? ごめんごめん、それで、何だっけ。俺に魂呼びして欲しいんだっけ」
冗談、という言葉を素直に受け取れず、混乱したシャローム。アルブスも隣で似たような表情を浮かべている。
「そうだ、一個確認ね。シャローム、君……ミラジェイを自分たちの居る地に落としてやる準備はできてるよね?」
「はい」
「ならいいや。ほれ、早く指し給えよー」
胸元を強調しながら、カロンはロザリオを指差してダルそうに言う。しかし、その顔はどことなく満足げだ。
「あははっ、スピカから報酬金前払いして貰ったからねー。ほれ早く」
シャロームはさげていたロザリオを取り出すと、その先端を向けて、勢い良く彼の胸元に突き刺す。その瞬間、脳裏に先代魔女、そして今消えて行った二代目の顔と魂石が過ぎった。
一つ気になったのは、アセリアの魂石だけが微かに輪郭が曖昧だったこと。
それでも、魂呼びは完遂される。
カロンから金色の光が溢れだし、辺りを満たす。それに反応して、ミラジェイが刃を投げようと鬼灯の部分でさえ飛ばそうとかっぴらいた。
そこへまだ残っていた矢に、アルブスは気付いて瞳を光らせる。途端、
「────は?」
ミラジェイの動きが止まった。刃が毒に侵されたように紫色に変貌し、溶けていく。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、何だこれは!?」
※ ※ ※
ボク達の立てた計画はこうだ。
最初に、ミラジェイを消耗させる。血清は打ち込める時に打ち込んでおく。しかしそれは、ミラジェイの弱点が判明してから。打つ役は、奇跡を扱いもしもの事態を避けられるボクが担うこと。
アセロラの斧やホーリーの音の魔法等、強い衝撃であれば刃を折るまではいかなくとも、歪ませることはできるはずだ。
加えて、事前にアルブスの矢とマナとを、スペクターにつなげてもらう。彼と皆の魂石もだ。彼のマナは聖獣の血と同義のため、不浄なものは霧散させられる。焼けるように溶け、痛みを与えるものだ。
そして全員、魂石をどうにかして絵斗に渡しておく。交代して外に出た絵斗が、星扉から来た渡し守に魂石を渡せば、魂呼びが簡単になるからだ。
戦っている途中で分かったこととしては、金色の光は、アルブスとつながりを持ったことによるもので、魔法の力を増強させる効果があると分かった。そして、ミラジェイが過剰反応することも。
元々場所を確認できるよう行ったものだったが、こうして役立ったのは幸運だったかもしれない。
にしても、マナの無い状態でボクのイヤリングが金色に光ったのは、何故なのだろうか。
もしかすると、アルブスのマナが皆とは違っていたからなのかもしれない。
※ ※ ※
まだ死ぬ様子の無いミラジェイに、溜息をつきながらカロンは何かを投げつける。
それは突き刺さるとすぐに霧散するが、同時にミラジェイの刃をすべて粉々に砕いた。剣だけが落ち、腐敗が進んでいく。藻掻くように、甲高い叫びを上げて剣が鞘から出ていく。
「俺が呼んでいる。カロン・ゾーイの名の下に、……魂よ、この場まで舞い戻って参れ。あわよくば、肉体までをも連れて三途の川を通り行くを止めるのだ」
やがて視界が真っ白になり、────懐かしい声が、聞こえてきた。
「なんだ、ここ? アタシ達は……って、みんな居るじゃねぇか!」
「本当ねぇ、懐かしくってドキドキしちゃうじゃない。ねぇヨハンちゃん」
「……そうね」
「何が起こったの……? ドローレ!?」
「あらら……魂も肉体も、そのまま、またこの地に降り立てるだなんて思わなかったわ」
「エリザ、エリザは……? 待て、スペクターとイデーの二人も見当たらない!」
「落ち着きや、シリウスさん。あの子達なら、ちゃんと生きとるから」
「母様!」
魔女が全員、この世界に揃った瞬間だった。




