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10人の{厄災}と4人の魔女  作者: Aster/蝦夷菊
第四章 化物の煌めき
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第三十八話 呪われた少女と戦嫌いの少年

 駆ける音が響く。雨が降ってきたようだ。燃えずの塔から離れしばらく走り続けているが、髪も服もびしょ濡れになっている絵斗。彼は息を切らすことなく、ピトリと首に付く髪を胡乱げに結び直して団子にした。

 茨の木々を抜け、平原を駆け、そして見えてきた街並みにほうと安堵の息を吐く。


「シャロームさん……銀木犀からの信号を見るに、生きてはいますが…………」


 かなり精神が疲弊していることに気付く。無理もない、唯一の家族だった姉が眼前で貫かれた衝撃は、かなりのものだったろう。

 歯を食いしばり、帽子を深く被って裏路地に入った。


 ────直後、


「──ッ!」


「────っと、大丈夫か?」


 絵斗は体制を崩し、濡れてテカっている路地の硬い地面に転がる。すぐに前側から声が聞こえ、驚いて銃に手が伸びたが、その声の主を見ると────突然酷く息を切らした。


「……おい、どうした」


 安心したのか、それともただ限界がきたのかは分からないものの、絵斗は肩で息をし、鼓膜を覆うような心音に目を丸くしている。

 加えて、腹の包帯を抑えて咳き込む。


「だっ、い……じょうぶです。ケホッ…………貴方は、魔女の……」


「……あ、あぁ。二代目東の魔女、スペクターだ。雨が降ってきたから、何かの凶兆かと思って外に出てきたんだが…………なぁ、本当に大丈夫か? 取り敢えず、中に入ってくれよ」


「僕は…………日陰、絵斗……ゴーストライターの一人です。貴方達の力になれればと、遅ればせながら」


 絵斗は痙攣する身体にむけてカメラを構え、写真を取るとツマミを回した。すると、先程までのぎこちない筋肉の動きが緩まり、彼はすぐさま立ち上がる。


「ゴーストライター…………? 時間を戻せるのか……カストールさんに似た能力だな。ただ、認識し加えて意識したものしかまき戻っていない。絵斗、と言ったか」


「はい」


「かなり長い道のりを、休まずに走ってきたんだろう? 雨も降っていたし、先程の様子を見るに、身体の限界を超えても無視して来たな……?」


 図星をつかれた絵斗は、唇を薄く噛んで目をそらす。スペクターは細めた鬼のように鋭い双眸を向け、軽々と彼を抱え上げた。唖然として口を塞げない絵斗をよそに、スペクターはずんずんと時の書庫へと歩いていった。


 ※ ※ ※


 書庫に入ると、作業をしているカストールが目に入る。彼女はこちらに来たスペクターと絵斗の二人に気付くと、近寄ってきてまじまじと絵斗を見つめた。


「あー、カストールさん?」


「ゴーストライター、か。スペクター、彼を風呂に入れて、客室に寝かせてくれ。カットが後で粥を持っていこう」


 歩いている内に寝息を立てている絵斗の顔を見て、スペクターは苦笑を浮かべ、カストールに頷く。


 一階の奥にある風呂場へ絵斗と共に向かい、扉を閉めるとゆっくり座らせた。それから帽子と眼鏡を取り、洗面所にある棚の上に置く。

 内心、起こすことに躊躇する。


「…………絵斗、さん」


 恐る恐る、肩をポンポンと叩いて起こそうと試みた。案外簡単に彼の瞳は開き、虚ろなドーンピンクの双眸がスペクターを映す。ひとまず意識ははっきりしていそうな事にほっとし、彼の目を見て優しく言った。


「お風呂で体をきちんと温めてくれ。服は脱いで、洗濯機にいれてくれれば良いから。着替えは……俺が来てたやつを置いとく」


「……ありがとうございます」


「熱があるから、何か辛くなったらすぐ呼べよ」


「はい…………」


 返事を聞き、スペクターは立ち上がって洗面所から廊下へと出る。




 着替えをたたみ直して廊下に待機し、シャワーの音が聞こえてから戻る。それから手早く洗濯機を回した。スペクターは首を掻いて、息を深く吐き、着替えを重ねて棚上に置く。

 踵を返し、客室の様子を見に扉を開いた。先には、ポルックスがベッドメイキングをしているのが見える。そのそばで、イデーが目を細めていた。スペクターを一瞥、特に声を掛ける事なく近くの椅子に座った。


「イディ、調子悪いか?」


「……平気。スペットこそ、傷が塞がりきってないのに動くのは危ないと思う。痛いのを隠すのが上手くても、僕には隠せないからね」


「………………そう、か」


 弱々しい返答に、イデーは息をつまらせる。


「心配すんな。俺も平気だ、無理しなきゃならない程、今の状況が悪い訳じゃないだろ? 俺は、最低限の動きをしてる。襲撃だのなんだのされない限り、俺は激痛に堪えかねるからな」


 フラグのようにも聞こえるが、周囲に濃いマナの動きを感じられないため、安堵しての言葉だ。イデーもそれはわかっているから、特に言葉を紡ぐことも無くただ頷く。


 外を見た。窓から見えるのは、雨の降る街。

 スペクターは静かに、口を一文字に結んで────脳裏に過ぎった、ミラジェイの化物じみた姿に身震いする。



 あれは、勝てる奴なのだろうか。

 恐怖の原因は、自分の死では無い。人間の死でも、世界の崩壊でも無い。ただ極端に、イデーの身を案じていた。


「スペクターさん」


「おっ、上がってたか。熱はどうだ…………」


 絵斗の額に手の甲を添え、スペクターが眉間に皺を寄せる。


「あっつ」


「大丈夫ですよ。活動には支障ありません。それよりも、聞いてもらいたいことがあって…………」


 目の虚ろさは見えないが、絵斗の熱はまだ残っている。スペクターは無理にでも休んで欲しいと思いながらも、後ろから来るシャロームの気配にそれをとどめた。


「……絵斗さん?」


「シャロームさん、お久しぶりです」


「どうして、絵斗さんがここに」


「えっと、二人は知り合いなのか? ……ライターと先に会ってたなんてな」


 胸中に違和感ができ、しこりのようなそれから、スペクターはまた自分の首を掻くことで目をそらそうとする。その様子を見て、イデーが勢い良く彼の首から下がる鎖に手をかけ、引っ張った。

 嗚咽とともにスペクターが尻もちをつく。


「おぇっ、ぶ…………あっぶねぇ!」


「ボクは会ったことはありません。死にかけていた間に、アルブスと姉さんは会っていたようですが……」


「話は聞かれていたんですね。なら、早いです」


 絵斗は優しく、手をシャロームに差し伸べる。


「アリスさんと信号の出し合いを可能にするよう、彼女と一緒に話し合い決まりましたので…………繋がりをもたせるため、参りました」


「塔の星扉からここまで、走って来たんですか?」


「いえ、燃えずの塔────茨の花園にある城の方から。渚という、友と一緒に」


「……わかりました」


 差し伸べられたその手に、シャロームは手を重ねる。すると、二人を光の結晶が包み込み、それはすぐに収まった。


「ありがとう、ございます」


「いえ、僕にはこれ位しか。あぁ、そういえば、ミラジェイは燃えずの塔に居ました……最後の戦闘の場は、そこになるでしょう」


「……? そういや、その渚って人はどこに居るの」


 横で聞いていたポルックスが聞く。

 絵斗は苦笑して、心底申し訳無さそうに眉をたれ下げる。その表情から、全員が次の句を同じように予想し、血の気が引いた顔をした。


「────ミラジェイを消耗させるため、未だ乱戦を繰り広げています」

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