第三十六話 飽くまで
「あの狼の小僧、聖獣じゃったのか。それはそれは、確かにわっちゃが単純なマナの量で劣勢になる訳じゃな……ふむ」
今や人間に忘れ去られた塔の中で、ミラジェイは不気味な笑みを浮かべている。片手に提げられたハンマーを軽々と回し、担ぐようにすると塔の玄関を開けた。
軽い足取りで、向かうは城。鬼の住まなくなった茨の花園。その場所を作り上げ人間を誘導したのはミラジェイだった。何を求めるでもなく、ただ単なる一つの企みのもとに。彼女はどこまで、その純粋な殺人欲求を見たそうと行動を続けるのか。
意味は無い、その言葉は決して届く事はない。どこまでも救われず、また救われようと動く訳もない。
ミラジェイの心は変わらない。
育ててくれた、自身の空腹が殺人欲求に変わるまで、ずっと見守ってくれた“母”のような女性すら殺した、ミラジェイの心は。
運命を変えようとしたあの少年が残した抜け道は、一体次いつ現れる?
あぁ、それは、────。
────今だって良いだろう。
「────ッ! ハハッ、今更介入してくるか、小童如きが……!!」
城の中、地下室からの道。それを通った先に、“燃えずの塔”への入り口がある。
入り口を開けた直後、中から銃声が六発。全弾は無理であっても、彼の銃は半分以上をミラジェイの身体を貫かせることに成功していた。不意をつくという、彼自身としては少し罪悪感と自責の念に駆られる行為で、心底嫌う闘いと向き合ったのだ。
「…………」
「だんまりか?」
「話したって分かりやしない人に、“俺達”は関わりたくないのさ。嫌なのに来てやったんだから、早く死んでくれよ」
その隣に、最も信頼できる親友を添えて。
ミラジェイは舌打ちと共に狂笑を浮かべた。眼前、自分に殺意を向ける二人を見て、片方が確実に人でない異質な存在と気付いたからだろうか。
勢い良く弾むように前へ飛び出ると、ミラジェイは片足で強く地を踏みつける。瞬間、魔法陣が開かれ、地から数ミリ上の所から土塊を呼び出した。それらは真っ直ぐに二人の方へと向かって飛ぶが、双剣を持つ少年が全て受け流した。
────渚と絵斗の二人が、アイコンタクトをして銃口と剣先とを向かわせた。それから頷き合い、すぐさま渚が駆け出す。絵斗はそれに合わせカメラを構え、下の面にある蓋を開けると三枚の写真を入れる。
それからシャッターボタンとは違う場所を押すと、絵斗の目が一瞬光り、ミラジェイが新たに生み出した土塊が吹き飛んだ。
ミラジェイは見たこともない闘い方に驚いたが、すぐにハンマーを振りかぶって渚の間髪入れずの攻撃に対応する。それから絵斗のカメラを一瞥し、と思えば渚の足を蹴って転ばせた。渚も負けじと双剣で首を掠めてそのまま倒れ伏す────わけもなく、受け身をとってすぐに立ち上がると、思い切り頭を下げた。
シャッターを切る音を逆再生したような音と共に、絵斗のカメラのレンズからレーザーが発射される。
反射で避けるが間に合わず、レーザーはミラジェイの横っ腹を抉る。
「馬鹿げた攻撃じゃ。しかし、わっちゃ達神剣の弱点をよう分かっておる。甚だしい、すぐにでも退場願わなければな!」
「ハッ、そりゃこっちの台詞だね! 絵斗、先に行っとけ!」
「分かりました」
「行かせると────っ!」
また魔法陣を光らせるミラジェイに対して、渚は躊躇なく魔法陣を展開させる動作に必要であろう足を切り離した。
「武運を!」
「心配すんな、死なねぇのは俺達の一番の長所だ。そうだろ?」
※ ※ ※
「────血清?」
アルブスが起き上がる。白んだ髪の先から淡く空色に染まっては、冷気を少し纏って、皆を見た。彼の言葉を繰り返し問いを投げたポルックスの方を見やると、アルブスは金色の双眸を自身の腕に向け、横から顔を出したカストールに差し出す。
暫く固まって小首をかしげたが、アルブスの様子に気付いてカストールは薄く息を吐く。
「オーシェ────オムニシェンティアか。ポット、オーシェの事は知っていたのか? カットは今この目で見るまで、アルブスの中にあるマナが彼のものと、気付かなかったよ」
「名前を聞いたときに、アルブスはオーシェの名を引き継いでいたんだ。…………それでポットは知った」
「成程。事情は深入りしないでおこう。あまり情報量を増やしても、頭が混乱する」
さて、とカストールはオーシェに近寄り、その前に座って見上げた。
「血清……とは? オーシェ、君の血液を採取し加工した上澄みが、ミラジェイを懲らしめるのにどう役立つと言うのだ」
「簡単なことよ。聖獣の血は人型にとって猛毒になる。人型にとって、というのが重要だが……兎に角、私の血清を打ち込めば、ミラジェイは解毒に専念する間動くことが困難になろう。マナも削り、魔力に転換することが出来なくなる」
「…………そりゃ、ありがたい話だな。俺は賛成だぜ? 試す価値はあるだろ」
スペクターが、オーシェの言い分に頷く。横目で聞いていたイデーも同様だ。ホーリーはもう少し情報を得たいようで、指をくるくると回しながら目を細めている。
「計画への賛否は置いておいて、血清を作るだけなら迷うことは無いでしょう。実際に作ってみて、色々と確かめてからでも遅くはないですから」
まよいわ浮かべた周りに、シャロームは淡々と告げた。オーシェは彼の顔色を伺うようにちらりと見やるが、口を噤み何処かを眺める様子に息を漏らし、目を伏せてカストールに向き直る。
ポルックスはカストールの少し後ろあたりで立っていたが、やがて静かに座った。
「ポットは……賛成。血清を作ってみよう。…………カット」
「あぁ、了解したよ。オーシェ、君の力を借りられる事、光栄に思う。とても有り難い申し出であり、自身の小ささを改めて痛感した……君は身体を無くしマナだけになろうとも、その気高さは失われず持っている」
「間違いなく聖獣の名に相応しい」と言ったカストールは、後ろを振り返って皆に部屋を開けるよう指示を出す。残るのはホーリーとシャロームだ。
去り際、背中を向けたカストールに、オーシェが手を伸ばしかけ、そのまま口を開くと、
「────禁忌は最後まで取っておくものだ。早とちりして無に帰させれば、言葉通り世界が崩れる。…………しかし」
かけられた言葉に、彼女はピタリと足を止めた。部屋と部屋の合間に立ったカストールと、客室の中で座るオーシェは、目を合わせることはない。
「君は魔女であることよりも、大切な物をすでに見つけている。凄い子だ」




