第三十五話 姉妹
「それで、これからどうするつもりだよ?」
「どうって?」
エリザが不満気な声で問う。俺自身先程の行為を何とも思っていないので、どうと聞かれても。
「アタシよりアンタの方が、魔獣化した時に対処しづらいだろ」
「んー? それなら心配要らない。俺達鬼が強いのは身体能力だけじゃないからな。それに、竜の肉も予防線として食べたし、何も心配要らないと思うが……」
「そうじゃない。強いから不安要素になり得るんだって」
「…………あー、うん。その心配が要らないって」
説明が下手くそだったかもしれない。俺は話すのが苦手だったか…………。
首輪に触れる。
「この首輪にはイデーの魔力が込められてる。イデーの帽子にも、俺の魔力がある。これを見えない形でつなぐことが俺達には可能で…………それによって、離れていても安否くらいは分かる。遠すぎると靄がかかるが……丁度、書庫付近から茨の花園までの距離が曖昧になるラインだな」
「魔力と魔力を繋ぐ力……?」
「正確には、魔力やマナがこもったものに対して、間接的な繋がりを持たせられるってことだ。水竜の肉を食ったときも、そこにロータスもとい水竜のも混じったロータスのマナが込められている肉だった」
「水竜と繋がりを持たせたってことか?」
「ご明察! つまり、俺が万一やばくなれば水竜がマナを増幅させて────ってこったな」
イデーと俺の間のつながりに関しては、相互の安否確認にしか使っていないから水竜とのつながり限定だが。
相手が強いマナを持っているほど確認できる範囲は広がる。書庫〜花園よりも広がるから、実質何処にいても水竜は俺を感知できるはずだ。
「でも、それじゃあ絶望していなかったら無駄になってしまう」
「ならねえ。竜のマナは俺達人型の生命を、理を凌駕する。竜の細胞やら血やら鱗やらで武器を作れば、全ての生命体を殺せる優れものになるくらいだ。印の魔女の魔法の元になった厄災が来たときは、この竜から作った武器によって虐殺が行われたって話だが……」
「……そういえば、竜殺しの魂を持つあの子供はどうしている」
「んぁ? 誰のことだ」
「知らぬか。無理もない、古いマナほど感知しにくいのだからな…………たしか、シャロームといったか」
シャロームが、竜を殺した? いや、魂を持つって言ってるし、別人ではあるだろうが……。
「今は多分、……書庫でアルブスの事を看てるだろう」
「友を気に掛けるか」
「……なあ、シャロームと仲が悪いのか? 言葉の端に棘がある」
「お前は気にしなくて良いことだ。スペクター……折角だ、儂の力を貸してやったのだから、肩をたたいてすぐにでも帰れ」
一緒にいて欲しいじゃなく、すぐ帰れ、か。
水竜のことだ、眼前に俺の死体ができるかもしれないのは嫌だろうな。俺のテリトリーである前に、ロータスの墓場であり水竜が守るべき街なのだから。
「けほっ」
肩の袖で口を隠し、軽く咳をする。
────少し、気持ちが悪くなってきた。魔獣、災厄の血、黒色の感情……こうも頭を回す問題には、力でぶつかろうとするのを良く戦略として採り、イディに怒られていた気がする。
その意味が、やっと分かった……かもしれない。
エリザには聞こえなかったようだが、水竜の目は誤魔化せない。ただでさえ別種族の血が交じるマナを自分に移したのだ、少しは拒否反応が出たっておかしくは無いだろう。
「…………水竜? どうした、奇妙な顔して」
「我慢はよせ。異変を感じたのだろう、儂から見ても、マナが侵食しようと動き始めておるのが見えるわ。それも、血と血、マナとマナとが混ざりおって…………複雑だ」
「だからやめろって────」
「五月蝿いな。俺が決めた事だ、今更後悔や叱責など必要ないさ」
叫ぶ俺に不満気なエリザ。
「足りぬということか。しかし、竜とて生物よ…………どうしたものか」
「なあ、俺は大丈夫だって。信じて……くれないのか?」
水竜の瞳が、水面を映して何かと対話しているようにさえ見える。ロータス…………彼女のマナを食らった竜は、今何を思い、東の魔女を継いだ俺を見ているのか。
突然、俺の手を甘噛みして背に乗せてくる。水気のある鱗に捕まると、水竜はそのまま水面へ面と向かい、潜った。勢いのまま、俺は水竜の眼前に振り下ろされた。水中の家であったろうそれの柱にぶつかり、俺は息を思い切り吐き出しそうになるのを堪えた。
「…………お前も、儂も……」
「………………?」
「様子見で、儂の肉をひとつかみだけにした。効果は薄いな……流石魔女だ。こうも素直でないと、少々気が立ってくる」
ポゴ、と息を吐く。
「ならば、だ」
「…………」
「全てを食らえ…………やむを得まい。あの娘には先に帰るよう促す」
※ ※ ※
「竜を食うって……どうかしてる」
「そうか? まあ確かに、神聖なイメージのあるものを食べようとは…………中々思いつかないだろうな」
「しかも、自らが負うリスクを見越して」
途中で合流したエリザから不満をぶつけられつつ、帰路に着く。人の通りゆく道を眺め、路地から書庫への扉を潜り、俺達はポルックス達が居るであろう客室に足を踏み入れた。それは早朝の事で、一日程経っているが────やはり、アルブスは寝たままだった。
床に伏した、それも原因が自身に関わるものとなれば、罪悪感は最もで、自分への少しの軽蔑と力の無さを悔いる心持ちが湧き上がる。
「よー、イディ」
「戻ってきたの? 行ったまま帰って来ないと思ってたけど」
「酷い言いようだな……まぁ、暫くはボーッとしてたかったが…………そうするわけにもいかねぇし」
「…………そう。あ、魚食べる? 僕らは朝ご飯もう済ませたから、残りだけど」
言われて、少し動きが固まってしまう。エリザから視線が感じられ、俺は目を伏せて一瞬考えた後、腹を擦って笑った。
「折角だが、良いよ。戻る途中で腹に入れてきたから、他のやつかイディが食べてくれて良い」
「あたしは貰おうかな」
何か────同情のような感情を向けられている気がして、俺はやれやれと肩を落とす。エリザを一瞥すると、彼女はすぐに目を逸らし、それからイデーに焼き魚を盛ってもらい、椅子に座って食べ始める。
「なぁ皆、俺から少し報告があるんだが、良いか?」
「構わない」
カストールが話を促す。他も止めることなく、俺の方を見た。
「俺達には感情による死以外に、もう一つの欠点があることが分かった。それはエリザがよく知っている」
「魔獣化のことか」
俺の話にエリザが口を挟み、そのまま話してくれるかと思えば申し訳なさそうに目をそらす。咳払いをして、皆に向き直る。
「後ろ向きな感情をそのままにしすぎると、マナが災厄の血に侵食されて細胞が変化する。結果、化物になっちまう」
「解決策は?」
「無い。……と思う。エリザがギリギリだったから、水竜の力を借りて俺に侵食部分の負荷を移したが……水竜の生肉を食べても、気休めにしかならないと思っていたほうが良いな」
「…………」
「ちな凄い苦いから、そもそも魔獣化への一歩すら避けるほうが得策だな。まぁ俺達は魔女である前に人型だから、感情の上下は予知も制御も難しいんだが」
まず絶望だのなんだのはしたくない。他の人がそうなるのも同様だ。というか、後者の方が俺は許せない。俺の身体で実験して、どうにか皆を安心させたいのに────、
「どうやっても無理なら、一人でも魔獣化する前にミラジェイをどうにかするしかないよな……」
「──ならば、聖獣の血を受け取るがいい。血清にでもして打ち込んでみよ」




