第二十三話 処刑人の戯言
「さて。アセリア、本当に大丈夫かいな?」
「……えぇ。ただ、さっきから死別したと思っていた先代が次々に出されるから、混乱しただけよ」
冷や汗をかきながら、アセリアは口を噤む。
言ってやりたい。あの日吐いた{西の魔女“アリシア”}など居ないのだと。私こそが先代で、裏切り者の出来損ないなのだと。
それでも、本当を吐くのは何よりも恐怖が勝ってしまうのだった。
「僕達がやるのは、店の方での情報収集か。といっても、そこまで手に入れられるものは変わらない気がするけどね」
「ただ、エンティちゃんが入手してくれたものとはまた違う筈やよ。見張りの位置と数がもともと分かってるんやから、あとはこっちで被っても何ら問題は無い」
イデーは一人でに歩き、すぐそこの果物屋の人間に話しかける。店員は彼女の怪しげな帽子に一瞬驚いたが、すぐに微笑みながら話し始めていた。
横目で彼女と目が合い、ホーリーも彼女の元に歩く。
「……私が出来ること」
瞑目する。
──こういうとき、シャルはどんなことをするかしら。子どもを喜ばすような、周りの目を盗んで空気を噛み砕く手品? でも、この状況は不信感を含んでいる人々にとって有効打なだけ。
──魔法。あのときやった魔法は?
「………………」
深く長く息を吐く。
──それと手品の何が違うの? 何も変わらない。そも、それをして人々の目線を集めても、何か役に立つわけじゃない。これは違う。
──ペロネー。彼女はシリウスと同じように正義感が強い。物事の善悪をきちんと考えられる。自己犠牲だって厭わない。
──どうしろっていうの。私は……、私だけ、こんな。
──判断は違えた。死別した後ろ姿を追ったって、他の人間を縋ったって。これは私の行動。責任を取れるのも、事前に自分が起こすことを知れるのも私だけ。自分のことにけじめをつけられないなら、それはただの愚か者だ。
「…………」
目を強く瞑る。すると、モヤモヤと胸中を渦巻く感情が心臓から滲み出るようにして出てくる。それを開放するようにして、目をゆっくりと開ける。
周りに光の線が走る。それは周囲には見えず、自分だけに示す導きの光だ。
光線はたなびきながら宙を回り、やがて自らの指先に宿ると、蝶を象る。そしてそれを、アセリアは潰した。何の躊躇いもなく。
「……行ってらっしゃい」
光の粉のようになって、風に乗り、それは城へ向かって消えて行った。
※ ※ ※ ※ ※
「城の中ってやっぱり変な感じがする……疼き? それとも何かのデジャヴ? うぇぇ……」
「分かりませんが、ペロネーさんからの救難信号とかでは無いんですか?」
「それでは無いと思うぜ、多分。もしかしたら、無意識に故郷への想いが強まっちゃってるのかもな」
鼻の絆創膏を掻きながら、スペクターは笑う。
「すすすっすいません! あそこが地下牢の入り口です……」
エンチーシスが指をさす。階段横、南京錠のかかった扉。その横には見張りが一人。
どうしようかと皆逡巡するが、シャロームが迷い無く全員に見えるよう手を出した。
「……シャローム?」
「皆さん、ボクの手に手を重ねて貰えますか」
横目で合図を出したシャロームに、意図に勘付いたアルブスがすぐさま手を重ねる。それに続いて、エンチーシスとスペクターもおもむろにだが重ね合わせた。
シャロームは目を瞑り、涙ボクロのある左目を開けて、空いている片手で指を鳴らす。
瞬間、視界が火花を散らした様に点滅し、頭がクラリと揺らぐ感覚に皆が唸る。
「さて、合って……ますね。無事、地下牢の入り口裏です。皆さん、大丈夫ですか?」
「ゔぁっ、こりゃクラクラする…………エンティ、アルブス……? いや、シャロームは平気なのか?」
「心配には及びませんよ。慣れてますから……ただ、何がどうなっているか、という質問は今はお控え頂きたいですが」
言いながら、シャロームはポケットからライターを取り出した。
「……ななな何だか、用意周到というか…………」
「煙草でも吸ってたか? いや、違うか」
「師匠が吸おうとしてやらずに終わったんですよ。そのときに押し付けられました」
カチ、カチッと火花が飛ぶ。今回は確かにそこに光が走っている。
ライターの火がつくと、朧気だが階段が下に続いているのが見えた。シャロームは頷き、それに周りも頷き返す。
小さな光を糧に、四人は階段を下っていった。
※ ※ ※ ※ ※
「ここから入れると思ったけど、どうやら無理みたいやな。……杖で小突いても崩れへんわ」
「……土魔法でも、高位なものじゃなきゃこれは無理だね。材質が特殊だ……アセリア、どうしようか」
厚い壁の向こう、確かに感じられる旧友の気配。拳を握りしめながら、アセリアは顔を上げる。地面の石を見ていても、特に魔法や魔術の痕跡は無い。なら、ただ単に材料に固いものを使ったようだ。
杖に手が伸びるが、それは離れ、腰辺りの袋に目的を変える。アセリアはそこから一つ色のある石ころを取り出した。
「少し下がってて。こういうのは……」
投げ当てられたそれは光を放ち、瞬間大きな音を立てて────おや?
「音を吸収──ないすかばー、ってやつだわ。ありがとう、ホーリー」
「おおきに、これで通れるな」
静かに開かれた地下牢。檻には薄く赤いシミが所々見受けられたが、特に誰かが入っている様子もない。もう少し奥の方だろう。
少し焦りを感じる彼女等に、安堵を与える声音が響いた。
「────ケホッ、ん……アセリア? アセリアか?」
「…………ぁ」
全員が目を見開いた。檻から、細く骨ばった手が出てきているのを見た。確かに見た。その掌に血が付着しているのも。
アセリアが一番に走り寄る。それに続いて、目を潤しながらホーリーも、そして「マジかよ……」と溢すイデーも近付いた。
目の前の檻で座っていたのは、間違いなく先代針の魔女──ペロネーだ。
赤茶の髪は解かれ、背を覆うほどに伸びていた。左目に着けていた眼帯は外れていて、痛々しい歪んた瘡蓋が覆っている傷が顕になっていた。両目とも開いているが、どちらも淀んだ紫色の、儚くも見えるそれが、アセリアに注がれていた。
アセリアはまた膝から崩れ落ちる。全身の力が抜け、へたり込んでしまう。
ペロネーもまた、言葉を発さず口を柔く開いたまま静止していた。
「ペロネー……死んだの、かと」
「…………話せるようになったのか? アタシの知らない間に……随分、と……成長したように…………見えるよ」
光を灯さない双眸に目を合わせ、アセリアは荒い息を繰り返す彼女の頬に手を優しく添える。心地よさそうにペロネーは瞑目して、やっとイデーとホーリーに視線を向けた。
「イデー……か。ごめん、な。…………そっちの方は……ヨハンの?」
「あの時は鶴だったんに、まさか覚えてくれとったなんて嬉しいです。ペロネーさん」
ペロネーは苦しそうに息を吸い、唾でも絡まったのか咳き込む。
「……ゲホッゲホッ。…………っ、あぁ……えぇーと。エンティに言われて来たんだろうから……大体は知ってる、……と、思っていいのかな?」
「貴女が処刑されるのが明日ということも知っているわ。だから、皆で助けに来たの。……どうして、どうやってって、聞きたいことは山程あるけど……それは、」
「──外に出てから目一杯聞いてやりますよ」
アセリアの言葉を、イデーが続ける。
──しかしペロネーは、震えながら首を横に振った。
「…………ペロネー」
「アセリアなら分かる、だろうが…………ケホッ、アタシは処刑を受け入れたい。…………勝手なことなのは、承知の上で……だ」
ペロネーの言葉に、後ろの二人が小首をかしげてアセリアを見る。
隠していられない、そう思ったのか、アセリアは意を決して口を開いた。無論、彼女は振り向くことは出来なかった。
ペロネーの手が背に触れていて、イデーはそれで理解する。あぁ、涙を堪えているのだと。
そして、次に彼女が話すことも。
「私、嘘を貴方達に沢山吐いたわ。……私だけが、先代を失ってすらいないって。先代なんて居ない、私こそそれであるのに……ごめんなさい」
「……アセリア」
ペロネーが、口をきゅっと結ぶ。深く同情の意を目に宿して、瞑目した。
「何となくそんな気はしてたよ。ただ、もう態度なんて変えたって気持ち悪いし……このままでいかせてもらうさ」
イデーもホーリーも、アセリアの背に手を添える。
「やね。アセリアの気持ちもわかるで。…………ウチも、自分だけ生き残ったなんて言い辛いしな」
「…………アセリア」
ペロネーがまた、彼女に呼び掛ける。
「お願いだ。…………城の民からすれば……まだ、恐怖の根源があることになる。…………もしかしたら、君達にも影響があるかも…………しれない」
「ペロネーはそれで良いの?」
「ああ」
眉間にシワを寄せ、しかし決意の固い瞳で、ペロネーは頷いた。




