第二十四話 嘘吐きの譫言
冷えきった、鋭い音が走る。と同時に、嫌な血飛沫が地面に吸われていく。もう、見る気すら無い。
それでも私は、見なければならなかった。どうしても、目を背けることが許せなかった。許されることではない。処刑、死、葬送。埋葬すらされず、その遺体はどこへ行くのか。
血飛沫、赤、赤茶の髪がハラリと広がっていて地面を満たす。首が転がる。
「…………姉さん、平気? いや、こんな質問じゃ無意味だよね。……どうしたら、良いかな」
シャルが、私の背をさすった。
「……一度、皆で城を出ましょう。長居しても、怪しまれるかもしれないわ」
「分かった。皆さん、城下町を出ますよ」
それぞれが返事をして、帰路につく。
歩きながら、誰かが何か言おうとして口を閉じる。それが何度も続き、十数分立って、沈黙が解かれた。
「────あはっ、お姉さん達バッカみたい! 愚かだね、そうとしか形容出来ないよね! …………はぁ、全く」
──知らない声だった。全員が即座に振り向き、一番前から一番後ろ、つまり皆の視界から外れた私は息を呑む。皆も、一拍遅れて瞠目した。
胸が熱い。
ふとして、それが痛みに変わる。
シャルの顔が、みんなのかおがゆがむ。
ぜつぼう、あせり、おどろき、うらみ、きょうふ、そのすべてが。
※ ※ ※ ※ ※
くすんだ水色の髪が靡き、鮮血が吹き出し、伸ばした彼らの手は遠く。一瞬の行動が命取りになる。いや、なったが正しい。
アセリアの後ろに居るローブ姿の小柄な人型が、彼女の胸元を重い大剣で貫いていた。
「──────っ!」
街はもうすぐだというのに。
地面に触れようとした血は宙を舞い、そこで止まる。
そしてそのまま、空気と同化し、全てが朧気にぼかされていく。
「姉さん!」「アセリア!」「アセリアちゃん!」「アセリアさん!」
静寂。
「……んなことあるかよ。ふざけんじゃねぇ!」
「何でこんな突然に、それも連続で……はぁ? 意味分からないよ」
スペクターとイデーの言葉に、姉妹らしさを感じている場合じゃない。
それでも、本当に突然のことであったが故に、現実味など微塵も無い。
ただ、今起こった出来事が現実だということを、網膜に焼き付いた景色が、冷えきった背中が、煩い心臓が肯定している。
「…………なぁ、シャロームくん? 大丈夫かいな、血が……」
皆、ホーリーの声にハッとしてシャロームを見る。彼は強く、強く手首を握りしめていて、爪を立てたそこから血が垂れ流されているのが見えた。
「────」
「シャロームくん?」
しかし、シャロームは反応しない。俯き、唇を噛んでいる。
「シャローム」
今度はアルブスが、シャロームの袖を引いて声を掛ける。
すると彼はアルブスを一瞥した。
「────っ」
シャロームの冷たい瞳に驚き、アルブスは後退りそうになる。が、彼はその浮いた足をそのまま前に踏み出させ、シャロームの顔を自分に向けた。
「シャローム!」
「…………」
ペロネーと同じような、でも違う。
「……怒ってる?」
「…………今の状況を経て、どうやって冷静でいろと」
アルブスに向けられた視線は、牙を出さず威嚇する猫のようだ。それでも彼は、気ままな猫のように消えるのを否定したくて、シャロームの袖を掴んでいる手に力を入れる。
「そう、だね。それは正しい感情だよ。……でも、怒るだけ怒って何もしないのは、駄目だと思うんだ。止まってる場合じゃないよ」
「アルブス、アセリアが生きてる確証は?」
「……無いよ。でも、死んでる確信だって持ててない。……持てない、でしょ」
アルブスはイデーの方を顔だけ振り向いて、静かにこぼす。
イデーは深く息を吐いて、ホーリーとスペクターに目をやる。二人とも頷いて、シャロームを通り過ぎ歩き始めた。
「シャローム。親しい者との死別やら何やらでややこしくなってんのは知ってるさ。頭ごっちゃだろ、でも君は賢い。僕達魔女よりもよっぽど」
手の力を抜いたシャロームに、イデーは肩を優しく叩いてスペクターたちに続く。
「行こう、シャローム」
「何で、アルブスは……君は、諦めずにいれるんだ?」
シャロームは、濁った夜空の双眸を、ただ注ぐ。夕焼けに焦げていく空を背に、アルブスは微笑んだ。その顔はひきつっていて、笑みが虚勢を張っているのだとすぐに分かる。
小さなその体で、懸命に希望を手繰っている。シャロームはそれが、酷く眩しく見えている。
「──僕が諦めないのは違う。シャロームが諦めないから、僕も諦めないんだ」
「…………よく分かんないな」
「魔女っていうのは、深く暗い感情に堕ちなければ消滅しない。でしょ?」
※ ※ ※ ※ ※
──街に戻ってきたけれど、やはり時の書庫に飛んだ訳ではなかった。大分黒色の溝が小さくなっているポルックスが出迎えてくれて、一先ず書庫に泊まらせてもらうことにした。シャロームは相変わらず上の空だが、アセリアが消えた直後よりは大分落ち着いている。
「アルブス、布団と枕持ってきたよ」
「ありがとう、ポルックス」
ポルックスから渡された布団を敷き、皆で寝転ぶ。
しばらくすると、シャロームも寝息を立てたのでアルブスも目を閉じた。そのまま全員疲労感に包まれながら眠りに落ち、一日を終える。
この一日で生き残っていた先代二人の片方が死に、もう片方が生死不明となると、前と変わらない状況の筈なのに知っていることが増えて精神的に参りそうだ。
すぐに切り替えて探索に切り替えれる程、皆の精神が硬いわけではない。勿論、平静を装ったイデーも、他人事として捉えることも出来たアルブスも、口数は確実に減っている。
窓に人影が通った気がした。それと、恐怖を煽るような笑い声も。
二章、終了致しました。
一度区切らせて頂きます。




