小話②
どこまでいってもゴーストライターの域を出ない、出来損ない。
「…………救うことすら、満足に出来ない。ヒントを与える事も、僕自身で助けることも」
何故、ああも固い何かが僕を跳ね除けるのか。追い出すのか。何故、アセリアさんは、僕の介入を本能から拒絶するのか。
「何か、疑われるようなことを……? いや、カイムの行動は、確実に分別して考えている筈、です」
確かに、カイムの提案した策は一番手っ取り早いのかもしれない。ただしそれは、彼女たちの命だけを見ている。精神的な面で、彼女がどうするかなんて考えていない。
…………僕に、できる事は。
ノックの音がして、すぐ扉をあけて迎える。
「──あぁ、びっくりした。絵斗、邪魔するよ」
「……驚かせて、申し訳ありません。──アリスさん」
薄紫の髪、左目のガーゼ、橙色の瞳。
僕へ向ける視線に、声に、信頼を置いていることが分かって少し安堵する。寝台に座らせ、自分は近くの椅子に腰掛けた。
「それで、頼みたい事って?」
「今、アリスさんの方の世界は、どれくらい物語が進みましたか?」
「……なるほど。時間の経過速度の差を知りたかったのか? でも何で……。いや、いい」
多分、とアリスさんは顎に手を添えて続ける。
「こっちのほうが経過するのは早い。現に、俺が小さい時に往復したら、魔女狩りがだいぶ昔の話になってたからな。……今は、メリーベルと城下町に来てるとこだ。あの子の処刑を、いや正確には……この国で処刑を担っている処刑人、に話を聞こうと思ってな。ついでに、王様にも」
「……大体分かりました。アリスさん、もう一つ」
アリスさんが頷く。僕はよく言葉を選んで、一度頭に並べ文を作ったのを確認してから、一拍おいて口を開く。
「アリスさんは、すぐにでもこちらに駆けつけられる状況下にあると思いますか?」
「……難しい、いや、分かりづらい質問だな。大丈夫だとは思うが?」
「そう、ですか。なら一応、シャロームさんに……アセリアさんの弟さんに、貴方と信号を出し合えるようにしたいんですが」
「それは構わねぇよ。アセリアには俺を守ってくれた借りがあるしな」
僕は安堵の息を、溜めて溜めて溜めて、吐く。
「そんで、言いたいことは言えたか?」
「ええ。多分」
「なら、今度は俺の質問に答えてもらおうか────さっきの、『救えない』ってなんだ」
冷たい水を背中にいきなりかけられたような、そんな悪寒が走った。
※ ※ ※ ※ ※
「な、ん……聞いてたんですか」
「ああ」
アリスさんは心配と疑心を向けてくる。
僕はゆっくりとまた息を吐いた。
「……実は」
救えない、救えない。
救いたい。なのに、何もかもが足りない。僕のすべてが、からっきしで、中途半端だったりもして、僕が救われないから、彼女もまた杜撰に殺されたりするのだ。
パラレルワールドに、そして正史にも、彼女────■■■■の生存する未来なんて無かった。
銃弾に打たれて吹き出した自分の血を、口から湧き出たそれを下で感じ取ったときと同じような苦み。
頭を靴裏で嗤われながら踏みつけられたときと同じような、屈辱。
「……ク、ソ。なんだってんだ」
「すみません。僕達の干渉がうまく行かず、途中からしか……いえ、これは言い訳、ですね」
「いや、絵斗を責めてる訳じゃない」
だからか、と僕の言動に納得するアリスさんは、優しく微笑みかけて、肩を叩いた。
「…………アリスさ」
「わーってる。でもこっちはこっちで、死んだときの対策は取れない。知ってるだろ?」
「呪いの代償、ですね」
「いずれああなる未来が来ても、自分が残ってるかなんて分からないしな」
「僕が、戻します。きっと」
そうかい、とアリスさんは顔を背けて笑う。それは自分の醜さを嘲笑っているようにも見えた。
「でもそれは、本当に俺が終わった時だけにしてくれ。絵斗、君に負担はあんまかけたくねぇ」
「────」
「ま、お互い全力で運命に向き合わなきゃな。俺達だけでなく、本当に向き合うべきは……メリーベルやアセリア、スポットライトを当てられたあの子達なんだからさ」
知らない内の苦悩を、虚実の世は知らない。いや、悪いのは彼女達でなく、救いようもなく心情も歪んでいる人々の中へ魔女の概念をばら撒いた始祖──魔女の始祖だ。
僕は奥歯を噛み締め、痛みで疼く左腕を抑えながら、立ち上がった。




