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10人の{厄災}と4人の魔女  作者: Aster/蝦夷菊
第二章 継承者達との邂逅
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第十九話 水底の竜

 時の書庫から出てきた一行(ポルックスとカストールを除く)は、書庫の外にある小さな庭で円になっている。

 塔の魔女ミラジェイ、その表上の危険性を鑑みずとも、ローブとしての候補には入っているのだから、どの道警戒せねばならない。その上で、イデーからアセリア達に頼みごとがあると言うのだ。


「それで、頼みごとって何や?」


 ホーリーが、イデーに話すよう促す。彼女はおもむろに顎を引くが、中々目を合わせられずにいた。しかし、周りはそんな彼女の言葉を静かに待っている。


「僕は、スペットが…………いや、スペクターが心配なんだ。言ったろ、聞いてたろ。……僕が不機嫌な原因さ」


「スペクターというと、東の魔女ですね。ここから南東の水中都市をテリトリーとしている筈ですが、行っては見なかったのですか?」


「……僕は、あまり好んで外に出ない。あぁ、街の外にって意味だけどさ」


 それに鳩を飛ばしてくるのも大抵あちらからだ、とイデーは言う。


「何も確証の無い場所より、水中都市から探したほうが良さそうだね」


 アルブスの判断に、皆頷く。


「ただ、街の馬車は借りられんよ。街長の決めたルールで、魔女の影響が濃い茨の花園と水中都市、雪山には馬車が出れんようになっとるんや」


「なるほど。徒歩で行くほかありませんね」


 こうして、皆各自で持っている荷物を確認してから、水中都市へと足を運び始めた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 水中都市。アルブスは『きっと水が綺麗な、魚介の豊富な所なのだろう』と思っていた。────思っていた、のだが。



「…………へ」


 彼は唖然とする。

 しかし、またもや彼以外の全員が、見慣れた風景のようにそれを眺めている。涼しい顔で、何一つ声を漏らさずに、目的地に着いたというイデーの言葉で、何も変わらず周りを見渡してスペクターを探している。


「どうしたの、アルブス」


 その不信感、いや輪から外されたような疎外感、か。それを覚えるアルブスの肩を、心配そうにシャロームが叩いた。


「……水中都市、って聞いてたのに」


「あぁ、水中都市は水中都市でも、そのまんまな意味だものな」


 ──そう、水中都市。

 “水中”に沈んだ、“都市”。いや、都市というより、村のようにさえ見える。

 勢い良く流れ込んだ水流に抵抗なく崩されていく建物の集合が幻視出来そうなほど、都市の状態は悪い。そして、一瞬アルブスの耳に、何かが水中の奥底で蠢いている音が聞こえた気がした。


「ひっ、ここ、何か居るよ!?」


 アルブスが覗き込む水面から離れ、後ろに居たシャロームの腕に体を支えられつつ、そう叫ぶ。


「なんや、なんか見えたんか、アルブスくん?」


「……水竜か」


 と、イデーが落ち着いた顔でこぼす。瞬間、イデーの後ろから水飛沫を大きく上げて、地を揺らしながら顔を出す何か。いや、大きな影がイデーに被さり、かと思えば、それは耳を劈く咆哮を上げる。

 太陽を隔てていた雲が離れ、その巨体に光が当たった。


 鱗の並ぶ肌、魚のヒレのようなものがくっついていて、手は見えない。蛇を元とした、鋭い顔に、角も生えている。

 竜、その言葉が一番似合うであろう、巨躯を持つ化物だった。


「イデー────ッ!」


 無意識に叫んだホーリーに、呆れた顔で溜息をつくイデー。突然のことに脳の処理が追いついていないのは誰もが同じだろうが、イデーはそれを見るのが初めてではないらしい。

 彼女は軽く指を鳴らし、自分の頭上で留まっている竜を見つめる。


「やあ、久しぶりだね」


『貴様は……む、あの男姿の妹か』


 イデーの言葉に反応した竜は、その低い声を鳴らしながら身体をうねらせた。


「知り合いなんか?」


 アセリアもホーリーも、そしてアルブスも困惑一色でイデーを見る。ただ、シャロームは竜を睨み付けた。

 自身に注がれる何かに、不快感を示している。


「簡単に言えば、僕とスペットのペットさ。まぁ、僕達の言うことだけは聞いてくれる、変わった竜だけど」


『儂が貴様らの命令を聞くのは、貴様らが竜を従える種族──鬼、といったか。それであるからだ。何も好きで従っている訳ではない』


 なにかと早口で、まくし立てるようにイデーの説明を否定する。

 そして、竜は瞠目し、鋭く細まった瞳に私怨を込めてシャロームへと向けた。


「……竜?」


 イデーが何か感じ取ったのか、竜を見上げて首をかしげる。危機を察知して後退したシャロームも、警戒して剣を構えた。

 やがて皆の意識がシャロームに注がれると、同時に竜の口からこぼれる息が怒りに震えているのが伺われ、喉を鳴らす。唾を飲む、死の感覚に。

 竜が水を纏う光を、まっすぐにシャロームへ放つ。


 ──一番に動いたのは、やはりアセリアだった。


「──────っ!」


「姉さん!」


 防御結界を張ったはずが、アセリアとシャロームは共に後ろへ飛ばされる。シャロームがアセリアの腰に手を回し、負担を軽減させようと背から地面に倒れ込んだ。


「うぁっ、……ク、いや…………何なんだ」


 シャロームが反射的に出てきそうになった汚い言葉を飲み込み、理不尽な攻撃への憤りを隠す。

 アセリアはすぐに立ち上がり、杖を取り出す余裕もなく手を構える。それに続き、シャロームも地面に転がった剣を取り体制を立て直すが、竜を見て唖然とした。


「…………は」


 アルブスはホーリーを守ろうと彼女の前に出ていた。それが良いのか悪いのか、身長の低めな彼女の視界はアルブスの白髪で隠されている状態だった。

 だからこそ、息を飲みきれずにこぼれた呆れる音に、ホーリーは再度困惑する。


『……貴様』


 竜が、苦しげに言う。

 人間と同じような体として表現するならば喉仏だろう。そこに、イデーが下から歪な形に展開した得物を突き刺していた。それも、涼しい顔で。


「駄目だよ。話を聞かないやつは嫌いなのさ、僕は────」


『邪魔をするな、鬼の子風情が』


 イデーの言葉を遮り、もういい、というように彼女と向き合う。得物がイデーの手から離れ、同時に、彼女の手元には竜の鋭い暴力的な歯が触れていることに気付く。

 竜は目を細め、憐れむようにイデーを見ると────その腕を、華奢な腕を、食いちぎった。



「────ッ、が、ぁあっ!?」


 ひゅっ、と喉が鳴る。自分の血潮を顔に、全身に、かかりながら目を剥くイデーだけではなく、全員が、だ。ホーリーも、彼女の苦痛を叫ぶ声にアルブスの隣へ出る。


「……っは、ぁ?」


 後ろへ飛び退くイデーを、すぐさま意識外へ追いやった竜が、血の滴る口元を開けて不気味に笑う。


『無様』


 小さくそうこぼしたのを、ホーリーは聞き逃さない。


「ふざけるなッ!」


 駆け出す。イデーの肩を掴み、その場を離れようと足に力を入れた。が、イデーは確固たる意志で、その足を止めさせた。

 見れば、彼女らの足を巻き取るようにして、無数の目が着いた異物が伸び、ホーリーを見つめている。


「イデー……?」


「治療に専念してくれない? 君の特技、それくらい満足に振るえないだなんて笑わせる…………っ」


 息を荒くしながら、歪んだ笑みを浮かべてホーリーを見る。イデーはそのまま視線をシャロームに移し、叫んだ。


「君がこの状況を呼んだ、それは明らかだ! なんとかしてくれよ、けじめは付けてもらわなきゃね────なぁ、奇跡の手品師!」


「…………っ」


 文字通り、命懸けの竜との戦闘。生命の本能が、頭をガンガン叩いて警鐘を鳴らしているのに、イデーの笑みは崩れない。鮮血を帯びてなおあやしく光る琥珀の目が、シャロームに憎悪でなく期待を寄せていた。


「……姉さん、下がってて」


「シャル」


「大丈夫。ボク、死ぬ気ありませんから」


 アセリアが横にずれ、飛ばされた衝撃で舌を噛んだのか袖で口元を拭い、アルブス達の方に走る。

 そして、竜とシャロームが、直線状に向かい合い────、


「良ければスペクターさんの位置、教えて頂けると嬉しいんですけどね」


『教えるわけないだろう、残虐なる竜殺しの狂人めが』

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