第十四話 まるで秘密基地に行く子供のように
見上げた空、青く見えたそれに、眩しく光る太陽が浮かんでいて、アルブスは不意に目を伏せる。ふぅ、と息を吐き、周囲を木の横を通り抜けゆく風を感じながら眺めていた。
いずれ杞憂となって溜息と共に消えゆくのだと知っていても、魔女の元へと足を運ぶのには、どうしても身体が重くなるものである。
それを感じさせず、凜とした態度で隣に立つシャロームには、横目で尊敬の意を注いでいた。
「シャローム」
声をかけると、彼はいつものスーツのような服の襟を直しながら短く応答する。紫と黒を貴重としたそれに、リボンやフリルがついているのを見ると、華美な手品師にしっかりと見えるものだから、いつの間にやら消えていたり、自分の目の前に花をばら撒いたりしているのでは無いかと思う。
つまり、似合っている。
アルブスは小恥ずかしそうにそう思いながら、路地の方を指差した。
「……気になるの?」
「うん」
「行ってみようか。フォローミー」
語尾を伸ばしつつ、シャロームはくすむ空の色を映した髪を靡かせて歩く。それにアルブスも続いた。
路地は冷たく、どこまで行けど両端にある石壁が変わらない。手をつきゆっくりと、狭い底を進んでいった。先にあるのは、少し開けた場所。そこには、二人の少女が佇んでいた。
片方は鶴のような色の髪に緑色の瞳を持っており、小鳥のように美しい歌声を響かせている。もう片方は葡萄染色の髪に琥珀の双眸を訝しげに細めていた。加えて、琥珀色の瞳の少女の頭にはおかしな顔に見える帽子がある。
「なんや、お客さんかいな?」
「……どっちも人間、じゃないね」
シャロームは一歩前に歩み出て、軽く礼をした。
「はじめまして。ボクはシャローム・アタナシア、手品師をしております。そしてこちらはアルブス」
「アタナシア……ということは、もしかして」
「アセリアさんの親族かいな?」
「はい」とシャロームが頷く。
返答を聞いてから、顎に手を添えたまま緑色の落ち着いた瞳がアルブスに向けられる。
「あと、アルブスはただの同名ってわけじゃなさそうやな。アセロラちゃんと似たような気配を感じるわ」
「アセロラから直々にアルブス──先代の北の魔女から名前を受け継ぎました。それにより、“名継ぎの加護”が与えられたのだと思います」
シャロームの適切に要約された説明に納得したようで、二人とも疑心でつぐんでいる表情を柔くした。
「なら、ウチらも名乗らなきゃないな。ウチはホーリー・セントゥス、歌の魔女や」
ホーリーは細い銀色の線が引かれたワンピースを着ている。そして、背中からは翼が生えていて、じっと見つめているアルブスの目線に気付いたのか恥ずかしそうにその羽を自分の前に曲げて顔を隠した。
じゃあ僕も、と今度は帽子を調整しながら立ち上がる少女。彼女はシャロームとアルブスに冷たい目線を送りながら、
「僕は目の魔女、イデー・ジェンティーレだよ。基本的にはホーリーと一緒にこの街で行動してる」
そう言い、かるく首を前に出して目を伏せると、すぐにもとの位置へと戻っていく。
「もう時の書庫には行った? あぁ、そういや聞き忘れてた。何しに街に来たの? 見たところ、アセリアとは一緒に来てないみたいだしさ」
「書庫……時の魔女もそこに居るんですか?」
「まぁそうやな。印の魔女もそこにおるよ。ただ、少し問題が起こってて、二人はまだ外に出れへんのや」
「……印と時の魔女の二人は、姉さんも二代目を知らなかった…………」
横目でシャロームがアルブスに静かに訴える。情報収集に役立つであろう単語なのだと判断したのだ、それを理解したアルブスは頷いて、一歩下がった。
代わりにシャロームが一歩近寄り、ホーリー達と真っ直ぐ向かい合う。
「書庫の場所はご存知でしょうか」
「まぁ待ってや。案内するんは良いけど、まだイデーちゃんの質問は一つ残っとるよ」
「…………」
食いついたのが裏目に出たか、とシャロームは目を細めて唇を軽く噛む。それから一拍置いて冷静に答えた。今までのことを、少しずつ厳選した情報を伝える。
「へぇ、エリザが暴れてたんだ」
「……あの子は確かに、異常なまでに正義に固執しとるとは思ってたけど。そこまでするもんなんか……? アセリアも、何かしたってわけとちゃうやんな。ただ、前の集会んときもアセリアを呼び出してなんかしとったのは覚えとるけど」
「……エリザに直接聞かなきゃ、事の真相は分からないよね。一応聞くけど、僕達に襲い掛かってくる心配はあるの?」
シャロームはイデーの質問に、少し逡巡する。その間もじっとイデーは彼を見つめており、アルブスは変な汗をかく感覚に身震いした。
「無いとは、思います。あくまで標的は姉さんの筈ですから」
「ふぅん……そう。分かった、十分だよ。ホーリー、案内よろしく……僕は後ろを見るさ」
「了解。んじゃ、ついてきぃ」
イデーは巫女装束のような白い衣服の袖をひらりと舞わせながら、シャロームたちの後ろへと回る。
ホーリーはその様子を確認してから、壁にならってつけられている階段を登り、違う方向から路地を抜け、大通りに出た。街の中を通り、商店街から少しずれた路地にまた入る。
すると、見えてきたのは低木に囲まれた小さな木造の家だ。玄関近くには『時の書庫』と書かれた看板が置いてあり、その近くの机に梟の形をした木彫りが鎮座していた。
ホーリーは軽く指の付け根の関節でその梟の腹を小突く。すると、どんな仕掛けなのか梟の目が開き、羽をパタパタを広げた。
中側からチリンと、呼び鈴の音が聞こえてくる。
しばらくすると、梟の目が光った。そこから少女の声が発せられる。
「……四人。二人はホーリーとイデー? あとの二人は……あ、片方は知ってる、シャロームだね」
「その声は……ポルックスさん? いや、でもなぜ…………」
「なんや、知り合いかいな。まぁそうか、不自然とはちゃうか」
少女(ポルックスと思われる)はシャロームの言葉に「うん」と力無く肯定する。
「とりあえず、ポックは自室にいる。御用ならそこまで来て……」
「うん、そうさせてもらうわ」
中に入ると、すぐ目の前に部屋が二つ見える。片方は書斎のような、本棚が沢山並べられていて、アンティーク風な家具で統一されていた。もう片方は鍵がかかっているが、おそらく生活に使う部屋なのだろう。
「ポルックスの部屋はこっち」
イデーが先導する。
階段をのぼり、暫く廊下を歩くと、先に扉がぽつんとあった。
「ここだよ」
「失礼しますよー」
今度はホーリーが前に出て、扉をゆっくりと開けて中に入る。
他の三人もそれに続き、中に居た彼女──惨劇を見る。
「おはよう。それともこんにちは……? ごめんね、ポックはカットが居ないと、時間が正確に分からなくって……時計は置いてるんだけど、それが見える程にはまだ回復してないんだ……」
砕けた肌、中に見える黒い煌めく何か。生気を失った双眸を隠すのは、赤く短い髪。膝上に乗っている首だけの少女は、全く持ってそれを抱いている彼女と同じ顔だ。唯一見分けられる特徴として、首だけの少女には片目がない。いや、顔のほぼ半分が欠けているのだ。
少女はうなだれ、しかしシャローム達に優しく微笑みかける。その表情を見て、誰もが胸を締め付けられるだろう。
彼女の後ろにある机に、黄色と青色それぞれの装飾品がきれいに並べられているのが見えた。月の形をした青色のイヤリングと、太陽を模した黄色のリボン。
おそらくは、彼女達が揃って身につけていたものなのだ。
「そこの聖獣は初対面、だね。ポックはポルックス、この子はカストール。二人は一つ、ラ・ヴァンドラの名の下に、印の魔女と時の魔女としてここに居る」
アルブスとシャロームは、ただそのばに立ちすくんでいた。




