第十五話 提案と契り
眼前に佇む少女────いや、魔女ポルックスは、静かにアルブスの方を見た。
「聖獣……珍しいね、自身の領域から離れて、こんな街中まで来るだなんて」
「……残念だけど、僕には聖獣のような威厳なんてないよ、ポルックス。僕は北の魔女から名を受け継いだ、アルブス・オムニシェンティア」
「オムニシェンティア…………これはまた、懐かしい名前が出てきた。氷雪の王を継承した子に、更に祝福が与えられる……ふふ、面白い」
ポルックスはクスクスとかぼそくはあるが笑い、部屋の扉近くで止まっている皆に手招きをする。それに従い、本の撒かれた床を上手くかわして歩み寄る。
「それで、どうしてそのような……損傷を? 僕は、いや。……世界のすべてが、厄災は滅亡したと思っている。しかし、姉さんだけでなく、貴女方も生存しているときた」
「……シャローム」
悲痛を浮かべ、ポルックスはほろりと頬の亀裂から黒い粉を落とす。
シャロームはそれを見てはっとした。
「すみませ────」
「ポックは。……ラ・ヴァンドラは、死んでいるといっても良い状況なんだよ。双子は一つ、二人で一つなんだ。シャロームなら、親しい者の大切さが痛いほど分かるだろう」
「……ポルックス、あまり責めんであげてや。色々と、この子たちにも事情があるんや」
ホーリーはシャロームの前に進み、彼の顔の前へ腕を出す。どこからどうみても人形に見えるその少女は、ゆっくりと深呼吸をした。
「そういえば、何でアセリアを連れてこなかったの? ……彼女はポック達の書庫に訪れて来ないんだ。でも、あの子に用事が無くとも、ポックにはある」
だから聞かせて、とポルックスはシャロームの眼を見つめる。
「気付いていないから、だと思います。貴女が、命からがらここで待っていることに」
「……なら、伝えてくれない?」
「承知致しました。絶対に、姉さんに伝えましょう」
彼女は安心したように、椅子の背もたれへ離れていた背をつけた。それからゆっくりと、机の上にカストールの首を置く。
ホーリーが心配そうに彼女をのぞき込んだが、ポルックスは立ち上がると、
「……ポックには、謝らなければならないことがたくさんあるの」
拳をつくり、それを力強く握りしめる。パラパラと黒い粉が落ち、亀裂が広がる。
「あぁーあ、つまんないよ、話がさ。もっと醜く言い争ってくれないかな? …………こっちはスペットと合流も連絡も出来なくて不機嫌なんだけどさ」
「イデーちゃん!」
イデーの冷たい言い草に、ホーリーが大きな声で彼女の方を振り返る。しかしイデーは気にしていないようで、溜息を一つ吐くだけだ。
「構わないよ。口汚く、はポックの得意なところではないけど。…………イデー」
「あ?」
どうせなにも言えやしない、と分かっていてのことだったからなのか、ポルックスの気配が変わったのに対してイデーが怯み、口から小さなそれがこぼれる。
「ポックは、最初から二代目への継承に反対していたんだ。証拠に、ラ・ヴァンドラの継承者は居らず、今もポックとカットがそれを担っている」
途端、ポルックスの部屋が地鳴りでも起きたかのように空気の振動を起こす。頭が痛み、肺が圧縮され、勝手に呼吸器から空気が出てくる。
「ポックは今この場で、二代目を全員殺す手段をとって────“厄災狩り”の犯人を潰したっていいのさッ! ポックはカットだけが居れば、他がどうなったって構わない! ドローレは居なくなった、アセリアはポック達の言葉で深く傷ついてしまった! 今更許しを乞おうだなんて惨めだけどれも、言ってしまえば、今は君達に割く時間すら惜しいッ!!」
ダン、とポルックスは足裏で強く床を蹴る。直後彼女の右足が完全に砕け散り、しかし彼女は顔色一つ変えずにその場に倒れ込んだ。
ギュルリと眼球の黒瞳がシャロームに転がって定められる。その機械的な動きに鳥肌が立つ。
「…………でも、ポックは。カットだって、ドローレの……母様の願いを汚すことは出来ないのよ」
彼女から出た“母様”、その言葉に、様々な感情が感じられる。慈しみ、愛情。深い、尊敬と感謝。
「はぁ……」
ポルックスは静かに、目を閉じて動かなくなった。
「……ポルックス?」
「心配せんで。この子には自動治癒の術式が施されてる。勝手に治るんや…………カストールは違うみたいやけどな」
ホーリーはそのままイデーの手首を掴み、黙って部屋を後にする。
残されたシャロームとアルブスは何も発せられずに、時間が過ぎるのも忘れて背筋に上り詰める悪寒に奥歯を噛んでこらえていた。
※ ※ ※ ※ ※
「……アルブスとシャルが街に行って三時間。大丈夫かしら」
一方アセリアは、先程入れたばかりの紅茶を啜り、あの時持っていた────“先代の命の石”を眺めている。これはフロッサに見せつけるようにして持っていたもので、自分が西の魔女の先代も二代目も請け負っているという事象への矛盾点だ。
何故なら、アセリアは三度死んでいる。
「……アリスの呪いに、シャルの奇跡。これが無ければ、今頃私はここに居なかった」
一度目は契約で、二度目はシャルの奇跡で、三度目はアリスの呪いで。有耶無耶にされた自身の死が積み重なった結果、理を外れた反動で命の石が真っ二つになった。
しかし、アセリアは生きている。
命の石も、その輝きを損なっていない。鈍らず、今も尚光っている。
「私がするべきことは……まだある筈よ。私が隠していたこともあれば、私が知らなかったこともある筈」
「────例えば、まだ生きている先代の魔女が居る、とか?」
アセリアはガタン、と椅子を倒す勢いで立ち上がる。自室、自分の背後に、知らない顔があった。
「……誰」
「やだなあ。僕ですよ、エリオットです」
しかし、眼前にニタニタと笑いながらそこに居る人物は、明らかに彼ではない。
アセリアはそれを睨み、杖先を向ける。
「誰、と聞いているの」
「……はぁ、エリオットじゃないと思われたら、俺の言葉を信じれずに君は死ぬんだろうな。そう思ったから、どうにか演じれないかと思ったんだが、無理か」
薄緑がかった白髪は長く、後ろで纏められているがエリオットよりもその位置は高い。目は鋭く、赤い。龍のように鋭利な瞳孔が細まり、貫かれる感覚を覚える。腕は傷だらけで、纏っている服は患者衣とパーカーを合わせたような奇怪なものであった。
加えて、瞳の下に引かれた赤いアイラインが不気味さを際立てる。
「俺は、あー……カイムだ。エリオットと同じ身体に存在する、全く別の人物であり別人格と言ってもいい」
喉を焼かれているのか、と思うほどガラガラとしているが、その声は低く、何もかを諦観したように気怠げだ。
「俺はさぁ、一つ提案があって来たんだよ。あと忠告だったか。……全く、長寿ってのは酷いよな」
その男は、おもむろに腰を下ろし────瞬間、膝上に鞘に収められている大剣を生成して、また不快な笑みを浮かべた。
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【図鑑】
“ホーリー・セントゥス”
鶴の人型であり、二代目の歌の魔女。先代と同じく目の魔女と中が良く、特徴的なのは話し方。
“イデー・ジェンティーレ”
鬼の人型。二代目の目の魔女。変な帽子を被っているが、イデーはこれに“ボタヌ”という名を付けている。人の歪んだ顔が好き…らしい。でも二代目針の魔女みたいに煩いのが嫌い。
“ポルックス・ラ・ヴァンドラ”
人形。印の魔女。何かを知っている。
“カストール・ラ・ヴァンドラ”
人形。時の魔女。何かを知っている。今は首だけの状態。




