第十二話 曖昧な夢見心地
「……私は何か、勘違いしている」
アセリアは自室の机に突っ伏し、エリザの言葉一つ一つを反芻しながら眉根を寄せ、考え込んでいた。
「でも、何を……」
いくら考えても、彼女のつっかかりの原因は分からない。それは暗闇の中で黒い物を取ることと等しく、そも何につっかかっているのかさえ明確に形容できないのだ。
エリザは笑いながら、彼女らに牙を向いた。最初に嘘を吐いて油断させようとしたのは、“殺してくれ”と願ったあの顔は、本当に嘘だったのだろうか。魔女は幾百もの年を重ね、感情は希薄になり、自分の感情のコントロールも用意になる。エリザのあの願いは本当であったのではないか。しかし、憎悪と悲哀に挟まれては、魔女という生き物はより濃い感情の憎悪に天秤が向く確率が大きいといえよう。
「あの時間髪入れず殺していたら、きっとエリザは消滅していた」
魔女の仕組みを理解しているアセリアにとっては、エリザのことは気がかりだった。いや、正確には二代目の魔女全員だろうが。
「…………私は、どうすれば良いの」
静かな部屋でこぼす。
※ ※ ※ ※ ※
「────クソッ!」
ダン、と鈍い音が響いた。紺色の髪が揺れ、赤黒い瞳が見開かれる。
「姉ちゃんはこんなこと、望んで……ない、のに。なんで、なんで……」
「魔女というものは不便じゃの」
「──は」
突然聞こえてきた声に、エリザは振り向く。すぐさま後退し構えたが、見知った顔と分かると拳を下ろした。
目の前の少女はエリザよりも──いや、魔女の中で一番外見的な年齢が幼く、子供に見える。短い薄桃の髪を、前髪を三つ編みにして横流しにしており、紫根の瞳は哀れみを乗せてエリザに向けられている。身丈よりも大きなハンマーを模した武器を握り、少女はニタリと笑った。
「もしやお主、気付いておらんのか」
「……何に? というか“ミラジェイ”、何でここにいるんだ、テリトリーは────」
「はあ。仕方のない奴じゃな、特別にわっちゃが教えてやろう」
少女──ミラジェイは自身のハンマーを捨て、代わりに細いチェーンソーを生成すると、それをエリザに持たせる。そして、両腕を広げた。
「………………おい」
「はよやらんか。安心せい、死にゃあせんよ」
エリザはしばらく考え込んでから、深く息を吐いた。
「どうなっても知らないからな────っ!」
チェーンソーの刃が動く度に、彼女の体が痙攣し、血潮が至るところに飛んでいく。彼女のトレードマークとも言える頬の逆三角形のペイントも鮮血に埋まり、見るも無残な死体が出来上がった。
息を荒らげるエリザは、膝から崩れ落ちチェーンソーを落とす。
だから言ったのに、とエリザは内心焦りながらこぼした。
「うぅーむ、勝手に人を死なすな……」
ゴポポ、と声帯のあるであろう箇所から音を立てながら、ミラジェイは起き上がる。
「……は、死んでな…………」
エリザがまばたきをした直後、血も傷も何も無い、先程見たのと同じミラジェイが目の前に迫っていた。彼女は驚いてしりもちをついたが、ミラジェイは心底楽しそうに目を細める。
クスクスと笑い、ミラジェイは床を指す。そこには確かに血潮があり、乾いてしまっているがエリザのしたことの痕跡がしっかりと残されていた。エリザは少し顔を青くしたが、立ち上がってミラジェイに詰め寄る。
「これはどういうことだ?」
「魔女は簡単には死なんのじゃよ、エリザ・
ダムナティオ」
「……なら、先代が死んだのはそれだけ手練がいたってことかよ?」
ミラジェイは首をゆっくりと横に振る。
「魔女は契りを結んだ際に“一度死んだ”判定になるのじゃ。確か魔女というものは始まりの人物がおって、人の心を理解したいと“魔女を生み出す概念”を世界に振りまいたそうじゃの」
「人型は全員、二回まで同じ人格や肉体で死ぬことを許されてるよな。じゃあ、やっぱりお前が死ななかったのには納得できない」
焦げた草の上を歩き、近くの枝や煉瓦に沿って足を浮かせながら、ミラジェイはかすかに残った壁を登り、一番上で止まる。そして上からエリザを見下ろした。
同じ魔女であるはずなのに、エリザにはミラジェイが何か違う存在に感じられた。
「魔女が死ぬのには条件がある。“深く苦い感情”に染まっていることじゃ」
つまり、とミラジェイはエリザから目を離し、彼女が続きを答えるのを待つ。
「……姉ちゃんや他の先代は、心が折れたときに殺されて、消滅した」
「絶望というものは、魔女の魂に形成された理を拒絶する結界をいとも簡単に壊す。そういえば、魔女は“神化者”や“巫女”と似通った箇所があるんじゃ。例えば……」
ハンマーを振り下ろし、宙に浮いて着地する。
エリザは息を飲み、彼女を凝視したまま動かない。ミラジェイはハンマーを後ろで揺らしながら、エリザに近付いて下から見上げた。その視線は冷たく、しかし面白がっているようで、エリザは嫌悪感を抱く。
「貴様は感情に飲まれやすいタイプじゃ、いつか憎悪に縛られた獣と化すじゃろうなぁ。巫女は時偶心を失い、人を区別せず殺したり、不幸を招いたりする。それと同じじゃ……もう、獣にはなりかかってるのではないかの?」
「……ミラジェイ」
「ん?」
エリザは深く考える。
※ ※ ※ ※ ※
何か物をいじっている音で、アルブスは目を覚ます。夏が近付いてきているからか、室内に降り注ぐ明かりが暖かく、陽の光に照らされて彼の白髪がクリーム色に反射した。横で作業をしていたのは、予想通りシャロームで、彼が起きたのに気付くと柔らかく笑った。
「おはよう」
「……うん、おはよう」
「姉ちゃんは街に買い出しに行ったよ。ついでに魔女達の様子も確認してくるってさ」
アルブスは相槌を打ち、寝台から降りる。そのまま着替えようとクローゼットの戸を開けた。
「そういえば、何か作ってるの?」
「魔導具だよ。防護結界を自動的に展開するように調整してるとこ。出来上がったらアルブスにあげるよ」
羽、というより翼の形をした魔導具は、付け根に埋め込まれた宝石が白く光っており、少し青っぽい銀色にアクセントで入っている金色の線が落ち着いた印象を受ける。
「良いの?」
「もちろん。ボクからのプレゼントさ」
「ありがとう。……この宝石は? 結界を展開するためのコア?」
「まぁ、そんな感じかな。あとは、アルブスとオムニシェンティアとの区別がしやすいように、色が変化する鉱石を選んだんだけど……」
魂色石だね、とアルブスが答える。
「図鑑、読んでるの?」
彼は頷く。
感心したようにシャロームは微笑み、布で軽く魔導具を拭いた。それから自身の帽子にもついている球体の飾りを付けると、アルブスに帽子を貸すように言った。彼が応じて持ってくると、帽子の花の近くにその魔導具をくっつける。
「……うん、色味は問題ないな」
「完成しそう?」
「実践してみないことには。一回ボクが身に着けるから、アルブスは攻撃してみて」
アルブスは棚に立てかけている弓を取り、構える。シャロームは魔導具を服の襟に付け、一応と木の剣を握った。
結果から言えば成功した。
アルブスの放った矢はシャロームの周りに球状に展開された結界に守られ、当たると同時霧散する。
「よし、性能も文句ないね。じゃあアルブス、大事に使って」
「言われなくても」




