地べたに半分捨てた心
クララたちの前に現れたのは黒衣の男。
肩にはなにか靄のかかったモノを乗せており、深く被った帽子が目線を隠すのでただでさえ夜中なのに更に暗い。
彼の両手はコートに隠れており、クララにはその内側で武器を握りしめているように見えた。
見えたというよりも感じたという方が正しいか。
「こんばんは。こんな夜更けに危ないですよ」
男は思いのほか常識的に挨拶をするのだが、目線が隠れているのでどうしても怪しく見えてしまう。
警戒を解けずクララは「ふくろ」の中で握りしめる手に汗を蓄えていた。
「アハハ。そうですね」
返事をする麻耶も雰囲気のせいか乾いた声だ。
「良かったらこのまま教会までご一緒しましょうか?」
「い、いえ……大丈夫ですよ」
「なあに金品を要求しようって訳じゃない。その代わりに一つ教えてほしいことがあるだけですよ」
「わかる範囲の話ならばこの場で教えますよ。なのでさっさと行ってくれませんか?」
「おや……こちらのお嬢さんは手厳しい」
クララも怪しさ満載のこの男には、パウロには見せていない冷たい態度を返した。
この時点でクララは既に彼が怪しいと睨んでいる。このまま振り向いたら後ろから撃ち抜いて怪しければ罰するのも辞さないと少し考えていた。
だがクララの考えはこの男には甘いようだ。
やろうかなと思った時点でやっておくべき狂った相手というのは確実に存在するのだから。
「間違っていたらごめんなさいね」
まるで握手をするかのように。
物腰低く手を差し出した男の袖から刃物が飛び出した。
「危ない!」
とっさに気がついたクララは右手を「ふくろ」から出して麻耶を突き飛ばす。
その勢いで自分も横に動いて奇襲をかわすのだが、男が腕を横薙ぎに振ったことで摩耶に刃が当たってしまった。
赤い血が夜の闇に溶けていく。
勢いよく吹き出す鮮血がクララの顔にまで飛んできて、これが重症なのは誰が見ても明らかだった。
「おっと……そっちの子にも当たってしまったか。まああの御方もこれくらい許してくれよう」
「な、な……」
「今気がついたが先日はどうも。よもやキミがクララだとはね」
麻耶の様子に混乱するクララをよそに、彼女の顔に見覚えを思い出した男は帽子を取った。
その男の顔はクララとしてはよく覚えていないのだが、それでも出来たばかりの友人の血からあの日の出来事を連想して彼女も気づく。
自分がネオスドリフトとして教会に見出されるきっかけとなった連続強盗犯ビリー。
男の正体は彼だった。
「なんで!」
クララは目を充血させながら「ふくろ」から銃を取り出すと、マガジン一本をあっという間に撃ち尽くす。
錯乱状態の彼女はカチカチと弾切れで撃鉄が虚しい音を立てても気づかない。
それらすべての弾丸は的確にビリーの黒衣を貫いたのだが彼は不気味に笑うだけ。
手応えがまるでない。
「なんでもクソもあるか。あの御方を復活させるための贄としてお前には死んでもらうぞクララ!」
バッと黒衣をひろけたビリーが両腕に構えるのは巨大な斧。
マキンタから奪い取った邂逅の斧を巨大サイズに展開して上段に構えた。
あらわになった彼の肉体には先程撃ち込んだクララの銃弾で付いた大痣が多数。
だがそれらからは血が一滴もこぼれていなかった。
これはクララが予め銃に装填していた弾丸が鎮圧用の非殺傷弾だったのも影響してはいるのだが、それを加味しても無傷すぎる。
鬱血して表皮が裂けた箇所からすらも血が出ていないのだから。
ぶんと力いっぱいに振り下ろされた斧が近づく圧に冷静さを取り戻したクララは後退りをし、そのまま手早く銃に実弾をこめる。非殺傷弾では彼を倒せないのはクララにも見て取れたからだ。
「に……贄ってどういうことですか!」
「文字通りの生贄よ。あの御方の肉体が壊れたのはお前の責任だ。代わりにお前があの御方の体になるのが詫びと言うものだろう」
「生贄とか言いつつ殺そうとするなんて、アナタは頭がおかしくないですか?」
「おかしいのはお前の方だ。自分の胸に手を当ててよく考えろ。あの御方に申し訳ないとは思わないのか」
「そもそもあの御方って誰!」
「わからないのはお前が悪いだけだぞ小娘!」
問答をしながらビリーが振り回す斧をかわすクララ。
元々のゲームにおいては非戦闘キャラだったこともあり、ステータスは敏捷性と器用さに割り振っていたのが功を奏して攻撃をひらりとかわせているがそれも薄氷を踏むがごとし。
ビリーが奪ったばかりの邂逅の斧に不慣れだからこその膠着状態だった。
クララも何度かビリーを撃つチャンスがあったのだが、彼の発言が意味不明すぎてそのチャンスを逃してしまう。
彼が言っている詫びだのなんだのという話に覚えがないクララとしては言いがかりが気持ち悪くて仕方がなかった。
早くビリーを倒して麻耶を病院に運ばなければいけない。
そのためには殺したくはないが彼を殺すしかないとクララは心を半分地べたに置いた。
「ごめんなさい!」
謝ったのはビリーに対してではなく自分自身に対してのモノ。
ヒトを撃ち殺すという行為を肯定するための謝罪をしてからビリーの頭を狙い撃つのだが、覚悟を決めるまでが少し遅い。
邂逅の斧の扱いに慣れ始めたビリーは形状を変形させると、幅を広げた刃を盾のようにして銃弾を防いだ。
「今のは危ない」
ビリーは防いだとはいえ、つい呟いていた。
実際今のビリーにとって頭だけはいけない。
本来でも記憶媒体である頭とエーテル核である心臓はフェニクス体にとっての急所なのだが、こと今のビリーにとっては更に重要な意味を持っていた。
実のところビリーはクララに脳天を撃ち抜かれたあの日に死んでいる。
脳みそがぐちゃぐちゃにされた彼は胸のエーテル核との連携に異常をきたして死んでいるハズだった。
だが実際には今も彼は生きている。彼を利用していた一人の男が、都合のいい人形にすべく治療という名の改造を施したことで、血の通わないゾンビとなって蘇っていたわけだ。
ゾンビとなった彼は自分の主人であるあの御方が死んだことと、その原因がクララ、マキンタ、パウロの三人にあると知った。
死に際の主人の記憶を魔力のパス通じて半端に受け取った彼は、逆恨みに近い形で三人への報復を開始していた。
最大の目的は主人であるあの御方の復活。
彼は肉体を失っても自分に埋め込まれたエーテル核の一部をクララに移植することであの御方が復活できると信じていた。
ビリーにできるのかは怪しいが理論はそこまで間違っていないことを証明するのは彼の連れている幽霊。
この幽霊こそがビリーをゾンビとして生きながらえさせているあの御方の一部に他ならない。
あの御方は彼に何も命じていない。
むしろクララに迷惑をかけることは良しとしていなかった。
彼が恨むのは裏切り者であるブラクモや自分に一矢報いたロブスタであり、仲間に引き入れるのを断っただけのクララやパウロには恨みなどない。
マキンタの造反もあの二人に懐柔されたのなら仕方がないかと諦めていた。
つまりビリーの行動は完全な独りよがりでしかない。
しょせん彼は生きる屍と言う事だろう。だがその代わり彼は強い。
「黒に染まれ!」
邂逅の斧が思い通りに形を変えたことに手応えを持ったビリーは魔法で周囲を黒く染めた。
視界を失って冷静さを失うクララとは反対に闇の中でも冷静なビリーは首を狙う。
首から下はあの御方のために必要だが頭は不要。
なので首無し死体にしてクララを連れて行こうと企んでいた。
闇の中からの襲撃はビリーにとっては慣れたもの。
ぺたりぺたりと歩み寄る。
「く……ら……」
絶体絶命の状況に狼狽えるクララはまな板の上の鯉であろう。
このままでは殺されてしまう状況の最中、誰かがうめきながら何かを「ふくろ」から取り出す。
「ぐあっ!」
そして足元からの閃光がビリーの眼を焼き払った。
「麻耶さん!?」
それは瀕死状態だった摩耶の奇襲。愛用のカメラのシャッターをストロボ全開で切っていた。
突然の光に目がくらんだビリーは立ちくらみを起こし、逆に視界を遮られていたクララは一瞬ながらビリーの姿を見た。
場所さえわかればあとはもうタスクに任せたほうがいい。
クララはタスクマクロで一瞬垣間見たビリーの位置を狙って引き金を弾いた。
「パン」
という銃声が周囲に響いて魔法による闇が晴れていく。
地面には摩耶とビリーの二人が流した血液が散乱し、特にビリーは立ったまま頭から血を流して絶命していた。
クララはへたり込みそうな腰を持ち上げて麻耶を病院に運ぼうと担ぐのだが力が入らない。
そのまま二人揃って地面に伏せてしまった。
「詰めが甘いんだね、クララちゃんは」
そんな二人に少し高い位置から見ていた誰かが手を差し伸べた。
それこそ死んだはずの幽霊である彼には手足などないのだが、今この瞬間は特別に使える手足が目の前にある。
彼の名は複数あるが、この場で名乗るべき名は教会の女装神父ハイジ。
神の干渉を受けた二人の男によって殺されたはずの彼の一部は幽霊のような存在になっていたのだが、今回は気絶したクララに取り憑いて彼女の体で彼女自身と麻耶を病院へと運び込んだ。
だがこれは一時の奇跡に近いもの。
ビリーをゾンビとして蘇生させるために切り離したハイジの一欠片は、クララの体に入ったことで免疫抗体のようなものに排除されて小さくなってしまった。
この憑依による復活が有効なのはせいぜい三十分がいいところか。
「別れの挨拶もできなかったか。まあ……そのうち誰かが本体を生き返らせてくれないかを気長に待つとしようか。なんて言っても僕はバグっているからね。肉体が死んでも魂はそうそう死なないのさ。体がないと暇つぶしに困るんだけれどね」
病院に到着した頃にはもう時間切れだ。
それっぽいモノからエーテルによって形成された本物の幽霊となったハイジはクララの体を離れて己が死体が転がるあの場所へと飛んでいった。




