夜回り
クララが夕飯を済ませてスパを出たのは夜の七時を少し過ぎた頃。
流石に食いすぎたのか、ぽっこりと膨れる下腹にクララは少し懐かしさを覚えた。
まるで元の世界における自分の姿のようではないかと。
「ほら。言った通り食べ過ぎじゃない」
そんなクララの様子を見かねる摩耶には彼女の心境はわからない。
なので食べすぎて膨らんだお腹を軽く撫でてからかった。
「ちょっと……触らないでよ」
「良いではないか」
「くすぐったいって。これからお仕事だから、あんまり刺激しないでください」
「お仕事? お風呂に入っていたしあれだけドカ食いしていたから、てっきり今日はもうなにもないと思ったんだけど」
「ちゃんと言っておけば良かったね。これから昨日出没した強盗を捕まえるために夜回りに行くんです。だから麻耶さんは危ないから、今夜はここでお別れにしよう」
「一人で行くなんて逆にクララが危ないじゃん。教会もいくらクララが強いからって、女の子を夜中に一人歩きさせるだなんてブラックな連中だね」
「あいや……これは教会の……ネオスドリフトの仕事じゃないんです。知り合いがその強盗に襲われたので、いわば敵討ちみたいなものですから」
「それでも一人でやるだなんて危険じゃん。もしかしてその人に惚れているの? クララちゃん」
「そんなわけありません!」
「必死に否定するなんて逆に怪しいよ。これはスキャンダルの匂い」
「わたしが好きな人は別にいるんだって!」
「ほうほう。どんな人?」
「そ、それは───」
話の流れでマキンタを好きな相手と勘違いしそうになっていた麻耶を言い含めようとして、クララはつい彼のことを彼女に語った。
ゆっくり暗い小道に向かって歩きながら語る元の世界での馴れ初めは完全に惚気話。
これには麻耶も胸焼けしそうなほど。むしろ自称ジャーナリスト、実際には高校の新聞部員でしかない麻耶としては、恋人なんていなかったのでクララの惚気が眩しいくらい。
恋を知らず好きな異性がいない麻耶も知識や憧れの概念としては理想の相手がいると言うわけだ。
「───ごちそうさまってやつだね。オクテっぽい割に意外とダイタンなんだね。まあ強さしか知らない人からすれば、このくらいダイタンなほうがイメージ通りだろうけど」
「そうかな?」
「そうそう。強い女性ってのは性欲も態度も強くてお尻が弱点と相場が決まってるんだからさ」
「最後のは初耳だよ!」
「では態度と性欲が強いのは認めるんだね。グフフ」
「麻耶さんの意地悪」
内心クララも否定できない部分があったので意地悪と軽く反論する程度だった。
この間、麻耶はけっこう大きな声でクララとおしゃべりしていた。クララの方も久々に女の子同士でお喋りしているからかつい声が大きい。
周囲から見れば若い女の子がかしましく歩いているわけだが、二人が進む方向についていく人間はいない。
ランタンの光で明るいものの、この先の小路は二人の話し声があってもなお寂しげな場所だった。
「(黙っていたらオバケが出てきそう)」
麻耶はクララに意地悪なツッコミを入れ続けながら、次第にクララの腕に抱きついていた。
この麻耶という少女はオバケが苦手である。それが仕草に滲んでいた。
「大丈夫?」
これにはクララもさすがに一声かけざるを得ない。一旦教会に麻耶を送り届けたほうが良さそうだ。
「今日はこのくらいで引き返しましょう」
麻耶が一緒では危険だと判断したクララは摩耶の手を引いて踵を返す。
「ひゃ!」
だが時すでに遅しというのだろう。振り向いた先には見知らぬ男が立っていた。
思わずかわいい声を上げる麻耶とは対象的に、クララは動じない凍った心で右手を「ふくろ」に差し込んだ。




