風呂上がり
大浴場で泡まみれになり抱き合う二人の女の子。
いくら紅一色の空間とはいえ、これには難を示す者もいて当然であろう。
そんな気配を先に察したのは以外にも元凶である麻弥の方。
頬を赤らめた彼女はクララから離れると、ごめんなさいと謝ってから隣のシャワーに移動して、そのまま麻耶は親しい間柄の世間話のように自己紹介を始めた。
「ウチはフリーライターの遠藤麻弥と言います。噂の少女ガンマン、クララさんとお見受けしますが、取材を申し込んでもよろしいですか?」
「エンドウ?」
大半の人がゲームキャラとしての名前を使っているので、そのまま本名らしい名前を名乗る麻耶に対してクララは聞き返した。
「ええ。遠藤でも麻耶でも、ウチのことは好きに呼んでください」
「では名前で麻耶さんと。たしかにクララはわたしですが、取材がどうのこうのと言う前に噂というのは? たしかに今日は妙に視線を感じますが……」
「知らないのですか? 教会にあるシミュレーターで最高得点を記録した、ネオスドリフト期待の星とはアナタのことでしょうに」
麻耶のツッコミに「ああ、あの事か」とクララは得心した。
たしかに自分がシミュレーターで叩き出したスコアが記録的だったという話はパウロにも言われている。
なのでそれが外部に知られれば噂になるのも自然なことであろう。
「シミュレーターの件が噂になっているのは初耳ですが変に期待されても困るよ。しょせんわたしは実践では恐がりの臆病者なので」
「またまた謙遜して。ウチの情報では、初遠征でも対峙した極道者を全滅させたって話ですし」
「それはなにかの誤解だよ」
麻弥の話が自分の認識と大きく異なるので、クララはすぐにそれを否定した。
いったい誰がそんな話をしたのだろう。
「わたしは極道者が相手では大して役に立たなかったんです。それどころか逃げるだけで精一杯でしたし。誰がそんなことを」
「あれま。ヤサトからきた男の人の話だったし、ガセネタって感じじゃなかったのに」
「たぶんあの人のことだから、酔った勢いで適当なことを言っただけですよ」
クララには麻弥が言う情報源であるヤサトから来た男性に思い当たる人物は一人だけ。
マキンタが昨夜強盗に襲われる前に深酒をしていたのは見舞いの際に聞いていたので、クララは単純にそのとき彼が話した与太だと納得した。
それでもやや懐疑的な態度を取る麻耶なのだが、あまり深く掘り込んでクララに取材を拒否される方が困ると考えたのだろう。
違和感は胸に隠し、大浴場での彼女はクララの横についていった。
まあシャワーで泡を流したあとは、大浴場で三十分ほど長湯をしただけなのだが世間話には丁度いい。
互いの元の世界での事情を語り合った二人は気が合うのか、湯船から出る頃には緊張が解けていた。
麻耶の申し込んだ取材もとりあえず一緒に行動するだけだということで、クララは「危なくない範囲」でそれを許可した。
短時間で仲良しになり風呂上がりにバスタオルを体に巻き付けた状態で並んでミルクを飲む二人の姿は、どこか漫画のようで周囲の目をひきつける。
麻耶が一緒だからこそクララは目立ったのだが、麻耶がいなければ噂の少女に声をかけようとする野次馬にクララは辟易していたところであろう。
ミルクを飲み終わり、ドライヤーで髪の毛を整え終わった二人は普段着に着替えると、夕食を兼ねてフードコートに向かった。
クララが何度か利用していたフードコートとはメニューが異なり、和食が主体なので久々の米にクララは心のなかで大騒ぎだ。
お風呂でリラックスした後なのもあるのだろう。
クララは浮かれ気分で注文を入れた。
「これは……すごい食欲。三丼フライ定食を本当に注文する人がいるなんて」
「朝から何も食べていないし、これから用事もあるので体力をつけたくてね。それに本当はお魚の方が好きなんですよ、わたしって。そういう麻耶さんだってカツ丼なんだから似たようなモノだって」
「流石にそれは違うって」
クララが注文したのはカツ丼、天丼、親子丼を合体させてパン粉をつけて揚げた三丼フライ。
定食なのでそれに味噌汁とライスがついてくる大ボリュームな一品だ。
麻耶が注文したのはカツ丼の時点でかなり大きいのだが、それに加えてあれこれ入っている三丼フライの大きさはその比ではない。
フェニクスの肉体がある程度の飲まず食わずを許容できるように、ある程度の食い溜めも可能でなければとても食べ切れる量ではない。
「同じだよ。だって元の世界だったらそのカツ丼だけでお腹が破裂しそうだし。だったら今のうちにこういう漫画みたいなドカ盛り料理を食べておいても良いかなと思うんだ」
「それも一理あるか。だからといってそんなに食べたら大変だよ。すぐに太っちゃうんだから」
「これでも昔より痩せているので大丈夫」
「そういう問題かなあ」
ちなみにフェニクスとしての肉体には肥満の概念はないのでクララの判断は間違っていなかったりする。
この身体である以上はいくら食べても太ることがない。
なんとなくでそのことに気がついているのもあるし、純粋に空腹だったクララは久々のドカ食いで腹を満たした。
一方麻耶も、食べ過ぎはいけないと思いつつも、クララに釣られてデザートに抹茶アイスにあんこと白玉団子を乗せた和風パフェまで食べているのだから、彼女もまた大食いの部類のようだ。
食休みをしたら一仕事なわりにクララの気が緩んでいたのは麻耶の存在が大きい。




