お風呂
この世界にやってきた人間たちが「ゲームキャラ化」と呼称している彼らの肉体。
神の定めた正式名称では「フェニクス」というこの肉体には病の概念はない。
普通の人間の場合では不潔が過ぎれば病気になるのだが、フェニクスの肉体にはそれは起こり得ない。
つまり風呂に入らなかったから病気になることはないし、何よりある程度の汚れは魔法を使えば綺麗にできるのでこの世界に風呂は必須ではないと言える。
だが実際には公衆浴場は毎日多くの人々を引き付ける一大娯楽として、転生の日からずっと各地で人気を集めていた。
クララもそうだし誰だって当たり前の話だ。
転移した人間たち───正確には神によってフェニクスとして再生された人間たちの多くが日本在住ということを考えると、風呂による精神的回復効果は非常に高いというわけだ。
この日のクララは大仕事を前にした景気づけの意味合いもあるが、それ以上に遠征に出発して以来、風呂に入れていなかったことがスパに来た大きな理由である。
フェニクスの肉体は汗まみれになっても異臭は特にないのだが、乾いた汗がべとつくのは同じなので肌を綺麗にしたくなるのも当然であろう。
「なんだろう?」
そんなクララのこの日の服装はラフな半袖シャツと丈の短めなハーフパンツ。
動きやすい服装とホルスターめいた両腰の「ふくろ」が妙な貫禄を醸し出していた。
そんな彼女を見て、すれ違う一般客はクララを二度見してしまう。
「あの女の子は噂のガンマンなのではないか」
と。
そもそも元のゲームの知識を持っている人間ほど飛び道具の弱さを知っている。
そんな中でシミュレータの最高得点を記録した銃使いの少女がいるという話は、クララが遠征に出ていた数日間でフナバシに広まっていた。
特徴は「種族は機械人形」で「小柄でお下げの髪が腰ほどの長さ」、そして「細い指だがそれ故に目立つ指先のタコ」。
クララを伝聞でしか知らない人々は指にタコができるまで引き金を弾いて高度な射撃技術を身につけた、ゲームの外でも熟練のガンマンなのではないかと勝手に思い込んでいた。
実際には現実でもクララは小物作りが好きで指先にタコや傷を作ることが良くあったのと、機械人形の種族スキルである「タスクマクロ」のスキルレベルが高いことが噛み合った結果、彼女のフェニクス体にタコを浮かび上がらせていた。
つまり射撃の腕前とこのタコは直結していないのだが、一応はクララの技量パラメータが補正することで射撃の腕前を大幅に跳ね上げているので間接的には関係ある。
しかしそこまでの情報をクララは知らない。
小物に指が馴染むのは便利だが、ゴツゴツしていて少し恥ずかしいなと感じているほどだった。
そんな周囲の視線を少し気にしつつも脱衣所に向かったクララは衣服を脱ぎ捨てる。
受付で渡された「洗面リング」は「ふくろ」の類似品として「ふくろ」を含めた貴重品を収納できるだけではなく、衣服を全自動で洗濯したり、タオルやその他生理用品が収納されているスパには必須の便利アイテム。
早速クララは脱いだ衣服や溜まっていた他の衣服を洗濯機に放り込むと、取り出したバスタオルで胸を隠して浴室へと向かった。
当然のごとく女湯なので男の人の姿はない。
街中では女性だらけの場所など滅多にないので、このかしましさがどこか懐かしい。
「あの〜」
「ん?」
そんな騒がしさに耳を貸しながらシャンプーをしていたところである。
クララは誰かに声をかけられた。
洗髪に意識を集中していたのもありクララが返したのは生返事。
それを聞いた誰かは何を思ったのであろう。いきなりクララに抱きついた。
「ひゃ!?」
いきなりのことにクララの頭の中はパニックを起こす。
以前ビリーを撃退したときのように迎撃のタスクマクロが発動したが、いつもと違いここは大浴場。
貴重品は洗面リングの中なので、拳銃を取ろうとした腕は空振りしてから顎の高さに突き出される。
そしてクララは振り向いて空手を誰かに向けようとするのだが、体をひねった向こう側にはすでにその姿はない。
何故なら───
「いきなりマジになるなんてヤバ」
タスクマクロが終了して意識を取り戻したクララの耳に入る背中に張り付いたギャルのボヤキは「いきなり抱きついてきたアナタに言えたことか」と、ツッコミ返さざるをえない。
自称フリーライター遠藤麻弥。
これが茶髪でサイドテールな彼女とクララの出会いだった。




