尼と巨人と極道と
走り去る巨人の背中を眺めた後、出発した三人はチヨダを目指す。
あの様子では残念ながら助からないとハイジのことを諦めていたクララとパウロなのだが、その実態は彼女たちの想像とは異なっていた。
「もしかして僕が狙いだったんスか?」
「あぁー!」
墜落した極道車を発見し握りつぶそうとした刹那、耳元で囁く声に件の巨人は吠える。
まるでその声に答えたような発音だが、その真意は本人にしかわからない。
だが彼にとって一つだけわかっている事は、神の声に従って殺そうとした相手は握り締める車の中にはいないという点。
運転席には誰かが気絶しているが、上半身をルーフから乗り出していた標的の姿はそこにはいない。
声の鳴る方に首を動かすと、彼の肩の上には尼僧の姿。
さきほどまで神父の服装だったのだが、いつの間に着替えたのかと聞くのも野暮なたたずまいでその人物は巨人を睨む。
「野良巨人としてこのあたりをさまようなり、正気にもどって勝手に野垂れ死ぬんだったら見逃しても良かったんスけどね……これ以上は見過ごせないっスよ」
女装の男はGM専用の武器を取り出すと、その先端で巨人の首をなぞるように空を切る。
その動作に連動するように巨人の首は突然裂けて、吹き出す体液の勢いとともに巨人は急速に縮み始めた。
この溢れ出るものは血液ではない。
彼を巨人へと変化させた薬が彼の体内で増殖したエーテルの変異物であり、このエーテルを体内から失った彼は巨人から普通の人間へと戻る。
巨人からただの青年へと戻ったロブスタは、薬の作用で混濁していた意識を取り戻した。
巨人化の反動で身動きが取れない彼は自分を見下ろす人物に気がつくと、神の干渉ではない純粋な憎悪で相手を睨む。
「ぐ……ぐれ……」
「呂律が回らないみたいっスね」
意識がハッキリとして彼は目の前の相手を呼ぼうとする。
だが首に受けたダメージと巨人化の反動の大きさは彼から言葉を奪っていた。
「僕に恨みがあるみたいなのは目を見ればわかるんスけどねぇ……僕には恨まれる理由がわからないっスよ。今のキミのダメージだって、僕からすれば正当防衛だ。むしろ僕にやられたおかげで元に戻れたと感謝してほしいくらいだよ」
「ふ…ざ…け…る…な…」
「ん?」
絞り出すようなロブスタの反論に、ハイジはクララたちには見せたことのないほど眉間にシワを寄せた目を返す。
「言いたいことがあるんなら、ノドヌールしてやるから言ってみろ」
そして杖のように構えていた武器の先端をロブスタの喉に向けると、ハイジは局所治療の魔法を使ってたロブスタの声を取り戻させた。
「ふざけるなって言ったんだアッシュ。ヤサトを滅茶苦茶にしたグレイスの正体がお前だってことはもう知っているんだぞ。みんなを返せよ」
返せと言われても誰のことやら。
しかも会話ができる程度に治療してもらった人間が命令してくるという逆転状態には困惑しかない。
ハイジは小首をかしげた後、アッシュとしての顔しか知らないはずのロブスタが自分とグレイスで同一人物だと知っていることに唸る。
彼と同行していたらしい兄のブルマンは知らなかったあたり、彼がこのことを知る道理なんてないはずなのにと。
「言いがかりはやめてほしいなあ。僕だってグレイスに目をつけられないようにコソコソしていたのはキミも知っているじゃないっスか」
「とぼけても無駄だぞ。ソースはこの世界の神様だ」
「神? 冗談にしてはもっと面白い嘘をつきなって。マジで神がロブスタくんに味方をしたのなら、キミがこんな目にあうはずがないっスよ」
「逆だよ外道。こんな目にあったからこそ神は俺たちを利用したんだ」
「たち?」
「そう……俺たちをな!」
ハイジが後ろから聞こえた声に気がついたときにはもう遅い。
鍔の壊れた抜き身の刃を構えたブラクモがハイジの胸を貫いていた。
「どうしたんスか? ブラクモくん。僕のことを刺したりして」
「そこは『どうしてピンピンしているんスか?』とたずねるところだろう。俺を囮にしておいて、よくもまあとぼけられる」
飄々とした態度なのだがハイジの顔は青ざめていた。
心臓の位置を一突きにされているので、生身の人間ならばこれだけで死んでいるほどの傷なのでさもありなん。
「巨人と衝突したとき、お前は車からいち早く飛び降りてバリアの一つも張らなかった。さっきまで得意げに使っていた静止の結界があれば、衝突など簡単に止められただろうに」
「あの結界は銃弾が相手だから機能しただけっスよ。重さに比例して効果がなくなるから、巨人と衝突するエネルギーを前にしたら意味をなさない……」
「その方便も神の言うとおりか。ウィンウィンの関係だったから今まで黙っていたが、お前は本当に嘘つきだよ」
「違う。だいたい本当に神がいるのならば僕にもその声を聞かせてくれよ。なぜ僕ばかり目の敵にする」
「神が直接手出しするわけにはいかないから俺たちに力を貸すんだと。俺個人としては、お前のことを見限っただけだけどな」
「そしてこっちは言わずのがな。神はこうも言っていたよ。フェニクスと言えども首と胴を切り離せば死ぬってさ」
「ま、まて!」
待てと言うのはロブスタに対してのもの。
さきほどまで言葉すら放てないほどだった彼はなにかに操られたかのように立ち上がると、右手にナイフを握りしめていた。
ハイジはブラクモに刺されているため身動きが取れない。
ちらりと目線を向けるとブラクモも血だらけであり、彼も巨人の攻撃で受けたダメージは通常では動けるほうが異常なほどだ。
彼らが立ち上がって武器を握りしめているという事実と神以外では知らないはずの知識を語ることで、彼らは神の介入を証明していた。
「待ったは無しだ」
ふわりと繰り人形糸を誰かが引いたように飛びついたロブスタはハイジの首を切る。
さほど長くないナイフの一太刀だが、首筋の境目を綺麗になぞったその刃先はハイジの喉を裂き、あっけなく彼の首を切り落とした。
突然の死に歪むハイジはさきほどまで見せていた一般アカウント由来の女性の顔ではなく、GMとしての男性の顔になっていた。
そしてその顔は酷く歪んでおり、彼が受けた恐怖を物語る。
「これであの街は俺のも……」
「仇は取ったぞ……」
ハイジの首が切り落とされたのを二人はそのままだバタリと倒れると、再び目を覚ますことはなかった。
誰もいない荒野に転がる三人の死体。
ブラクモとロブスタをそそのかして目についた毒虫を駆除し終えた神は、本を閉じるように彼らに向けていたカメラを切る。
この神の一人Hはハイジの特異性を知らない。
だからこれですべてが終わったと、取り戻した感情を満足させた彼はその後を知らぬまま本来の仕事に戻っていった。




