静止の結界
銃弾をものともしない極道車は聖帝号との距離を詰めていき、このままでは追いつかれることを悟るクララの顔には焦りが見えていた。
牽制としての銃撃は続けているのだが効果はない。
説得しようにも堂々巡りであり、このまま追いつかれればハイジとの交戦は間違いないだろう。
戦いになればこちらの攻撃は通用しないのだが、向こうからの攻撃は防げるのだろうか。
「だから戦うのは嫌いなんだ」
クララは呟きかける。
「心配いらないよ。クララはそのまま灰村の車をできるだけ撃ち続けてくれ」
そんな弱気の虫が出そうなクララをパウロは鼓舞した。
彼は何かを見つけたようで、ハンドルを握りながらなにかの魔法を発動させる。
ハイジの方を見ているクララとマキンタはパウロが魔法を使ったことにすら気が付かないまま極道車と睨み合っており、ハイジらはパウロの魔法を知らぬ間に受けていた。
「そろそろ撃つのは止めてくれ。二人とも、シートベルトをつけて、落とされないようにしっかり捕まるんだ」
パウロの指示に従ったクララたちは手持ちのアイテムを「ふくろ」に収納すると、シートベルトをつけて両手でベルトを握りしめた。
パウロは何をするのかと小首を傾げつつ正面を向いたクララの目に飛び込んだのは大きな壁。
このままではぶつかると涙目になるクララはさらに横転する聖帝号の動きに溜まった涙が溢れてしまった。
横転によってかかる横Gは遊園地のジェットコースターよりも激しいが意外にも地面に叩きつけられる衝撃はない。
どうやら聖帝号を包むようにパウロが配置したバリアのおかげで聖帝号そのものは無事のようだが、搭乗者にかかるGまでは防げないということか。
横転のおかげで無事に壁を回避できたクララが後ろを振り向くと、そこに見えたのは壁どころかそれよりも大きい巨大な背中。
これはまさかと心の中で呟いたあと、クララは唖然としながら空を舞う極道車の姿を見た。
「二人とも無事か?」
「いきなり危ないじゃねえかダンナ。今のはいったい何だよ」
「あれがさっき話していた巨人です。まさか急に現れるとは思いませんでしたが」
クララが言うように現れたのは彼女たちが遭遇した巨人と同じ存在。
つまり巨人の薬を飲んだロブスタという男だ。
急に出現したのは真っ先に巨人を発見したパウロが水魔法のスモークで姿を隠蔽したためで、巨人の存在に気がつくのが遅れたブラクモは巨人の足を避けきれずに激突。そしてそのまま蹴り上げられた。
二人を載せた極道車はその衝撃でドアが歪んで開かない。
脱出もままならないブラクモに巨人は拳を握りしめると、突風を伴う速さの拳で極道車を殴り飛ばした。
「は、ハイジさんが……」
「いいじゃねえか。狙い通り、これで灰村が追ってくることはもうないだろうし」
「そう言われても」
「でもこれはハイジが気にすることじゃない。キミだって説得はしたんだから、それでも今の地位を捨てられなかったアイツの自業自得さ。
───灰村の……馬鹿野郎」
もとよりハイジを嫌っていたマキンタは、彼に天罰が下ったと言わんばかりに笑顔でクララの肩を叩いた。
数日とはいえ仲間として行動し、最後まで説得をしていたクララとしては、目の前で彼が死ぬ様子に落胆の色を隠せない。
そして三人の中でもっともハイジと縁の深い人物であるパウロだが、彼はハイジの死に顔色を変えていなかった。
震えながら呟いた最後の言葉が悲しみを帯びていたのでクララも心中を察したが、気丈に振る舞う彼に何も言えなかった。
「何にせよこれで追手はいなくなったんだ。先を急ぐぞ」
「りょーかい。だがダンナも疲れただろう。運転を代わるか?」
「その心配はない。むしろお前に大事な聖帝号のハンドルを預けるほうが怖い」
「そんなに心配なら、俺が不信な動きをしたと思ったときにはいつでもドツイて良いってのに」
「それでもダメだ。運転は私の役目なのだから」
巨人は殴り飛ばした極道車を追って北に向かっていく。
作戦通りに巨人を利用した撹乱は成功をおさめたわけだが、結果としてハイジを死に追いやってしまった。
カンに従っての行動が予想を超えていたことにクララは恐怖すら覚える。
詳細こそ異なるが、「突如出現した巨人が一直線にハイジを攻撃し、自分たちには目もくれない」という内容そのものが、うっすらと瞼に浮かんだ通りの光景と同じだったのだからさもありなん。
そして目論見通りにハイジの追走を防街でたもののその結果で友人が粉微塵になったことにパウロの心の中は荒れた。




