答えはノーだ
クララたちがヤサトの結界範囲を抜けて「敵寄せの笛」を吹き鳴らしていた頃、神の一人Hは巨人ロブスタの頭にお告げを送る。
お告げを受けたロブスタは依然として自我を失ったままだったのだが、Hの言葉に従ってヤサトを目指す。
元々彼はモンスターではなく変身した人間のため、実際のところ結界の影響を受けない。
ハイジを見失ってからヤサトに近づかなかったのは、北を目指せばヤサトの街がありハイジがそこに向かったという考えすら持っていなかったためだ。
そんな状態の彼にHはこうささやく。
「このままこの声に従って進めば全ての元凶がいる。迷わず行きなさい。行けばわかるさ」
Hからのお告げを聞いて彼の自我が少しだけ蘇った。
あの男は許してはいけない。
あの男さえいなければ俺たちが飢えることも、兄と喧嘩することもなかったのに。
憤る彼は神の声に従っていた。
彼がしきりに頭の中で思い浮かべる兄の顔。
それを壊したのが自分だと気づかぬまま、それを終わらせたのがハイジであるという怒りのみを胸に宿してヤサトを目指した。
「来る気配がないな」
「その代わりに追手も来ていないので良いですよ。もしかしたらハイジさんも例の巨人を知っているから、こっちに逃げるとは思わなくて出遅れたのかも」
「そうだと良いが灰村はかなり天邪鬼なヤツだ。むしろ巨人という危険な存在がいると知っているからこそ、私たちがこちらに逃げていると予想しそうなものだが」
「なかなか僕のことを理解してくれて嬉しいっスね、よっちゃん」
「おわあ!」
クララたちの会話に割り込むハイジにマキンタは驚いて変な声を出した。
割り込んできたハイジは半透明の生首で、これは「オラクルフォーン」という高等魔法である。
ネカマプレイヤー「グレイス」として長年セカンド・ユートピアをプレイしていたベテランだからこそ習得していた魔法だ。
この世界でのオラクルフォーンは生首を有効範囲内にいるユーザーの元に飛ばして、生首を介して会話や視認を行える一種のテレビ通話である。
ちなみにこの魔法、元のゲームではボイスチャットを有効化する魔法のため、音声でのやり取りをしたい場合は別のゲーム外通信手段を使うユーザーが多かったことで死にスキルとなっていた魔法だったりもする。
「魔法で連絡してくるってことは、この近くにいるのか?」
「もち。よっちゃんから見て後方九百メートルってところだから、クララちゃんが機械人形のスキルを使えば僕らの姿も見えるんじゃないかな」
言われた通りに振り向いたクララが目を凝らすと後方に黒塗りの車が見える。
俗に言うSUVタイプの4WDで、開かれたサンルーフから体を出しているのはたしかにハイジだった。
「見えました。黒塗りの俗に言う極道車ですね」
「大当たり。それにしても見つけたらすぐに狙うだなんて、意外とせっかちなのねクララちゃんってば」
ハイジが挑発した通り、彼の姿を見たクララは銃を構えていた。
ヴェスパーの照準は正確に自動車のタイヤを狙っており、引き金を引けばタイヤをパンクさせるのは確実であろう。
「わたしたちはひとまず他の街に逃げたいだけです。ハイジさんがそれを邪魔するつもりなのだから、足止めしたいのは簡単な話ですよ」
「足止めね……そこまで僕が嫌だったら、有無を言わずに僕の頭を狙えば早かったろうに。キミは本当に他人を傷つけることが嫌いみたいっスね。
一応聞いておくけれど、さっきの勧誘の答えはどう?」
一応と枕詞をつけるあたりハイジもダメ元で答えを求める。それに対してクララは無言のまま銃弾で答えを返した。
「答えはノーってわけか」
クララが狙ったタイヤへの銃弾はすべてハイジに防がれた。
クララが自分を直接攻撃するつもりがないと見抜いていた彼が注意することといえば車を走行不能にすることによる足止め。
パウロが用意していたエーテル徹甲弾はあらゆる装甲や魔法防御を貫通する効果が付与された魔法弾なのだが、運動エネルギーそのものを受け止める静止の結界を発動させたハイジには防がれてしまった。
「そんなに僕に手を貸すのが嫌っスかね? 教会の子飼いと僕の子飼い……そこに違いはないと思うんスけど」
袖にされたハイジの言葉に裏はない。
クララ個人のことを考えた場合に、このままネオスドリフトに参加する道とヤサトの極道者としてハイジに養われる道。
共に誰かの庇護下に入るというのは同じだとハイジは言いたかった。
クララもまだ子供とはいえ、そんな理屈は無論理解している。
損得で考えた場合、ヤサトの搾取階級になればネオスドリフトでシコシコと実績を積むよりも儲けは大きいのも計算できる。
それでもクララはハイジに従いたくないと感じていた。
神のお告げ……クララ本人はカンだと思っていた上位存在の介入も理由ではあるが、それとは別にクララはハイジを信用出来なくなっていたからだ。
隣にいるマキンタのように、不要だと思えばいつでも切り捨てようと考えるのでは?
そんな疑念はクララとハイジの意識に溝を作る。
「ハイジさんとは違って、少なくとも教会は邪魔になったら攻撃してくるなんてことはないとは思いますので」
「僕だってそんなことはしないっスよ」
「マキンタさんにはしたじゃないですか」
「あれはクララちゃんを助けただけっスよ。それともクララちゃんってば、そっちの趣味があったんスか?」
「そんなわけありませんよ」
「そう言いつつもキミはアレなんだろう? そういう願望をもっても恥ずかしくないとは思うっスよ」
「ありませんって!」
暴行しようとしたマキンタを思いやり、それを暴力で止めた自分を拒絶するクララを見て邪推するハイジ。
それを真っ赤な顔で否定するクララは次の弾丸をハイジに見舞う。
理屈を知らないまでも「銃弾で破壊できない」と知ったクララの狙いは窓ガラス。
視界を潰せば走行できまいという考えなのだが、それすらも静止の結界には通用しなかった。
硬さで防いだのならば着弾して広まるはずのインクすら拡散せず、銃弾は空中で静止したのちポツリと落ちた。
「そう怒らないでよ。僕もセクハラしたのは悪かったからさ」
クララは謝っているようで謝罪する態度ではないハイジに更に追撃するがやはり届かない。
「ゴメンナサイの証拠として僕の使っている魔法について教えるよ。これは静止の結界といって、結界に触れた物体が帯びている運動エネルギーを消してしまう魔法だ。だからどんな弾丸も僕の前では意味をなさないっスよ。仮に魔法を無効化する弾丸をクララちゃんが持っているのならば別だけど、そんなものはゲームにはないから不可能ってやつっス」
ハイジの言葉通り、セカンド・ユートピアの仕様では静止の結界は銃では突破できない。
正確には「それを突破できる銃弾が実装されなかった」と言うのが正しい。
「なのでソレを使ったところで僕らの足止めは無理。そして聖帝号よりもこっちの車の方が速度が出せるから、追いつくのは時間の問題。観念して僕の下についてほしいっスよ」
「それでもわたしは……ハイジさんの手下にはなりたくありません。ハイジさんにはヤサトでやっていることを辞めてほしいからです。
逆に聞きますけど、ハイジさんには『普通の神父』として心変わりするつもりはないんですか?」
「それは無理」
「どうして?」
「教会が僕のやっていることを知ったら、有無を言わずにヤサトまで攻めてくるのは丸見えっスよ。仮に僕が今のやり方から他の街と同じに舵を切ったところで、僕が街を支配しているからではなく僕が一時的にしろ街一つぶんのリソースを独占した事実を許すハズがないからね。
そりゃあ、よっちゃんやマルさんならある程度は黙認してくれそうッスよ。でもCEOの耳に届いたらおそらく彼は僕を許さない。彼は独占欲が強いからね」
「なんだよ灰村。結局のところ、お前はゴルロス会長にビビっていたのか?」
「ビビってはいないっスよ。今のままではアイツには勝てない。だから準備が整うまでは情報を外には漏らしたくない。それだけっス」
「でしたらハイジさんは今のやり方を改める。わたしたちはハイジさんがヤサトでやっていたことを見なかったことにして、この件が外部に漏れないように協力する。それでどうでしょう?」
「それが許される段階はもうとっくに終わってるんスよ」
今のハイジにはクララの出した譲歩案など受け入れられない。いまさら計画を辞めるわけにはいかないと彼も意固地になっていたからだ。
ジェムを集めるために生粋の犯罪者すら利用した。
彼らは他人を蹂躙できる場と見返りがあれば言うことを聞いてくれたので、ハイジは彼らにジェムを集めさせるためにジェム以外のモノを差し出していた。
女がほしいといえばヤサトの住民から適当に選んで女性を拉致した。
金がほしいといえばゴールドは惜しまず与えた。
そして時には自分すらも。
「なしのつぶてと言うやつですか。こうなったらわかっていますよね? グレイスさん」
「ああ。もちろん僕は止まらないよ」
ハンドルを握るブラクモが時折見せる立場が逆転したような態度にも、彼ら極道者とハイジの関係が滲み出ていた。




