勘
ハイジの言葉に従っても悪いことしか起こらない。
彼の正体を見抜いたのと同様のカンがそう訴えている以上、クララにはハイジに従うつもりはなかった。
だがパウロはまだしも、さきほど自分を強姦しようとしたマキンタも同じ檻の中というのは言うまでもなく怖い。
しかしこれまでの恐怖から開放されたからか、さきほどからカンが冴えているクララはあることに気がつく。
「……すこし考えさせてください」
「フフン。いいよ」
ハイジは「ふくろ」から椅子を取り出した。
座ってクララの答えを待つつもりだ。
「あの……時間がかかりそうなので、外で待っていてくれませんか?」
「別に僕はいくらでもこの場で待てるっスよ」
「それでも……お願いします」
「んー……クララちゃんがそこまで言うのなら事務室で待つよ。答えが決まったらチャットで教えてね」
クララの申し出に出したばかりの椅子を再び片付けると、ハイジは踵を返して部屋から出ていった。
さきほどまでの新事実に困惑して頭をかかえるパウロと、黒焦げかつ貼り付け状態で虫の息のまま、床に滴る液体を舐めるマキンタ。
そんな二人を他所に、振り切れて恐怖が消えていたクララは濡れたズボンはそのままに立ち上がると、横たわるマキンタの腰を調べる。
さきほどマキンタが檻の中に入ってきたときに、彼は確かにアレを持っていた。
アレさえあればこの檻を出て状況を変えられると、極限までの恐怖から覚醒したクララは頭が冴えていた。
そしてそれは未だしっかりと彼の腰にある。
「あった」
見つけたのは鉄製の輪につけられた鍵の束だ。
マキンタは檻に閉じ込められたクララにイタズラするために、壁からこの鍵を持ちだして檻の中に入ってきた。
入ったあとは勝手にクララが逃げないように鍵もしっかり締めていた。
その一部始終を思い出したクララは、マキンタが鍵を持っていることを前提にハイジへの答えを先延ばしにしていた。
「早く行きましょう、パウロさん」
「クララ……?」
檻から出たクララの呼びかけで頭を上げたパウロは目元を袖で拭う。
そして檻から出て力を取り戻すと、意気揚々と指をポキポキと鳴らすあたりは彼の性格を表しているようだ。
「ここから出られればこっちのものだ。ここは一つ、灰村を説得してフナバシに連れ帰ろう」
「それよりもパウロさん……今すぐお願いしたいことが……」
「わかっているさ」
パウロは皆まで言うなと態度で示すと、洗浄の魔法でクララの服を清めた。
「ありがとうございます。でもこれとは別にもう一つ。彼を助けてあげてくれませんか? このままでは死んでしまいそうですし、このまま檻の中に閉じ込められるのは可愛そうです」
彼とは檻の中で拘束されているマキンタのこと。
パウロとしてはハイジの手下である以上にクララに暴行を加えようとした男なので、治療した上で自由にしていいのかと驚く。
「可愛そうだが、それはダメだろう。自由にしたら何をされるか……」
「その時はわたしが自分でなんとかします。なのでお願いします」
「そこまで言うのなら」
自分でと言いつつも、クララが人間を攻撃することには嫌悪感を持っていることをハイジも憶えている。
なのでその役目も自分のモノだと覚悟をしてから、パウロは治療と楔の破壊を行った。
自由になったマキンタはムクリと起き上がって檻を出るのだが、クララは檻から出したマキンタの頭にリベレイターを突きつける。
額に滲むマキンタの汗が頬を伝ってぽちゃりと垂れた。
助けてくれたと思いきやのクララの行動に彼は驚きを隠せない。
「お嬢ちゃん?」
「聞かせてください。おじさんは何がしたいんですか?」
「何ってそりゃあ……」
クララの問いにマキンタは言葉が詰まってしまった。
彼の本心は遊んで暮らしたい、もっと気持ちがいいことをしたいという目先の欲望しかないのだが、これを言えば目の前の少女は引き金を引くのではないかとしか思えないからだ。
せっかく回復したのにそれでは仕方がないというのが正直なところ。
それにクララには助けてもらった恩があるのでもう無理矢理に襲うつもりも無く、その状態で本音を言えば信用されないだろうなと彼なりに判断していた。
ブラクモが思っているよりは彼は理性的らしい。
「色々あるが、今はお嬢ちゃんの力になりたい。助けてもらった借りを返したいのもあるし、グレイスには落とし前をつけたいからな」
「では一緒に行きましょうか。この街を出るのには一人でも仲間が多いほうが良さそうですし」
「お、おい! 正気か? クララ」
「パウロさんが心配するのはもっともです。わたし自身、さっきのおじさんがとても怖かったですし。そんなおじさんが本当に仲間になってくれるのかは半信半疑なので正気かと言われたら判断に困ります」
パウロもさきほどまで自分を強姦しようとしていた男をスカウトするクララに正気を疑うのは仕方がない。
だがクララには彼女なりに考えがあった。
未遂とはいえさきほど貞操の危機に瀕して失禁したことで、やはりこの世界は現実なのだとクララは身を持って知ってしまった。
どこかにあった「ゲームの世界に過ぎない」や、「いつか誰かが神を発見すれば元の世界に帰れる」という甘い憶測。
それは心の拠り所にしてはいけないのだろうと。
大事なことは他にあると理解したクララは盆暗なパウロより世界に明るい。
「なので……もしイタズラしようとしたら、わたしは全力で拒絶します。それでもいいのなら、一緒に来てくれませんか?」
「お嬢……いいや、これからはお嬢さんじゃ失礼か。とにかく俺はキミの誘いに乗るぞ。俺はマキンタっていうしがない醜男だ。キミたちの名前を教えてもらっても良いか?」
「わたしはクララ。こっちの神父はパウロさんです」
「クララか。昔のアニメに出てきそうないい名前だ」
「む……クララが連れていきたいというのなら仕方がないが、本当にイタズラはするなよ。フナバシのルールじゃお前のやってることは厳罰なんだから」
「へいへい。そうヤキモチをやくなよパウロのダンナ」
「だ!?」
「あれ……俺ってなにか変なことを言ったか?」
ダンナと呼ばれて変な声を出すあたりはパウロの思考回路も割と自意識過剰のようだ。
普通は彼のようにダンナと呼ばれて「隣りにいる少女の夫」という意味には受け取るわけがないのだが。




