勧誘
悲鳴とともに最後の抵抗として平手を振るったクララの手は空を切り、黄金水で塗れる床に平伏したマキンタは焦げ臭さが鼻につくほどの黒焦げになっていた。
何が起きたのかと困惑する二人の注目を引くように、二人を助けた主は顔を表した。
「大丈夫っスか?」
「ふわ、ふがふが!」
「ハイジさん!」
そこに現れたのは神父の服装をしたハイジだった。
二人は彼の正体を知らないので、遅れてきた彼が助けに来たのだとしか思っていない。
「とりあえず、よっちゃんのそれを取ってあげるっスよ」
自分の登場に安堵を見せるクララたちに対して、顔は笑っているが目は冷ややかな表情でハイジは指を鳴らした。
この教会にある拘束具は管理者であるハイジの意思で自在に操れるため、パウロを縛る手錠と猿轡は指の音に合わせて千切れる。
同時に檻の天井から落下してきた楔が横たわるマキンタを地面に縫い付けて拘束した。
「助かったよ灰村」
「これくらいお安いご用っスよ」
「とりあえず今すぐにここから出よう。この街の教会は普通じゃない。グレイスとかいう責任者は極道者を使って私たちをこんな檻に閉じ込めるなんて、いったい何を考えているんだか」
パウロは未だ恐怖に震えているクララの手を取ると、ハイジが開けたのであろうと思いこんで檻から出ようとする。
だが鍵はかかったままで外に出ようとした二人を阻む。
「あれ……さっきの指パッチンで鍵も開けたんじゃないのか?」
「そのことなンすけど……二人をすぐにそこから出すわけにはいかないっス」
「どういうことだ?」
「二人には黙っていたのは謝るっスよ。だけどこれには僕なりに理由があったンすよ」
「り……理由?」
「すべてを説明するためには二人には教会とは敵対して僕の仲間になってもらう必要があるっス。その言質が取れるまでは二人をその檻から出すわけにはいかないっス」
「その言い方だと……お前はグレイスとはグルだったのか」
「いいえパウロさん。おそらくハイジさんがその……」
どこかもったいぶる態度にカンを働かせたクララはパウロより先にそれを見抜いた。
もっとも根拠の弱い直感だよりの憶測なのだが、今回はそれが正解である。
「クララちゃんは意外と察しがいい。キミが思ったとおり、僕がそのグレイスなンスよ」
ここでハイジは証拠としてグレイスとしての顔に変身した。
その顔はパウロには馴染みのある灰村亮二の顔と、神父のデザインをかけ合わせたもの。
言われてみれば納得するくらいには灰村亮二その人である。
「訳がわからん。灰村……グレイスとかいう男の正体がお前でこの街の極道者を束ねていたっていうのはこの際脇にどける。だけどこの状況……お前はいったい何がしたいんだよ!」
パウロは本気で怒っている。
佐藤善晴は同僚や友人として灰村亮二という人物を彼なりに信頼していたからこそ、このような騙し討ちをするハイジの態度が気に食わなかったからだ。
「それを語るためには覚悟が必要だと言ったいじゃないっスか」
「そうやって勿体つけられても意味がわからないぞ」
「だったら今の二人にも言える範囲のことを教えるっス」
パウロの指摘にはハイジも思うところがあったのか。
深呼吸してから二人に告げた。
「僕はこの世界の秘密を知っている。その上で行き着いた結論は、教会の活動は全く意味がない。これは忌憚のない意見ってやつっス。だから僕はこの街を一つの砦にしようと思うンスよ。誰もがみんなやりたい放題に遊び回って、飽きたら勝手に死ぬための。そのためにはたとえ相手が教会であろうとも、邪魔されたら蹴り返すための力がいるんス」
「お前……正気か?」
「もち。むしろ正気じゃないのはよっちゃんたちの方だと思うっスよ」
「たしかに灰村の言うとおり、神を探して元の世界への帰り方を聞きだすよりも、この力で好き勝手に暴れたほうが利口かもしれないとは私も思う。だがそれは人としてどうなんだ? 道徳ってものがあるだろうに」
「チッチッチッ。そこがそもそもの間違いっスよ」
意見の食い違うパウロとハイジなのだが、もしハイジが知っている秘密をパウロも知ればこのようにすれ違わない。
しかしそれは知ったが最後、人によっては心が折れても仕方がない秘密である。
だからハイジは極力全貌を教えたくない。
その上で友人であるパウロを、将来を見据えて仲間に引き入れたいと考えていた。
「よっちゃんがこの街を平和で安全な街にしたいンだったら、よっちゃんの判断で好きにすればいい。それを僕は邪魔しないし、必要ならば手助けをする。今のこの街が犯罪天国なのは、その方が管理が楽だったからそうしていただけだし。だからよっちゃん……僕と一緒に、この街を支配しないか?」
「冗談じゃない。私はこの世界に来て変わろうと思った。だからGMとして与えられた力を正しいことに使って、ヒーローになりたいと願った」
「いいじゃないっスか。この街で好きなだけヒーローになれば。傍目には支配者でも善意の塊ならばそれはヒーローと一緒っスよ」
「支配者はヒーローじゃないんだよ灰村」
実際のところは支配者階級のヒーローだってハイジの言うように実在するわけなのだが、パウロは安易なヒーロー逆張り作品を拒絶するかのようにハイジを拒んだ。
パウロが目指すヒーロー像はモテモテで格好が良い、映画の主役のような虚像。
ネガティブキャンペーンを受けようとも淡々と職務をまっとうする、政治家や公務員のような地に足がついたヒーローではない。
だからこそパウロはハイジの誘いには乗らなかった。
だがクララはどうであろう。
「ふー……よっちゃんが嫌がるのなら無理強いは出来ないか。とりあえずはこの檻の中で、気が変わるまではいてもらうっスよ」
「そんなの無駄だぞ」
「まあいいか。で、次はクララちゃんの番だ」
「灰村?!」
「キミにはシンプルに質問するっスよ。この檻を出て僕の仲間にならないか? いつまでも男二人と一緒の檻に押し込められるのなんて嫌だろう?」
ハイジの勧誘にクララの顔が凍りついた。




