巨人
翌朝、軽い食事と後片付けをしたクララたちは先に進むことにした。
ひとまずは調査のために最初に川とぶつかった地点の対岸までは上流を遡ることとし、古い地図の情報と照らし合わせながらマップを更新していく。
今のところ怪しい洞窟や新種のモンスターについては最初の蛇以来さっぱりなのだが、この川の情報だけでお釣りが来る。
そして目的地に到着したところで、あらためてヤサトを目指して北上を開始した。
ヤサトの街まではあと二十キロほど。
そろそろゴールは近い。
「もうすぐヤサトに到着っスね」
「そうだな。到着したら、まずは教会に挨拶に行かないと」
「あの……一つ質問してもいいですか?」
パウロとハイジの事務的なやり取りにふとした疑問を覚えたクララは口を挟んだ。
「なんっスか?」
「これから行くヤサトにもGMが居るんですよね。二人とはお知り合いなんですか?」
「私は名前を聞いているだけで会ったことがないな。灰村は他の部署にも顔が広いから、知っているヤツなんだろう?」
「……」
クララの疑問は他愛のないモノ。
しかしその瞬間、ハイジは突発的な怒りに似た殺気を放った。
「(聞かなくても良いことを)」
ハイジは何かを企んだのだが「前方」に注目していた二人はそれに気づかない。
むしろ二人がハイジの殺気を「前方」の異変が発生源だと錯覚しなければ、彼の行動は墓穴であろう。
「なにあれ? すごく……大きい人がいる」
「巨人なんて聞いたことがないぞ。アレも新種のモンスターなのか?」
聖帝号の進路上に見えたのは体調三十メートル強の巨人だった。
毛はまばらで、股間を覆うように布が巻き付いているのだが今にもはだけそうである。
武器は持たない空手の巨人は何かを攻撃しているようだ。
クララは気になって視力を全開にすると、そこには大きな剣を構えた人間の姿があった。
「飛ばしてください。あの巨人に襲われている人がいます」
「ダメだ、よっちゃん。もう遅い!」
クララは助けようと思い指示を出したのだが、アクセルを強めようとしたパウロをハイジが止める。
もう遅いというのは文字通り。
ハイジが止めた次の瞬間には、眼前の彼は終わりを迎えていた。
硬く握りしめられた巨人の拳骨。
勢いよく振り回すそれがまともに直撃し、彼は一撃で四散した。
「二人は隠れて。僕はあの人を回収してくるっス」
パウロは聖帝号を岩陰に向けて進路を取り、飛び出していったハイジは殴られた男の方へ向かっていった。
蘇生魔法さえあれば死すら回復できるこの世界ならば助かるのかもしれない。
むしろ見ず知らずの人だが助かって欲しいと願う二人だが、ハイジの考えは異なっていた。
「(あれはおそらく巨人の薬。と言うことは、ロブスタくんあたりっスかね。そうなると、あのミンチにされたのは……)」
ハイジはこの巨人に覚えがあった。
セカンド・ユートピアにおいて巨大化することでキャラクター性能を一時的に向上させる消費型レアアイテム「巨人の薬」。
その薬効ではないかと睨んでいた。
ハイジは所有していたそれに別の薬を混ぜ合わせたモノを、とあるヤサトの住人にわたしていた。
混ぜものをする時点でこうなることを見越した上で。
「まだ生きているようっスね。ブルマンくん」
「あ……アッシュか?」
巨人に半殺しにされ、ハイジをアッシュとかつての名で呼ぶこの男はブルマン。
昨夜弟のロブスタと揉め事を起こしていた、ヤサトからの脱走者である。
二人は以前からのゲーム仲間でいわゆるネット上の知り合いだった。
「向こうにいる巨人はもしかしなくてもロブスタくんっスよね。何があったんスか?」
「俺たちは仲間と一緒にヤサトから脱出する最中だったんだが、アイツと少し揉めてな。最初は勝手にしろと突き放せばアイツも落ち着いてくれると思ったんだが、急に豹変したと思いきやあの様子だ。
夜のうちはアイツも目が不自由したのか逃げていられたが、朝になったら一方的なもんさ。一緒に逃げていた仲間も八人全員がアイツに喰われちまった。俺はまだ手足が千切れただけだから回復可能だろうが、このままじゃ喰われるのは時間の問題だな、ガハハ」
「ガハハじゃねぇっスよ」
「笑うしかないだろう。それよりも、お前の方こそどこに行っていたんだよ、アッシュ。メッセージを送っても返事がないから置いてきたハズなのに、まるで他の街からやってきたみたいじゃねえか。あんな立派な乗り物と運転手付きで、おまけにシスターの格好とまで来たものだ。お前の性格を考えたら、まさかヤサトの現状を救うための救世主気取りって訳でもないだろうに」
「そうっスね。僕は救世主なんてガラじゃない。だけど他の街から来たのはセーカイっスよ」
「よく逃げられたモノだな。だが無事逃げられたのに、仲間まで連れてヤサトに帰ってきた理由が解せねえぞ。もしかしてマジで俺たちを助けに来てくれたとか?
丁度いい。お前の回復魔法で手足が繋がるか試してくれよ」
「りょ。すぐ楽にしてやるっスよ」
「そういえばお前……どうしてあの化け物が弟だって?
そもそも弟がロブスタと名乗っていることなんて、俺は一度もお前に話したことなんか……」
「それは言わぬが華ってやつっスよ」
この後ロブスタはハイジの言葉通り、すぐに楽になった。
巨人に殴られた男が手遅れだと確認したハイジは赤い信号弾を打ち上げる。
事前に決めた意味は「こちらに構わずとにかく離れろ」。
つまり撤退の合図だ。
「クララ! 揺れるからしっかりつかまってくれ」
「でもハイジさんがまだ……」
「アイツはポケバイを持ち歩いている。一人でもついて来れるさ」
たしかに信号弾の先を注視してみると、クララの目にも彼が言う通りに小さなバイクに跨るハイジが見えた。
このポケバイは整備された舗装路でも最大時速五十キロ程度の速度なので巨人が相手では不安こそあるが、そこはハイジにも策があるようだ。
ハイジの存在に気づいて彼に向かって進む巨人に対し、ハイジは文字通り煙に巻く。
「水遁の術は初めてっスよね、ロブスタくーん」
正式名称は「水魔法レックスミスト」と言う、広範囲に水蒸気を発生させる魔法である。
元のゲームでも煙幕や炎系攻撃のダメージ軽減に使われる魔法ではあるが、ここはゲームの世界ではなくそれと似た異世界。
そのためハイジが最大出力で作った水蒸気は巨人の視界を完全に遮断した。
そして続けざまに放たれた次の信号弾は緑。
状況との組み合わせで言えば「目的地に進め」。つまりヤサトに行けと言う意味だ。
ハイジの指示に合わせてパウロはヤサトに舵を切り、巨人から逃げるために全速力で結界を目指す。
あと二十キロなので最大速度ならば十分もあれば到着するはずだ。
「煙幕のせいでこっちからも灰村の様子はわからないが……アイツを信じてヤサトで待っていよう」
クララも頷いてパウロに同意し、二人はヤサトの街を目指す。
二人はヤサトが悪徳に支配された異常な街だとは知らない。
知っていたら引き返していたであろう。




