脱走者
テントも焚き火も準備ができて、さて夕飯というタイミングなのだが三人は野外料理は素人同然。
あれだけ自信満々にキャンプを提案したパウロも料理は不得意なので、作れるモノといえば焚き火を使った炙り焼きくらいのものだ。
とりあえず出発時に持ってきたパンやソーセージ、マシュマロなどを串に刺して焚き火で炙るのだが、これだけでも案外美味しいので三人の頬は緩んだ。
そんな団らんのひとときと時を同じくしてヤサトの結界範囲から南に十キロほど離れた洞窟の中。
この場所にはヤサトの街から逃げ出した、十人ばかりが集まっていた。
彼らが何故このような場所に居るのかと言えば、逃げ遅れたから以外に理由はない。
まず強盗ビリーによるジェム強盗を発端にした治安の悪化が一般住民をヤサトから避難させるのに充分な理由なのは明白。
ヤスダのように早期に逃げた人間は教会のワープを使って遠くまで逃げられたのだが、それは悪意の持ち主による人払いの撒き餌。
悪意による支配が完了した今のヤサトではワープは使用不可能となっていた。
「グレイスは何者なんだ?」
彼ら極道者を含めたヤサトからの逃亡者は口を揃える。
ヤサトを牛耳る悪意の元締め……グレイスと名乗る男性には謎が多かったからだ。
グレイスは元々教会の神父。実際にGM魔法を操る姿に彼を偽物だと疑うヤサトの住民は皆無で、ビリーの事件が発生した当時は「僕が調べよう」と言っていたので疑う理由もない。
だが全ては彼の計画通り。強盗ビリーすら、彼によって操られた存在だった。
他の街とヤサトでの大きな違いはこの街にはグレイス以外の神父がいなかったことにある。
正確にはグレイス以外の神父は全て、人間としての意思を持たないAIだった。
これは神の手違いなのだろう。そしてこの状況を利用したグレイスは、ビリーの事件を発端として、三日でヤサトを完全な支配下に置いてしまった。
一昨日……暦の上では一月十五日を堺にグレイスはヤサトの街から姿を消しているのだが、彼の命令に従う極道者やAI神父が管理を引き継いでおり、逃げ出す隙があるだけマシという状況。
他の街に助けを求めようにも一日ではここまで逃げるのが彼らの限界だった。
「そろそろヤサトからの距離も離れるし、みんなもモンスターには気をつけろよ。戦えなくても見張りくらいは頑張ってもらわないとな、ガハハ」
彼ら脱走者のリーダー格、ブルマンはボンレスハムを丸かじりにしながら皆に語りかける。
このハムは彼らに残された最後の食料であり、この中で一番の実力者であるブルマンが英気を養うのは理にかなった行動だろう。
しかし彼らは皆飢えていた。
グレイスによって作られた悪徳の街において、まともな神経で隠れるだけの一般人には食事すら難しい。
水と魔法で飢えを誤魔化すのにも限度がある。
その限界はこの日の逃避行で間近に来ていた。
「もう限界だ。みんなにも食料を分けてくれよ」
「別に飯を喰わなくても死ぬことはないんだし、明日にはチヨダに到着するだろうから、ちょっとくらい苦しいのなんて我慢しろ。水を飲めるだけありがたいと思え」
「そう言われてもみんなは断食三日目だぞ」
「俺だって今日はこのハムしか食ってないんだ。全員で一口ずつ食おうがどうせ腹は満たせねえ。だったらモンスターに備えて俺だけが腹いっぱいになっておくほうが理にかなっているのはお前にもわかるだろう?」
「……そうかい。これ以上はアンタについていけないぜ、ブルマン。いいや……大毅」
「だったら勝手にここから出ていけ。目障りだから今すぐにな、弘毅」
ブルマンに意見を述べたのはロブスタという男性。
ブルマンとはよく似ているが、何を隠そうこの二人は実の兄弟である。
弟として兄から一歩引いた態度を取っていた彼は、兄の増上慢に堪忍袋の尾が切れていた。
元の二人は仲の良い兄弟だったのだが今は見る影もない。
それどころか弟は、兄に対して殺意すら覚えていた。
「(使わせてもらいますよアッシュさん)」
ロブスタは兄の知り合いだという、ヤサトの街に異変が起きた当初に出会った美女を思い浮かべながら、彼女にもらった薬を一気に煽った。
「そのくらいにしろ……あ、あ、あ───」
ブルマンを「兄貴」と呼び捨てようとしたロブスタは、みるみるうちに姿を変えてしまった。




