キャンプ
湖畔を安全運転で進む聖帝号が対岸にたどり着いたのは午後の五時。
そろそろ日が落ち始めて、西の空には真っ赤な夕焼けが見えていた。
データの古い地図と聖帝号に搭載されたナビシステムの航路を重ね合わせると、最寄りの街は十キロほど北に離れたオーワライという港町。
回り道をすれば街にたどり着くのだが、湖畔で野営するべきではないかとパウロは提案することとした。
「ん……急に止まってどうしたの?」
「二人に提案がある。今夜は最寄りの街に行くか、それともここでキャンプするかを決めてほしい」
「わ、わたしは……」
クララとしては街の教会に行けばマイルームで休めるのでそれが一番なのだが、わざわざ話を切り出すパウロの様子にどうしても遠慮してしまう。
幼馴染が欲しい答えを求めて相談しているときと全く一緒の態度なので、パウロがここでキャンプをしたいという意図なのは明白だったからだ。
なのでクララはあえてそれを尊重する。
キャンプはやったことがないが、これだけやりたい雰囲気を出している彼はキャンプに自身があるのだろう。
ならば彼に任せれば愉快な初キャンプになるのではないかと。
「キャンプがいいです。やったことがないですけど、丁度いい機会なので」
「ふむ……クララちゃんがいいのなら、僕もキャンプに賛成っスよ」
クララの回答が彼女の予想する通りに求めた結果だったからか、パウロはつい頬を緩ませた。
ここまでくれば流石にハイジもパウロの内心が読めたようで、からかいたくなる気持ちを抑えながらそれに合わせた。
「いいのか?」
「だって一番キャンプをしたいのはパウロさんでしょう?」
「そ、それは……」
「ここはクララちゃんに甘えちゃいなよ、よっちゃん。変に遠慮をすると嫌われちゃうゾ」
「お、おう」
「いいところを見せればクララちゃんもキュンっスよ。頑張れよっちゃん」
自分で言い出して、なおかつ意図を組んで賛同してくれたクララの前でもつい遠慮しかけるパウロ。
彼本来の気性が顔を出しかけたのをみたハイジは、そっと彼に耳打ちをした。
この耳打ちは打算や裏のない、佐藤善晴の友人灰村亮二としての心からのモノ。
今回の三人での遠征はヤサトに到着するまでのあと一日か二日の短い間であり、目的地につけば二人とはお別れだと知っている上で、彼は友人の恋路を応援していた。
何故ヤサトに到着したら終わりなのか。
その理由は今は伏せよう。
「では二人のお言葉に甘えて、今夜はここでキャンプにしよう。まずはテントの準備からだ」
キャンプすることが決まった事で、クララに良いところを見せようと張り切るパウロはテントを三つ「ふくろ」から取り出した。
このテントはクララが資金源にしている工芸品の一つなのでクララも使い方だけは知っていたが、ここはあえてパウロに任せて口は出さない。
男心を立てる術は幼馴染とのやり取りで馴れており、ある意味クララはパウロが思うよりもずっと大人と言うわけだ。
まあ初心者でも簡単に組み立てられるワンタッチテントなので、面倒なのは固定するための杭打ちと床にしくクッションの選択くらいだろう。
幸いこの湖の周囲はキメの細かい砂なので、長いペグと重りでしっかりと四隅を固定できればテント内のクッションにはさほどこだわる必要はなかった。
テントの他には焚き火を組むのがキャンプのお約束なので、魔法で薪に火を灯した。
この世界に来て魔法を使えるようになっていなければ火起こしに手間取ってパウロは恥をかいていたであろうが、そこは言わぬが華だろう。
「そろそろ夕飯にしよう」
「ようやく準備が出来たんスか。待ちくたびれたゾ」
一通りの準備が終わったところでパウロが声をかけると、テントの組立後は早々にこもって何かをしていたハイジは気だるそうに外に出てきた。
クララはと言うと、日が落ち始めて薄暗い中で何かを無言で工作していた。
薄暗くてもクララはタスクを使って作業をしているので手元は狂わない。
そんなクララの様子を何も知らないハイジが疑問に思うのは当然であろう。
「どうしちゃったの? クララちゃん」
「あれはランタンを作っているそうだ。焚き火だけでは薄暗いので、今のうちにって」
「へぇ。でもランタンだったらよっちゃんも持ってきていたっしょ。わざわざこの場で作らなくても、それを使えば良くないスか?」
「バカだな灰村。手作りのランタンを一晩の灯りにすることが風情なんだよ」
「そういうモノっスかね」
実際のところ、クララがこの場で新しいランタンを手作りすることには一切の合理的理由がない。
なぜなら作ろうとしているものと同じ光量に調整したランタンを持参しており、ハイジが感じたとおりクララの持つそれを使えば事足りるからだ。
だがキャンプを通して「クララに良いところを見せよう」としたパウロの意気込みと同様に、クララもまた「そんなパウロに合わせて、自分もなにかキャンプっぽいことをしたほうが楽しいだろう」と感じての行動である。
クララの本音を言えば、この場にいるのがパウロやハイジではなく幼馴染ならばなおハッピーなのだが、そうなると二人で別のことをしたいのでこの選択はない。
この場で手作りランタンを準備するのは相手がGMたちだからこその選択だった。
「出来ましたよ。早速つけましょうか」
余計な手間を楽しむ二人を見て「僕にはちょっと理解できない」と、心の中でつぶやくハイジ。
そんなハイジが胸の中で吐いた唾を飲み込んだ頃、タスクが終わってランタンが完成したクララの意識が戻った。
クララが完成して早々にランタンを灯したことで、焚き火を中心にした周囲一体は部屋の中のように明るくなる。
「すごい明るさだな」
「これでもキャンプ用に光量は減らしていますよ。洞窟や真夜中の探索に使うタイプだと百メートルくらいはピカピカに明るくなりますからね」
「では、もし私が持ってきたこれを使っていたら……」
「辺り一面が昼間みたいになっていましたよ。そもそもこれって、ダンジョン全体を照らせる一番明るいやつだから、キャンプで使うのには明るすぎますよ」
「てっきり僕もよっちゃんと同じで、全部一緒だと思ってたっスよ」
「この辺の違いを調整できるのが、手作りランタンの利点なんです」
えへんと胸を張るクララ。
それを見て微笑むパウロとハイジなのだが、二人の胸の内は大きく異なっていた。




