河川
巨大な蛇型モンスターを撃退したクララたちは、ヤサトを目指して北上する。
今回の調査は道中の環境についての情報収集が目的なので、必然的に他の街は避けて通っていた。
まるでかつては道路があったと思いたくなるような平地を道なりに走る聖帝号の調子も順調で、出没するモンスターも既知の小型タイプばかりと放置しても問題ない相手ばかり。
そのため最初のような悪臭もなく、快適なトライクの旅を三人は進めていた。
時速二十キロほどで周囲を観察しながらなので、約四十キロほどを二時間程度をかけて走ったところで、三人の前には大きな川が立ちはだかる。
当然橋などかかっていないのだが、さてどうやって進もうか。
「参ったな。こんな川があるなんて聞いてないぞ」
「一番近いリュウガサキの教会がまとめたレポートだと、この辺りには大きな溝があったようっスね」
「それじゃあもしかして、その溝に上流から水が流れてきて川になったんでしょうか?」
「おそらく。こうなったら迂回するしかないっスね」
ちなみに近隣の街であるリュウガサキは川の対岸にあるので、教会のワープを使用するのならば現在地点から二十キロ離れたカシワまで行く必要がある。
ヤサトに向かうことよりも、その道中を調査するという遠征の目的を考えれば、川辺を走ってこの詳細を調べるべきところだろう。
「最悪渡れそうな場所がなくても、それはそれで有意義な調査だからな。さて二人とも、上流と下流でどちらが良い?」
「僕はどちらでもいいっスよ。折角だからクララちゃんが決めなよ」
「それでは……」
川沿いに進むにしろどちらに進むべきか。
自分が決めて良いと言われて悩むクララだったが、ふと幼馴染の顔が頭に浮かぶ。
「ゴールドが現実でも使えたら、この金で銀座の寿司屋にだって行けるのにな。アユはお寿司大好きだったから、奢ってやりたいのに」
「いいよ気にしなくたって。そんなのは大人になってからで」
「そう言いつつもこの前ハイト代が出たときなんか、奢りだからといっぱい食べたじゃねえか。全部このお腹についたんだろう? この、この」
「や、やめ───」
このやり取りは去年の秋頃の事なので、あれはこの世界に来る三か月ほど前か。
まだ彼とは再開できていないし、彼もこの世界に来ているのかすらクララにはわからない。
だが、もし彼も別の街に居るのならば……もしかしたら、わたしが好きなお寿司のために、海に魚を取りに行ったりはしないかな。
クララはふとそんなことを考えた。
そして目の前には大きな川。
この川の到達点を辿れば、もしかしたら海があるのかもしれないと思うと、クララはその場所に行ってみたくなった。
海魚が取れれば料理上手な人にお寿司を握ってもらえやしないか。
畑で取れる食材では味わえない口福に、クララは思い浮かべるだけでよだれが出そうなのだが、そこは機械人形のスキルで表情を偽装してカバーし、二人に答えた。
「下流にしましょう。海に繋がっているかもしれませんし」
「いいっスね。海があったら海水浴もしたいし」
「オイオイ灰村。海にだってモンスターがいるだろうから、気を抜くんじゃないぞ」
「りょ。ところでクララちゃん……さっき一瞬、お寿司がどうのこうのと呟いてなかった?」
「き、気のせいですよ」
「いいじゃないっスか。お寿司が好きだからって、恥ずかしいことじゃないし」
「それ以上は良くないぞ灰村。クララをイジメるんじゃない」
「イジメじゃないっスよ。単なる女子トークってやつだし」
「灰村……前からネカマをやってたのは知ってたが、とうとうマジでオカマになったのか? お前は」
「そう言うよっちゃんだって、こっちに来てからは人が変わったように元気ハツラツになっちゃって、人が変わったみたいっスよ。僕の知ってた佐藤善晴くんは、もっとこう……根暗な男だったのに」
「悪いか。こんな機会だからこそ、自分を変えたいと思って」
「いんや。でも僕のこれだってよっちゃんと同じってだけっスよ」
クララは隠したつもりだったわけだが、どうも隠しきれなかったお寿司への欲望を見抜いて茶化すハイジと、それを咎めるパウロ。
口論は次第に二人のプライベートに関わる話に脱線していき、そんな二人の都合など知らないクララは置いていかれた気分である。
二人の口論に挟まれたことで、なんとなく居心地が悪くなったクララは、思い切って会話に切り込んでみることにした。
今のところ仲の良い他プレイヤーがいない彼女にとって、この二人のGMとは仲良くするべきだろうという打算も含めて。
「あの……お二人ともGMってことは、S社の社員さんだったんですよね? その頃からの付き合いなんですか」
「ん……ああ、そうだとも。私はプログラマーとしてバリバリ働いていたが、灰村はサボってばかりだったな」
「僕は仕事が早いから、よっちゃんみたいにパソコンとにらめっこしているだけじゃなかっただけですよ」
「嘘をつけ。私が肩代わりしたバグ取りがどんだけあったか」
「チッチッチッ! そういう仕事はよっちゃんの得意分野だったから優先して押し付けてただけで、僕は他のことをやってただけっスよ。
だいたい、よっちゃんは口数も少ないヒッキーだったから、客先対応だのクレーム対応だのはからきしなんスから」
「そ、それは……」
「なんで、僕もよっちゃんも、自分の得意分野で協力しながらこのゲーム……セカンド・ユートピアを回していたんスよ。
ちなみに僕らのチームで一番偉いのが丸山部長。フナバシの教会にはマルメガネっていう一番年上の神父がいるでしょ? あの人が僕らのカシラだね」
「へぇ」
マルメガネからは偉そうな雰囲気を感じていたクララだが、実際に偉い人だったと聞いて彼女はトンと両手をついた。
その仕草がパウロのツボに入ったようで彼は赤面し、そんな彼の表情ににやけたハイジはパウロへのイジリを止めた。
パウロとしてもこのまま口論を続けていくうちに、元の世界での根暗な自分を掘り起こされたら恥ずかしいので、口喧嘩はここでストップ。
お互いに軽く「元の世界での二人の関係」をクララに説明すると、下流に向けてトライクの舵を切った。
曰く、元の世界でのパウロは人付き合いの少ない腕利きプログラマー。
そしてハイジは体外折衝も内勤もこなす便利屋だったそうだ。
二人はなんだかんだ仲が良かったようで、パウロはハイジが「アッシュ」という女性のアカウントでセカンド・ユートピアをプレイしていたことを知っていた。
今のハイジの外見もその「アッシュ」がベースになっているようで、本人が言うに胸がまな板で性器が男のモノだという点を除けば「アッシュ」と全く一緒の外見なんだとか。
この世界に転移してゲームキャラ化した人間は、性別だけはアカウントのキャラクター設定ではなく本人のモノが適用される。
ハイジもその例に漏れていないようだ。
この話を聞いたクララは「もし幼馴染が女のキャラクターを使っていたら、どんな感じの男の娘になったのかな?」と想像し不意に笑顔が溢れる。
その頬の色がパウロの頬にも伝播したのは言うまでもない。




