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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第三章 『ライトノベルなんて・・・』
28/29

決着

「これでゲームーオーバーだ」


 次の瞬間、高らかにほとばしる哄笑。


 まるで自らのキャラを忘れてしまったかのように、魔王ニコはその華奢な身体までも捩らせながら、声をあげて笑う。


「アハハハハハハハ―――― これだ! 我はこれが見たかった! 姫を救いにきた勇者が、その願いをかなえることなく、惨めに這いつくばる姿がな! 惜しかったなあ! 残念だったなあ! クククク……アハハハハハははあハハははははハハ――――!」


 爆発の余韻が収まった中、狂ったように笑う魔王の声だけが響き渡る。


 もう必要が無いとばかりに荒れ狂っていた暴風も消え去り、俺は地面に手をつくとゆっくりと立ち上がった。


 全身が痛い。足元がふらつく。周囲の音の全てがひどく遠くに聞こえる。

 それでも俺は力の限りを振り絞って立ち上がると、

 目の前で笑い続けている魔王へ向かって、拳を振り上げた。


 無感情の仮面を脱ぎ捨てた魔王が、まるでこちらを嘲るように醜く笑う。


「ふはっ! まさか、仇でも打つつもりか? この魔王の力はお前が一番よく理解しているはずなんだよなあ? それなのにこの私相手に戦いでも挑もうと!?」

再び上がる哄笑。振り上げた拳。


 俺はその拳を振り下ろすと―――



 手を開いて、魔王の細腕を()()()()()()()()()



「ハハハハ――――は?」


 魔王の笑い声が、止まる。


「お前、なにを――」


「とうとう辿り着いたぞ」


 俺は握った腕を決して離さないように力をこめると、残った方の手で器用にリュックを開き、そして戸惑いの表情を浮かべる魔王へ向けて、



 中から取り出した――()()――を突き付けた。



「読んでくれないか?」


 一瞬の静寂、状況が理解出来ないとばかりに眉間に皺を刻む魔王。


「……なぜ私に?」


 困惑を隠せないでいる漆黒の少女に向けて、俺は言い放った。


「そりゃ―――お前の読ませるために書いたからに決まってんだろ? 阿保か」


 綺麗な形の眉が吊り上がり、眉間の皺が一層深くなる。


「っ――! この魔王に対して、その無礼な態度、許すことは――」


「ああ、そういうのもういいから」


「なっ――!」


 俺は手にした紙の束を、漆黒のレオタードの胸元にトンと突き当てる。



「読んでくれ。 ……ニコ」



 その瞬間、魔王の顔に張り付いていた不遜な表情が――


 するりと解けた。


「なぜ―――いや、なんで? ()()()()()()()()いたんです?」


 目の前の魔王が浮かべる表情、それは見間違えようのない……ニコの表情だ。


「最初から気付いていた……と言いたいところだが、ずっと確信は無かった」


 俺は頬や腕から流れる血を拭いながら、淡々と告げる。


「お前はこの世界を再現しようとしていた。世界の風景も、発する台詞やその時のポーズ、この城の構造なんかも。完璧主義者なお前のことだから、きっと自分で覚えている部分は可能な限り再現したんだろう。そして、当然、お前も知っているだろうが――」


 ニコをまっすぐに見据え、告げる。


「この物語のラストでは、助けた姫は実は偽物だった、というオチになっている」


 その瞬間、ニコは全てを悟ったように、小さく吐息を漏らした。


「本当の姫は別のところに幽閉されていて。それが次回作への伏線となるはずだった。……結局、次回作なんて書かなかったけどな」


 自嘲気味に発した言葉を、黙って聞いているニコ。


「だから、お前の姿をした姫を見た時は、すぐに偽物なんじゃないかとピンときたんだよ。それでも確信が持てない以上……二人共連れて帰ろうとは思ってたんだ」


 それなら、なぜ……そう瞳で問いかけてくるニコへ、ニヤリと笑って返す。


「でもな、お前が姫のニコをあっさり吹き飛ばした瞬間にハッキリと確信したよ。この世界もキャラクターも、原作を再現するためにお前が作り出したものだ。だったら原作とかけ離れた行動を取るはずが無い。キャラクターが好き勝手に動いていたら物語の再現なんて出来ないからな。唯一、それが出来るのは――この世界を作り出した本人だけだ」


 そして最後に、苦笑しながら、


「……それに、少し考えればわかることだったんだよ。お前が、大好きなラノベの世界で、ずっと捕われたままの姫なんてつまらない配役を選ぶわけがない。もっと好き放題が出来る役を選ぶに決まってる。それこそ――」


 付け加える。


「絶大な力を持ってる、魔王とかな」


 ぽかんと口を開けたあと、呆れかえったように肩をすとんと落とすニコ。


「そうですか。……はあ、せんぱいって鈍感なくせに妙なところで鋭くって……本当にラノベ主人公みたいですね」


「あ? 馬鹿にしてんのか?」


「褒めてるんですよ」


 肩を竦めるニコ。


「……でも、帰りませんよ。私は」


 正体がバレたとて、それとこれとは別問題なのだと、ニコは被りを振る。


「先輩も分かっていたと思うんですけど、姫役のニコも完全に偽物ってわけじゃないんですよ? 私と同じ意識を共有している分身みたいなものです。だから、せんぱいが言ってくれた言葉の数々は本当に嬉しかったです。とってもとっても嬉しかった。……でも、もう現実には帰れません」


「……やっぱりクラスでのことが原因か?」


「そのことはそれほど気にしてはいないんです。ただちょっとでも分かって欲しかっただけで。学校に行かなくなったのも、単純にそこに行く意義を見出せなかったってだけです。面白いラノベを書くだけなら、家でも出来ますからね」


「それなら、なんで突然学校に来たんだよ?」


「……クラスメイトがですね、一学期末に成績表とかお知らせの紙とかを色々と持って来てくれたんです。溜まりに溜まった書類をまとめて処理しに来たって感じでしたけど……その中に、文芸部の部誌があったんです」


「部誌って……俺達が一学期末に発行したやつか?」


「そうです。なんとなく興味本位で読んでみて、驚きましたよ。だって、ずっと憧れていた人の文章がそこに載っていたんですから」


 当時の想いを振り返るように、ニコが表情を綻ばせる。


「わたしにはすぐに分かりました。作風はずいぶんと変わっていましたが、文章のくせや表現の仕方は何も変わっていなくて。まさか小さい頃に自分が呼んだネット小説の作者が、同じ学校の先輩だったなんて……やっぱり運命だったんだって、興奮しました。そして会いに行こうと決心したんです」


「それで二学期から文芸部に?」


「はい。文芸部所属という情報しか無かったですからね。部室に行って、教室に行って……想像してたような人とはちょっと違ったけど、それでも素敵な先輩だなって思って。この人と一緒に居れば、自分もいつか素敵な物語が書けるんじゃないかって――」


「だから俺と一緒に取材を―――」


 小さく首を縦に振る。しかし、その次にその表情に浮かんだのは、


「……でも、全部無駄でしたけどね」


 姫役のニコが見せたものと同じ……諦観。


「やっぱり思っているような小説が書けなくて。なんでだろうって、なにが足りないんだろうって、悩んで。悩み続けて。やがて自分に才能が無いんだって思い知って――」


 乾いた笑いとともに告げられる言葉に、俺はただじっと耳を傾ける。


「私は一度死んでいたはずなんです。今、生きているのはせんぱいの小説に出会ったおかげ。あの作品みたいな小説を書こうと決めたからなんです。それが出来ないのなら……もうあの世界にいる意味は無いんですよ」


 俯いてそう告げるニコに、俺は無言のまま一歩近づいた。


 そうして、もう一度突き付ける。ここまで来る間にすでにヨレヨレとなってしまった、さしたる厚みも無い、安物のプリント用紙の束を。



「読んでくれよ」



 差し出された表紙。そこに書かれているタイトル「未定」の文字。それを目にしたニコが困惑する

ように瞳を瞬かせる。


「これ……せんぱいが書いていたミステリー小説とは違うんですか?」


 俺は頷き、表紙を見せつけるように示し、そうして―――告げた。


「無知で周りの見えないガキだった頃の俺じゃない、今の俺が全力で書いた――」




「ライトノベルだ」




 ニコの瞳が驚愕に見開かれる。


 そのまま震える手で紙の束を受け取ると――


 ゆっくりと時間をかけ、表紙をめくった。


 それほどのページ数があるわけではない。時間も無かったしな。だから読み進めるのにそれほど時間はかからないはずだ。


 静寂に包まれる謁見の間で、ペラリペラリと紙面をめくる音だけが響き――、


 やがて、小刻みに震え出すニコの両肩。


 その震えは徐々に大きくなっていき、


 やがてプルプルと、


 紙の握っている部分をぐしゃっと握り潰し、


 そして顔を勢いよく跳ね上げて、


 叫ぶ。



「なんっですか、これはあああああああああああああ!」



 ニコの向けてくる形相からすっと視線を逸らし、明後日の方向を向く俺。


 ……えっと、まあ、そうなるよな。


「これなんなんですか!?」


 怒髪天を突く、とばかりに顔を真っ赤に染め、声を荒げるレオタード姿の少女。


「なんで、異世界転生から始まったと思ったら、すぐに『やっぱり止めた』とか言って元の世界に帰ってくるんですか? しかもその後は一切その件に触れないという完全なる投げっぱなしジャーマン!」


「なんで、せっかく登場した正統派美少女が、すぐに男性化してヒロインの座から離脱しちゃうんですか!」


「唐突に始まる、なんの脈略も無ければ必要性も無いラッキースケベ展開に、斬新さの欠片もないラブコメシチュエーション!」


「極めつけはこれ! なんで後半から突然ファンタジー冒険ものになって悪の黒幕と戦闘を繰り広げるんですか! 学園コメディはどこに行ったんですか? 読者を置き去りにするにも程があります! 馬鹿にしてるんですかああああああ!」



 紙面をいまにも引き裂かんとばかりに握り締め、わなわなと震え続ける。頭の上から蒸気でも吹き出しそうな勢いだ。


「滅茶苦茶です! ハチャメチャです! 行き当たりばったりな展開に強引過ぎる場面転換。なんなんですかこれ! ほんとなんなんですかああああああああああああ!」


 ……あーあ、こりゃ相当頭にきてるなあ。まあ、予想はしてたケド。


「だいたいこれじゃ……まるで私たちの―――!」


 その言葉に、俺は頷く。


 ああ、その通り。


 これは……この作品は。



 ――俺とニコが、これまで取材してきた内容を繋ぎ合わせた物語だ。



 滅茶苦茶で当たり前。だって俺達は滅茶苦茶なことばかりしてきたんだから。

 人格崩壊気味な登場キャラクター達が好き勝手に動き回るだけの収拾不可能なストーリー。


 怒るのも無理は無い。数々のライトノベルを読んで来たニコだからこそ、許せないであろう作品だ。


 予想以上の反応に笑いが漏れそうになるのを堪えながら、ニコをまっすぐに見据える。


「さっきお前、俺とした取材が無駄だったって言ったよな」


「それがどうしたっていうんですか!?」


「でもな、その小説はあの取材をしたからこそ書けたんだよ。お前との滅茶苦茶な取材があったからこそ書けたんだ。俺一人の拙い想像力じゃこんな小説は絶対に書けない」


「だからそれが―――」


「あの取材は無駄なんかじゃない。だってこれは―――」




「俺とお前の二人で作り上げた小説なんだから」




「っ…………!」


 ニコが息を飲むのが分かった。


「……で、でも! こんな問題だらけの作品じゃ――」


 続く言葉を、俺は手のひらを突き付けて遮る。


「まだ、一番大切な感想を聞いてなかったな」


「え?」


 そして問いかける。


「この小説、つまらなかったか?」


 だけどきっと、これは聞くまでもないであろう質問だ。


 何故なら。


 ニコは右手を目元にもっていくと―――ごし、とこすった。


 読み始めてからずっと流れ続けている涙を。


「いいえ―――」


 そして、笑う。



「……面白い、です」



「だろ?」



 俺達は互いに笑い合う。


 それは、ニコニコ――ではなかったけれど、それでも最高に眩しい笑顔ではあって。


 やっぱりこいつは、こうやって笑っているぐらいがちょうどいい。



 ――それから、ひとしきり笑って、小説の内容にアレコレ文句を言い合い、やがてニコの涙もおさまって。交わす言葉に混じるのは懐かしさすら感じる能天気な笑い声。


「――だいたいお前もさ、迎えに来て欲しいなら最初からそう言えってんだよ」


「は? だから迎えに来て欲しいなんて言ってないですよね?」


「ほう、なら聞きますけどお? なんでわざわざこの世界への入り口を部室に作ったんですかあ? なんで他の魔物を登場させて邪魔しなかったんですかあ? お前が本気で消えようとすればいくらでも方法はあったんじゃないんですかねえ?」


「うぐっ」


「……ほんと面倒くさい奴」


「~~~~~っ!」


 ボソリと呟いた言葉に、図星をつかれたのか顔を真っ赤にしながら俯くロリっ子。


「……いじわる」


 と、涙目になりながら誤魔化すように紙面をなぞる少女の姿を、吹き出しそうになるのを堪えながら見つめる。


「……あれ? せんぱい、これって最後は?」


「ああ、これ実は未完成なんだよ」


「なんですか! すっごく良い所で終わってるじゃないですか!」


「仕方ねえだろ! お前がもう時間が無いとか急かすから!」


「それでも! プロの作家を目指すんだったら、締め切りぐらいは守りましょうよ!」


「直近に提示された締め切りなんて守れるかよ!」


 俺が歯を剥き出しながら声を上げると。ニコも負けるもんかと睨み返してくる。


「……それに、まだ未完のままでもいいかって、思ったんだよ」


「はい?」


「この物語の最後は……お前と一緒に作ろうってな」


「……せんぱい……」


 感極まったかのように大きな瞳を潤ませ、頬を染めるニコ。


 我ながらちょっとクサかったかなと、頬をポリポリ掻いていると、



 ――コツン、と後頭部に固いものが当たった。



 同時に感じる凄まじいほどの殺気。


 まさか凶悪な魔物でも残っていたのか、と慌てて振り返った先に居たのは。


 むしろ凶悪さで言うなら魔物の方がまだマシだったのでは、と思わずにはいられないほどの形相を浮かべた―――我が幼馴染だった。


 瞳をこれでもかと吊り上げた由香子が、何故か手元に持っている拳銃を俺へと突き付けている。


「いいかげん帰りたいんですけど!?」


「お、お前、いつから?」


「ずいぶん前からいましたけどお!? ええ、ええ、そうでしょうねえ。祐介ってば、天津さんのことばっかりで、外野のことなんかこれっぽっちも視界に入ってなかったもんねええええ――!」


 ゴリゴリと銃口で俺の額を押しながら、完全に座った瞳で頬をピクピクと引き攣らせている由香子。えっと……なにこれ、本気で怖いんですけど。


「まあまあ由香子先輩、今日ぐらいはいいじゃないっすかー」


「ニコちゃん、良かったよおおおおお!」


 怒り、宥め、涙を流す、それぞれが思い思いの感情を発露させながら好き勝手に声をあげる。ある意味で実に俺達っぽい―――なんともまとまりの無い光景。


 そんな光景を見回してから、


 ニコの胸元にあるライトノベルを見つめ、


 二人、クスリと笑う。 



「――じゃあ帰るか」


「はいっ!」


 

 崩れた壁面から覗く空は、いつのまにやら、どこまでも澄み渡った青空へと変わっていた。



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