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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第三章 『ライトノベルなんて・・・』
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ニコのもとへ


 誰の気配も無い薄暗い廊下を、息を切らせながら全力で走る。


 流れる汗のせいで制服のシャツは既にじっとりと湿り、脇腹が鈍く痛み始める。


 それでも全力で走り続けていると、遥か後方から聞こえてきた――ズシンッ――という巨大な何かが倒れるような音と、ひときわ大きな振動。


 ――由香子達は無事だろうか。


 すぐにでも引き返して確認したい衝動に駆られるが、それでは由香子達の気持ちを踏み躙ることにもなってしまう。

 俺はぐっと唇を噛んで耐えながら、必死に謁見の間を目指した。


 やがて見えてくる開かれたままの鋼鉄製の扉。俺は陸上選手がゴールラインを超えるかのように一気に扉を抜け、その先にある巨大な鳥籠を睨みつける。


「――せんぱい!」


 先程と変わらぬ姿で、ニコが不安そうにこちらを見つめていた。周囲に誰もいないことを確かめてから急いで駆け寄る。


 だが、手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいてから……俺はその足を止めた。


「……せんぱい?」


「なあ……ひとつだけ教えてくれないか……」


 今は少しでも時間が欲しい状況だ、こんな問答をしている場合じゃない。それは分かっている。だけど、それでも。どうしても確認しなくちゃいけないことが残っている。


「お前のクラスメイト……お前と口論になったっていう女生徒達は、お前に酷いことをされたって言っているらしいな。……それは本当なのか?」


 ニコの瞳が僅かに揺れ、そして絞り出すかのように答えが零れた。


「……そうです」


 だが次の瞬間には、顔を上げて一気にまくし立てる。


「でも、違うんです! 私はただ……あの人達に分かって欲しくて。ライトノベルの良さを、面白さを、知って欲しくて。だから――」

「――だから、強引に取材に連れ出したんだな?」


 歪んだ表情に滲むのは後悔の念。ニコはそのまま、コクリと頷いた。


 つまりは、俺がされていたことと同じだ。その際に彼女達がどんな酷い目にあったのかは分からないが、およそ常人の理解を超えた内容であろうことは想像に難くない。


 何の説明もなしに目隠しをされたまま連れ去られ、次の瞬間には高層ビルの最上階からバンジージャンプでもさせられるようなもの。自分の身に起きていることなんて理解出来るはずも無いし、そんなことをさせるニコに対して恐怖心を抱いても無理はない。


 それになんとなく分かってきたのだが……ニコのこの力は万能なわけでもなく、あくまでライトノベルに関連した事象を引き起こす、というものなのだろう。クラスでの立場を自分で解決出来ていないことが、それを表している。


 しかし、そんなことライトノベルに精通している人間でなければ解るはずも無い。

 例えニコが説明しようとも、その口から出てくる単語の半分も理解出来ないのではないか。


 俺は盛大に溜息を吐いた。


(……まあ、そんなことだろうとは思ってたけどな)


 きっとニコは悪意なんて少しも無く。むしろ良かれと思ってやったことなのだろう。

 

 仲直りをしたくて。


 自分の好きなものを分かって欲しくて。


 ただ、そのやり方が強引過ぎただけなのだ。


「お前は本当に……………………馬鹿だなあ」


「な、なんですか! これでも必死に考えて――」


「分かった分かった。お前のやり方は問題だらけだが……でもまあ良かった。これでお前を助けるのに躊躇する理由も無くなった」


 俺はそう言いながら、一歩、足を前に踏み出す―――と、その刹那、聞こえて来たのは。


「――まるで、これで助けられるとでも言いたげだな」


 ゾクリと粟立つ背中。どうして……いや、いつからそこに居たのか。


 見上げた先に浮かんでいたのは、漆黒のマントをフワリとたなびかせる魔王ニコ。


「――お前、どうして…………まさか――!」


 コイツが今ここに居るということの意味……まさか由香子達は―――


 脳裏を過る最悪な結末に、全身の血が凍り付いたかのような錯覚を覚える。


 魔王ニコは鳥籠の真横へと静かに降り立つと、俺の顔を一瞥し、それまで無表情であったはずのその口元にうっすらと微笑を浮かべた。


「フッ……存外に面白かったぞ。まさか何の力も持たぬただの人間風情が、あのゴーレムを倒すとはな」


 その言葉を聞いた瞬間、今度こそ全身の力が抜け落ちていくような気がした。


 ……はは、アイツらマジでやってくれたのかよ。かっこ良すぎんだろ。


 思わず安堵の息を漏らす俺に、魔王は変わらぬ笑みを向けてくる。


「はて……お前はいったい何に安心しているのだ?」


 自ら作りあげた最強のガーディアンたるゴーレムが倒されたというのに、魔王ニコの表情には焦りや悔しさなどは一片たりとも浮かんではいない。

 ……まあ、それも当然といえば当然なわけで。魔王ニコは俺の思考を読んだかのように、ただ淡々と、無慈悲な現実を突きつけてくる。


「状況はなにひとつ変わってはいない。私がここに居る限り、誰ひとりとして姫には近づくことは叶わんのだからな」


 悔しいが、コイツの言う通りだ。由香子達も、ゴーレムは退けても魔王の足止めまでは出来なかったということだろう。


 コイツがここに戻ってきてしまった時点で状況は元通り。結局何も好転などしていない。


「それとも、まさかとは思うが……この魔王までを倒せるなどと思ってはおるまいな?」


「さすがにそこまで己惚れてはいないさ。お前の実力は他の誰よりも知っている」


「ならば、仲間達を連れてさっさと立ち去るが良い。我がゴーレムを倒した褒美として、今回は命までは取らないでおいてやる」


「……そうだな、お言葉に甘えて、今回は帰るとするか」


 嘆息混じりに答える俺に、満足そうに頷く魔王。


 しかし言葉とは裏腹に俺はリュックの肩紐部分を強く握り締めると、


 大きく振り上げた足を一歩――


 さらに前へと踏み出した。



「ただし、ニコと一緒に、だけどな」



 瞬間、魔王から発せられる圧力が一気に膨れ上がった。


「……調子に……のるなよ」


 纏う雰囲気を一変させた魔王。その顔からすでに微笑は消え失せていて、冷たく細められた双眸から発せられる紛れもない殺意は、それだけで俺の身体を切り刻まんとするほどに鋭利だ。

やがて、その圧力は本当に物理的な力すらを帯び始め、俺の身体を吹き飛ばそうとする。


「ぐうっ!」


「せんぱい!?」


 しっかりと踏ん張っていないと、一瞬で吹き飛ばされてしまいそうなほどの威圧感。


 事実、それは不可視の衝撃波をぶつけられているのと同じで。まるで巨大ハリケーンの暴風圏内を歩かされているような感覚に、瞳すらも満足に開けていられない。


 ただ、それでも俺は。


 一歩……また一歩と、前へ進んでいく。


「無駄だ」


「っ――――!」


 錫杖を振った魔王からの圧力が増し、周囲の床の脆くなったタイルが剥がれ宙を舞う。


 踏ん張った身体ごと後方へ吹き飛ばされた俺は、その勢いのまま二転、三転と床の上を転がり、うつぶせの姿勢のまま無様に這いつくばった。


「っつ……いってえ、な……」


 口の中が切れているらしく、僅かな言葉を発するだけで口内に鉄の味が充満する。際限なく強まっていく圧力は、この空間の大気までを巻き込み、視認出来るほどの強烈な風が巻き起こる。


 立ち上がった瞬間に為す術くも無く吹き飛ばされてしまうであろう暴風。


 それならば―――


 ずるり、と。俯せのまま前へと這い進んだ。


「……せん、ぱ……い……」


 荒れ狂う風の只中にいるのに、なぜかニコの震える声が聞こえる。


 俺は冷たい床面に腹ばいになりながら、ずるり、ずるりと、前へ進む。まっすぐ向けた視線の先に、白と黒、二人のニコを見据えながら。


「……なぜ、そこまで……」


 魔王の呟きに初めて動揺するような声色が生まれる。


 俺はたったそれだけのことに微かな満足感を覚え、無様な匍匐前進を続ける。


 ずるり、ずるり、と―――例え恰好が悪くても。みっともなくても。


 もう少し……もう少し、なんだ……。


「こ、この――!」


 更に強く荒れ狂った風が視界を覆う。


「……へっ、魔王様とあろうお方が……余裕が、ないぜ」


「黙れぇ!」


 周囲の床が次々と剥がれ、その欠片が無数の礫となって襲い掛かってくる。身体中に走る鋭い痛み。


 頬が切れ、シャツの袖が、背中が切り裂かれ、その下からうっすらと血が流れるのが分かる。


「せんぱい! もうやめてくださいっ!」


「うるせえ! お前は黙ってろ!」


「だ、だって、このままじゃせんぱいが―――!」


 俺は鳥籠の中のニコを見据えながら、口端を吊り上げる。


「さっき言ったよな。もう振り回されるのはやめたって、これからは違うってな……だからこれは……俺がやりたくてやってんだよ」


 ニコの表情が痛々し気に歪む。


「これはチャンスでもあるんだよ。……あの時の後悔を、無力感を……もう一度清算する機会が貰えたんだ。……今度こそ、ちゃんと助けて見せるんだ」


 そうだ。昔も今も、「誰か」を助けたいのだと願った。他人を助けられるぐらいの価値が、自分にあるのだと証明したかった。


 結局、俺は―――自らの小説に登場するような、ヒーローになりたかったんだ。


 それは、言い換えればただの自己満足なのだろう。善意のふりをした傲慢な自慰行為だ。


 そして、それを自覚してしまったからこそ、俺は強く自分を責め続けてきた。


 けれど、それでも確かに救えていたものがあったのだと知った。幼馴染が「助けたい」と思った気持ち自体は間違っていない、と言ってくれた。だから俺は――――


 ずりずりと床の上を這い進むだけの、少しも恰好良くなどないヒーロー。それでもいい。


 ニコ―――お前だけは絶対に、連れて帰るんだ。


 鳥籠がもう目の前まで迫っている。


 暴力的ともいえる風圧の中、必死に伸ばした手の先。


 鳥籠の格子の間から、伸びてくる細く白い腕。


 お互いの手が伸びていき――――そして。



 ―――その手が触れ合うことは、ついに無かった。



「……残念だったな。ここまでだ」


 伸ばされた二つの腕の間。割り込むように立ち塞がった魔王。


「そこをどいて! どいてよっ!」


 魔王の身体の向こう側、鳥籠の中からニコの怒声が響いてくる。


 そして、次の瞬間、魔王は感情の感じられない瞳をすっと細めた。くるりと振り返り、手にした錫杖をニコの眼前へと突き付ける。ぼんやりと光に包まれる錫杖の先端。


「…………え?」


 ニコの呆然とした呟き。―――まさか。


「やめろ――」


 俺がそう叫んだ瞬間、錫杖の先に目も眩むほどの光量が膨れ上がり、


 そして次の瞬間――弾けた。


 視界の全てが真っ白な光に覆われ、城全体を震わせるほどの轟音に鼓膜は麻痺したようになんの音も捉えはしない。俺はただ無様に床にしがみついていることしか出来ず。


 そして、光の奔流が収まったあと。そこには。



 ――なにも、残っていなかった。



 変わらず立ち続けている魔王の向こう側に広がるのは、大きく削りとられ地中までが露出してしまった石畳の床。そこに存在していたはずの一切が原型を留めておらず、崩れ落ちた城壁の向こうには血のように鮮烈な赤い空が覗いている。


 抉られた地面の周囲には、跡形も無く吹き飛ばされた鳥籠の残骸と思わしきものが僅かに散らばっているだけで。


 そこに純白のドレスを身につけていたニコの姿は―――ない。


 地面に這いつくばったままの俺を、いやらしく細めた瞳で見下ろし、魔王は言う。


「これでゲームーオーバーだ」


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