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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第三章 『ライトノベルなんて・・・』
21/29

書いた意味


 ――誰も言葉を発しなかった。


 今、由香子の口から聞いた話がうまく理解出来ない。まるで「なーんてね、冗談よ」と言葉が続くのを待っているかのように、由香子が語り終えた後も暫くの間沈黙は続く。


 俺の書いたライトノベル小説のことを、ニコが知っていた。


 それは俺にとって意外過ぎる事実で。

 由香子以外にも『忌むべき過去を知っている人物が存在していた』という現実に、上手く頭が働かない。


 風の音だけが穏やかに流れる中、やがてその沈黙を破ったのは早苗だった。


「自ら命を断とうとした?……なんですか、それ……」


 俯いているせいで表情は見えないが、その声は明らかに震えていて。


「ニコちゃんにそんなことがあったなんて……わたし知らなかった」


「しょうがないわよ。天津さんから話そうとしなければ、こんなこと分かるわけないもの」


「でも、だったら話して欲しかった! 友達だもの、教えて欲しかったです!」


「早苗ちゃん……」


 早苗にとっては、ニコが登校拒否をしていた、というだけでかなりのショックだったはずだ。そこに追い打ちをかけるように明らかになる過去。


 何ひとつ知らされていなかった、自分はニコにとってそれだけの存在でしかなかった……。

 顔を覆った指の隙間から小さな嗚咽が漏れ、風に溶けて消えていく。


「……でも、ニコちゃんはどこで部長の小説を読んだんすかね? 実は部長とニコちゃんって、幼い頃に将来を誓い合った運命の相手だった――とか?」


「そんなわけないだろ」


「っすよねえ。じゃあ、どうやって―――」


 その疑問に対しては思い当たる節があった。


「アイツはきっと、俺がネット上にアップしたものを読んだんだ」


「え? 祐介、あの小説をアップしてたの?」


「ああ。当時人気のあった小説投稿サイトにな。あの出来事があった後にすぐ削除したから、実質ネット上に公開されていたのは三日ぐらいだが」


「じゃあ、天津さんはその三日のうちに、たまたま祐介の小説を読んだってこと?」


「ああ、恐らく間違いないだろう」


「それは……本当に運命めいてるっすねえ」


 感心と呆れが半々で混ざったような蛍の声を聴きながら、俺は唇を噛む。


 あの時、ニコが涙を流した理由がようやく分かった。


『この作品を読んだ読者がどんな気持ちになるか分からないんですか?』


 あれは他の誰でもない、アイツ自身のことだったんだ。


 目の前で大切な作品を破り捨てられ、自身の生きる指針となっていたものを「くだらない」と全否定され。しかも、それをしたのは憧れであったはずの作者その人だ。


 アイツにとって、どれだけショックなことだったのだろう。


 そして、そんな傷心の女の子に向かって俺がかけた言葉が――



「俺の前から消えてくれ」



 ニコの流した涙が、別れ際の寂し気な笑顔が、記憶の底から浮かび上がってくる。


「……ははっ」


「祐介?」


「俺は本当に……なにをやってるんだよ……」


 過去に一人の女の子を傷つけた。その時、現実というものの厳しさを知った。自分の愚かさを学び、二度と繰り返すまいと誓ったはずだった。

 だけど―――


「変わってないどころじゃない! むしろ退化してるじゃねえか!」


 本当はなにひとつ学習などしてなくて。

 

 ただ逃げていただけで。


 結局、こうやってまた一人の女の子を傷つけてしまっている。


 悔しさと情けなさと自分でもよく分からないやるせなさが、綯い交ぜになりながら身体の奥底からこみ上げてきて、瞳の奥から溢れ出そうになる。


「やっぱりあんなもの書くんじゃなかった! あんなものを書いたからあの子を、ニコを傷つけた! 全部、俺のせいじゃねえか! やっぱり俺は―――ライトノベルなんか書いちゃいけなかったんだ!」


「祐介! それは――」


 瞳を鋭く細め、何かを発しようと口を開く由香子。しかし、それを遮ったのは。


「それは違いますっ!」


 たった今まで泣いていたはずの早苗だった。


 未だ涙の残る瞳にせいいっぱいの意志を宿しながら、俺の顔をまっすぐに見据える。


「だって……ニコちゃんを救ったのも、岩岡先輩なんですよ?」


「……え?」


 上げた顔の先、正面からゆっくりと歩み寄ってくる。


「ニコちゃんは言ったんですよね? 救われたって。岩岡先輩の書いた小説のおかげでニコちゃんは命を失わずに済んだんだって。それって……岩岡先輩がその小説を書いてくれたおかげで、私はニコちゃんと友達になれたってことですよね。だから―――」


 ありがとうございます―――そう言って早苗は頭を下げた。


 ……なんで? 


 なんで俺は今……お礼を言われているんだ?


 現在いま過去むかしも、近しい女の子を傷つけた。

 傷つけるつもりなんて無かったのに、結果的にそうなってしまった。

 だから、俺の書いたライトノベルなんて他人を傷つけるだけの無価値な存在なのだとそう思った。


 そう、思っていた。


 だけど、早苗は感謝を述べた。


 あの小説を書いてくれて "ありがとう" と言った。


 俺が書いたライトノベルが……ニコを助けた?


 そんなことたった今まで知らなかった。当時の俺が知るはずもなかった。


 それは俺が本当に望んでいた結果ではないのかもしれない。俺の知らない場所だけれど。知らない誰かだけれど。


 誰かを救いたくて書いたあの小説が……


 確かに誰かを救っていた。


 俺の書いた小説に―――


 ライトノベルに―――



「……意味はあった……のか……」



 思考の欠片がそのまま零れただけの、意味不明な呟き。


 それなのに、何故か目の前の三人はそれを肯定するかのように、ゆっくりと頷く。


 先程堪えたはずの涙が再び熱くこみ上げてくる。しかし、その意味合いはもはやまるっきり違っていて。必死に押し留めようとすればするほど、次から次へと押し寄せてきて。


 唇を噛んで堪えようとする己の意志とは裏腹に、すっと一筋―――こぼれ落ちた。



 ――その時だった。



 何の前触れも無く周囲が暗くなる。


 大きな雲の影にでも入ったのかと思ったが、そうではない。周囲の気温がぐっと下がり、吹きすさぶ風はいっそ肌寒いほど。気が付けば、たった今まで澄み渡っていたはずの空の蒼が、どこか不気味さすら感じさせるどす黒い赤へと転じていた。


「な、何が起きてるっすか?」


 穏やかな幻想世界の風景から一変して魔界とでも呼ぶべき陰惨な光景へ。明らかな異常事態に、蛍が珍しく動揺を表情に表す。


 この不可解な現象に―――俺はハッキリと覚えがあった。


 しかし、なんで今なんだ? 


 これが起きるのは物語の終盤のはずで、前触れもなく、こんな唐突に訪れるものでもなかったはずだ。しかし、間違いない。太陽が霞み、空の色が赤く染まるこの現象は、アレが出現する前兆。


 震える声で呟く。


「魔王が……降臨する……」


 瞬間、その呟きこそが呼び水にでもなったかのように――ギシッ――という軋むような音が響き、天空に亀裂が走った。


 まるでそこに不可視の壁でも存在するかのように空間が裂ける。

 それは耳障りな音を立てながら大きくなっていき、ついには空間そのものが耐えきれなくなったように内側から膨れあがり―――耳を塞ぎたくなるほどの破砕音とともに粉々に砕け散った。


 鏡のようにひび割れた空の只中、ぽっかりと空いた漆黒の穴。


 空間の狭間に封印されていた存在が、昏い闇の中からゆっくりとその姿を現す。


 俺が書いた通りの展開。物語終盤の見せ場のひとつ。

 世界を破滅へと導く魔王の復活。


 ただひとつ、


 俺の知っている内容と違っていたのは。


「え? あれって――」


 漆黒のコスチュームとマントを身に着けた魔王。


 その姿を俺達が見間違えるわけもなく。


 空中に悠々と浮かびながら、どこか機械的な無表情で俺達を見下している少女は。


「―――ニコちゃん!?」


 それは、天津ニコ、その人だった。



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