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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第三章 『ライトノベルなんて・・・』
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この世界は


 一面に広がる草原の中を一本の道がまっすぐに伸びていく。


 地面の起伏に沿ってアップダウンを繰り返しながら、続く先は遠く山々の裾野まで。周囲には陽の光を遮るような背の高い樹木なども存在せず、視界を埋める蒼と若草色のコントラストは鮮やか過ぎていっそ絵画的ですらある。


 そして、そんな風景の中を歩くのは。


 およそ馴染んでいるとは言えないであろう――制服姿の4人組。


 なんともシュールな光景である。


 最後尾を遅れ気味に歩く由香子は、周囲を伺うように警戒しながら告げてくる。


「ね、ねえ、ここ……校舎の中なのよね?」


「そうだな」


「えっと……私、上履きのままなんですけど……」


「そりゃあ、ついさっきまで廊下を歩いてたからな」


「……いや、あのね祐介?」


「なんだよ?」


 困ったように眉尻を下げ、ひきつった笑みを浮かべる由香子。


「私達……なんでこんなところを歩いてるのかなあ……なんて……」


 ……ハア。これで何度目だ? ここに来てから幾度となく繰り返された質問に、大きく溜息を吐きつつ足を止める。


「さっき説明しただろーが?」


「あ……あんな説明で分かるわけないでしょーがああああああああ!」


 呆れ混じりの言葉を受けて何らかの感情が上限突破でもしたのか、由香子は突如として声を荒げた。


「由香子先輩、ちょっとうるさいっすよ」


「蛍ちゃんはなんで平然としていられるのよ! どう考えてもおかしいでしょ? なんなのここ!? どうなってるの!? なんで屋内なのに空が見えるのよ! なんで風が吹いているのよ! この道どこまで続いてるのよおおお!」


「だから部長がさっき言ったじゃないっすか。ニコちゃんは不思議な力が使えるんだって。不思議な力が使えるなら、不思議なことが起きても不思議じゃないっすよね?」


「だよな? まったく成績は良いはずなのに、理解力だけは欠けてるんだから」


「え? 私がおかしいの? ねえ私がおかしいのお!?」


 涙目で喚く由香子を、早苗が「まあまあ」と宥めている。


 まあ、由香子の反応も分からなくはない。と言うか恐らくそれが正常なのだろう。


 扉を開けたらそこは見知らぬ土地でした―――なんて、いつから部室の扉はど〇でもドアになったのか。ニコと一緒に居たせいか、非常識な状況にもある程度の耐性が出来てしまっているようだ。うん、慣れって怖い。


 由香子とは対照的に何故か平然としている蛍は、暖かな日差しの中で気持ち良さそうに背伸びをしながら、その眠たげな瞳をこちらへと向けてきた。


「この場所のどこかにニコちゃんがいるってのはわかったっすけど……探す当てはあるんすか? ってか、今はどこに向かってるんすか?」


「ああ、とりあえずこの道を進むと小さな街があるはずなんだよ。とりあえずはそこで情報収集だな」


「へ? 部長はここに来たことがあるんすか?」


「いや、来たことがあるっつうか……なんというか……」


 歯切れの悪い言葉に蛍と早苗はきょとんと首を傾げ、何かに気付いた様子の由香子だけが眉を顰めてキョョロキョロと周囲を見回す。


「ね、ねえ祐介……ひょっとして、ここ……」


 どうやら由香子にも分かったらしい。俺は頷く。


 未だハテナマークを浮かべている二人にも、この事実を告げるべきだろうか――

 一瞬だけ逡巡してはみたものの、こんな場所まで連れてきていまさら隠し事をするのもフェアじゃないだろう。


 俺は大きく吸い込んだ息に精一杯の覚悟と勇気を乗せ、ハッキリと告げた。



「ここは恐らく………俺が書いたライトノベル小説の世界だ」



 驚愕に見開かれる蛍と早苗の瞳。


 自分達が創作物の世界にいるという非常識に驚いているのか。それとも、この俺がライトノベルを書いていたという事実に驚いているのか。もしくはその両方か。


 二人の表情から僅かに視線を逸らすと、その背後に見えるのは緩やかな山々の稜線。その上に広がる澄み切った蒼空には、重力を無視するかのように巨大な島々が浮かび、遥か彼方では塔のような建造物が陽炎のように揺らめいている。いつかの夢でも垣間見た、およそテンプレ過ぎるファンタジー世界の風景。


「やっぱり……」


 どこか居心地悪そうに表情を曇らせながら、由香子が呟いた。


 由香子はあの小説を読んだことがある。というか、あの作品を書き上げて真っ先に読ませたのが由香子だった。早く感想が聞きたくて、すぐ隣で急かしながら読んで貰った幼い頃の記憶。


 もう一度、ぐるりと周囲を見回してみる。


 実際に訪れるのは初めてなのに、どの景色にも見覚えがあり、どこか懐かしくさえある。当たり前だ、ここは俺が作った世界なのだから。


 自分の書いた作品の世界を体験する―――それは作家であれば誰もが一度は抱くであろう夢想、むしろ究極の夢と言っても良いかもしれない。俺だって、そんな妄想を抱いたことは少なからずある。

ある意味で、今の状況はその夢が叶ったのだとも言えるだろう。なのに。


 ……なんでよりにもよってこの世界なのか。


 いや、そもそもなんでニコはこの世界を作り上げたんだ?


 ニコにとってこの小説は、俺の部屋で偶然見つけただけの素人作品に過ぎないはずだ。しかもまだ読み途中だったはず。なんでわざわざそんな作品の世界を?


 抱く疑問はそれだけではない。この場所へ足を踏み入れてからずっと感じていた違和感。


 ……あまりにも、この世界の再現度が高すぎやしないだろうか。


 草原の先に広がる山々の形も、浮かぶ島々の造形も、俺の記憶にある物語の姿そのままで。遠く揺れる塔のような建造物にいたっては、細かな凹凸までもが完全に再現されている。あの塔は物語の後半になって、ようやく登場するものだったはずなんだが……


「……なあ由香子、ニコの奴はちゃんと最初から読んでいたんだよな?」


「え? そのはずだけど……どうして?」


 感じている違和感について説明すると、由香子は明らかに表情を硬くした。


「……由香子?」


「あ、あのね……祐介、実はその……」


「どうしたんだ、急にもじもじして……あ、トイレか? でも校舎まで戻るのも面倒くさいから……あ、ほら、そこに生えている背の高い草の影ででもテキトーに――」


「対応が雑過ぎない!? 女の子に向かってその発言はどうなのよ!? ていうか、トイレじゃないわよ! ……あのね、これは天津さんから直接聞いた話で、私が皆に話して良いかは分からないんだけど……」


 由香子はそう前置きした後、どこか言い難そうに眉間に皺を刻みながら、


 俺の部屋での一幕を静かに語り始めた―――


 

     ※  ※  ※



「え、それって――」


 私が目を見張る先で、天津さんはベッドの下から取り出した紙の束を、まるで剣を掲げる勇者のように天高く突き上げている。


 表紙に書かれているのは『眠れる聖剣カリバーン物語』という、語呂が良いんだか悪いんだかよく分からないタイトルと、


 作者―――『岩岡祐介』の文字。


 見覚えのある、どころではない。忘れることなんて出来ないタイトル。小学4年生の時に祐介が書き上げた作品であり、彼が変わってしまった、そのきっかけを作った作品。


「むふふー、ついに見つけましたあ!」


 その言い方が若干気になりつつも、私は動揺を隠しながら告げる。


「……それは駄目。もとに戻しなさい」


「え? なんでです?」


「なんでも! いいから戻して!」


 けれど天津さんは、紙の束を抱きしめるように胸元に抱え込んでしまう。ベッドの下で長年放置されていたのであろうそれは埃まみれであったけど、そのことを気にする様子も無く、大切なものを私から守るかのように遠ざけようとする。


「嫌です! ようやく見つけたんです!」


 見つけた―――またそれを口にした。

 まるで、祐介の書いたこの小説を探していたかのような口ぶり。


「天津さん? 貴方、その小説を知っているの?」


 天津さんは満面の笑みを浮かべると、コクリと頷いた。


「はい……この小説は、私の大好きな作品であり、同時に私が目指しているライトノベル作品でもあるんです」


 瞳を細め、愛おしそうに表紙を見つめる天津さん。

 その言葉と表情がさらに私の胸中をざわつかせる。


「それは祐介が小さい頃に書いた小説よ? なんで貴方がそれを知ってるの?」


 天津さんと祐介は以前から面識があったのだろうか? そんな話は聞いていないし、二人の接し方を見ている限りそんな印象は受けなかった。


 それに、これが……天津さんの目標とするライトノベル作品―――?


 こう言ってしまうと祐介に申し訳ないのだけれど……。この『眠れる聖剣カリバーン物語』―――特段面白い作品ではない、と思う。


 小学生が書いたものにしては凄いとは思うけれど、平凡な少年が意志をもつ聖剣『カリバーン』に勇者として選ばれ、たくさんの仲間とともに魔王を倒すというストーリーは、いかにも興味本位で小説を書き始めた素人にありがちで、良くも悪くも最後の大団円まで予想を裏切らない展開が続く。


 ストーリーもキャラクターも凡庸。

 一度読んだら、二度は読み返さないであろう作品。


「ラノベなんて腐るほど読んでいる貴方が、そこまで評価する作品かしら?」


 思わず口にしてしまった後に、失言だったかな、と臍を噛む。


 理由はさておき、天津さんが好きだという作品をけなしてしまったわけで。「そんなことありません! いいですか、この作品の良いところは――」なんて、そんな面倒くさそうな言葉が返ってくると予想したのだけれど。


 天津さんは愉快そうに瞳を細めると、表紙を慈しむように見つめた。


「確かにそれほど良く出来た作品ではないですね」


「それじゃあ、なんで?」


「それでも、伝わってくるんですよ」


「?」


「作者が楽しんで書いていることが。そして作品に込められた―――この作品を通して誰かを元気づけたい、そんな想いが―――」


 天津さんの言葉に、すっと息を飲む。

 まさしくその通りだったからだ。


 これを書いている時の祐介は本当に楽しそうで、周囲が見えなくなるぐらい夢中にもなっていて。そもそも祐介がこの小説を書き始めた理由だって―――


 この子は伊達に多くのライトノベルを読んでいる訳じゃないのかもしれない。その洞察力の高さに圧倒される。


「せんぱいが元気づけようとした相手が誰なのかは分からないですけど………その想いに、私は確かに救われたんです」


 天津さんは表紙から視線を剥がすと、眉尻を下げどこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


「私はですね……あまり詳しくは言えないんですが、両親を事故で亡くし、親戚の家に引き取られ……まあそこでそこそこ苦しんだんですよ。少なくとも……この現実に絶望し、自ら命を断とうと思うぐらいには」


 その軽い口調と、語られる内容にギャップがあり過ぎて、どう反応して良いか分からなくなる。


「そんな時、この作品に出会ったんです。出会いは本当に偶然で、だからこそ運命みたいに思えて……。この小説を書いた人はなんだかとって楽しそうじゃないですか。最初は、ちくしょう、私が苦しんでいるのになんでこいつは―――なんて逆恨みもしたんですけど、そのうちになんだか元気が出てきて、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきて」


 そうして、ニコリと笑った表情は、


「気付くと大声で笑って……泣いていました」


 本当に嬉しそうに輝いていて。


「それからなんです。私がライトノベルを読み始めたのは。最初はこの小説を読んだ時みたいな感動がまた味わいたくて。でも、そのうちに心からライトノベルの面白さに惹かれ始め、いつしか自分で最高のライトノベルを書きたいと思うようになったんです」


 手にした紙の束をもう一度胸元に抱きながら、


「せんぱいが書いたこの小説みたいに、人を救い上げられるような、そんな作品を……」



 ―――私も、書きたい。



 声にはならなかった最後の言葉が、私にははっきりと聞こえた気がした。


 天津さんが語ってくれた夢。初めて天津さんの本心に触れた、そんな気がした。


「じゃあ文芸部に入ったのも、その小説を書いたのが祐介だって知っていて?」


「……ふふ、さあどうでしょうね? でも、あれからすぐこの小説は読めなくなってしまって。もう一度読みたいと思って、ずうっと探していたんですよ。先輩の家にならあるんじゃないかと思ったんですけど……、えへへ、ようやく見つけることが出来ました!」


 いつも通りの能天気さを取り戻し、手にした紙の束をペラリとめくる。


「あはは! 出だしから『一本の聖剣が大きな岩に突き刺さっている』ですって。ありがち過ぎるでしょう! …………でも、懐かしいな」


 その時、天津さんの大きな瞳が、僅かに揺れたように思えた。


 天津さんがこの作品に焦がれる気持ち。それは私なんかでは想像もつかないほど大きいものなのかもしれない。


 でも。それでも。きっと祐介は、


 この作品を誰かに読まれることを良しとしない。


 何故ベッドの下なんかにあったのかは分からないけれど、この小説は彼にとっては消してしまいたい過去のはずだから。


 祐介が戻って来る前に、元に会った場所へ戻さなくては―――


「ねえ天津さん、貴方の気持ちは分かったけれど、勝手に読むのは良くないわよ」


「大丈夫ですって。ホラホラ、結構面白いですよ? 由香子先輩も読みますか?」


「ちょっと! それは駄目だって。もう読むの止めなさいよ」


「えへへー、いいじゃないですか。もうちょっとだけ―――」


 そして。ガチャリという音とともに部屋の扉が開く。


 天津さんが手にしている紙の束を見て、祐介の顔から血の気が失せる。


 ニコニコと笑う後輩と、

 顔色を蒼白に染めていく幼馴染。


 その二人に挟まれながら、


 二人の想いを知ってしまっている私は、


 この場からすぐにでも消えてしまいと、そればかりを考えていた―――




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