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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第二章 『こんな現実にお約束なんてない』
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消えたニコ


 雑談で埋め尽くされる昼休みの喧騒。


 教室内のいたるところで繰り返されるのは、変わり映えのない面子を相手にした似たり寄ったりな会話。煩く、まとまりなく、耳障りな―――でもだからこそ安心も出来る日常の風景の中、この時間帯になると毎日のように目にしていたふわふわ栗毛のショートカットだけが……そこには無い。


 俺は一人、妹お手製の弁当箱を自席に広げ、携帯片手にパクついている。


 俺の部屋での一件以来、ニコはこの教室に来なくなった。

 由香子と顔を会わせるのもなんとなく気まずくて部室にも顔を出していないから、ニコの奴がちゃんと部活に出ているのかも分からない。


 ――気付けば、ニコの姿を見なくなって、もう一週間が過ぎていた。


 まあ結果だけを見れば、俺は念願だった自由を手に入れたことになるわけだ。

訳も分からないまま放課後に連れ回されることも、理不尽な超常現象に巻き込まれることも、思い付きだけが原動力であるアイツの言動にいちいちツッコミを入れる必要もない。


 一学期までと同じ、ニコが現れる前の日常。どこにでも存在するありふれた世界。

 平凡で平穏な、退屈なぐらいがちょうどいい。


 俺は机の下で小さくガッツポーズを作ると、勝ち誇ったように、呟いた。


「……こんなものが欲しかったんだっけか……」


 開いた口から零れたのは、何故か思っていたこととは真逆の言葉で。

 力強く握った拳がひどく滑稽で無様に思えた。


 ひとつ溜息を吐き出すと、頭に浮かんでくるのはあのラノベ作品を書いた当時のこと。


 俺が作家を目指すことにしたきっかけでもあり、同時にライトノベルというジャンルに失望する要因ともなった出来事。


 ほんとうに、変わっていない。あの頃から。


 結局、また身近にいた相手を――『一人の女の子』を傷つけてしまい、そのどちらも発端となったのは……自分が過去に一度だけ書いたライトノベル小説だ。


 やっぱり俺に取ってライトノベルなんてものは―――


 気が付くと弁当箱はいつのまにか空になっていて。空の弁当をいつまでもつついていたという事実を誤魔化すかのようにそそくさと鞄にしまってから、空いた机の上に突っ伏す。


 このまま午後の始業まで寝てしまおう―――そう目を閉じた時だった。


「おい、岩岡―、後輩の女の子が訪ねて来てるぞ――」


 入り口付近から聞こえて来たクラスメイトのからかうような声に、俺は目を見開いた。


 後輩の――って、まさか?


 勢いよく立ち上がって向けた視線の先。そこにいたのは。


「い、岩岡先輩、突然すいません……」

「……早苗」


 ペコリと頭を下げる訪問者の姿を見つめながら、俺はひどく困惑していた。


 早苗が俺を尋ねて来たのなんて初めてで驚いた、というのもある。だが、なによりも衝撃だったのは彼女を見た時の自分の感情。


 ――俺は今、ガッカリしたのか?


 周囲の男連中から向けられる羨望と嫉妬の入り混じった視線が、

 俺にはどこか場違いなものに思えてならなかった。



   ※   ※   ※



 場所を変えたいと言う早苗に連れられ、屋上へと続く階段の踊り場まで来る。


 周囲に人気が無いことを用心深く確認してから、早苗はこう切り出してきた。


「――ニコちゃんがどこにいるか知りませんか?」


 その質問の意図も、なんでそれを俺に聞くのかも分からず、首を傾げる。


「えっと、どういうことだ? 自分の教室にはいないのか?」


「それは……」


 何故か一回言い淀んでから、意を決したように口を開く。


「……ニコちゃんは学校に来ていないんです」


「なんだよ? またサボリかなんかか? どうせまた夜遅くまでラノベのプロットでも考えてたんだろ?」


「いえ、そうじゃなくて!」


 彼女らしからぬ口調の強さと、泣きそうな表情。早苗から感じられるどこか尋常じゃない雰囲気に、思わず息を飲む。


 言葉を失っている俺を悲痛な面持ちで見上げながら、


 早苗は――それを口にした。



「ニコちゃんは………二学期に入ってから、一度も学校に来ていないんです」



 その言葉の意味が理解出来ず、「はあ?」という間の抜けた声が口から漏れる。


「二学期から来てないって……いや、あのな、ニコが文芸部に入部したのがまさにその二学期からなんだが。それからは毎日のように俺の教室に飯食いに来てたし、遅刻は多かったが部活にもちゃんと来てたぞ?」


 今更な事実過ぎて、意図せず苦笑するようなニュアンスが含まれてしまう。


「だいたいな、早苗だって何度も部室でニコと会ってるじゃないか」


 しかし、早苗はまっすぐに俺を見据えたまま、視線を逸らさない。


「岩岡先輩……以前私が部室で、ニコちゃんの教室まで行ったけど会えなかったよ、という話をしたのを覚えていますか?」


「ああ、昼間は教室に居ないことが多いから、部室に直接来てくれってやつだろ?」


「そうです。……あれからも私、イラストのことでちょっとだけ話がしたくて、何度かニコちゃんの教室に行ったんです。でも、いつ行ってもニコちゃんの姿は無くて―――。さすがにおかしいなって思って、クラスの人に聞いてみたんです。……天津さんは今日お休みですかって」


 その瞬間、早苗の表情がクシャッと歪んだ。


「そうしたら、その人は驚いたような顔をして言うんです。……天津さんは一学期の最後から学校に来てないよって――」


 …………意味が、分からなかった。


 ニコはずっと校内で俺達と接していた。にもかかわらず学校に来ていない―――いや、登校していない?


 早苗の表情はもはや血の気を失ったかのように青ざめており、彼女が嘘や冗談を言っているようにも見えなかった。


 短い期間ではあったが、間違いなく俺はニコと一緒に居た。アイツに関しては理解出来ないことも多いが、あれが幻や偽物なんかでは無かったことぐらいは分かる。


 ということは。


「じゃあアイツは……自分の教室には行かず……俺の教室と、部室にだけ来ていたってことか?」

早苗はコクリと頷いた。


 真っ先に思い浮かんだのは「なんでそんなことを?」という疑問。

 そして、その次に浮かんだのは

「そもそも誰にも気づかれずにそんなことが可能なのか――」ということ。


 例えば、昼休みが終わった後、部活動までの時間をどこで潰していたのか?


 その他にも様々な疑問が頭を過るが……その全てがひとつの答えに集約される。


 ――アイツの力があれば、姿を隠すぐらいどうとでも出来るんじゃないか。


 ニコの持つ超常の力、その理不尽さに今更ながら絶句してしまう。


 早苗は、話すべきか迷うように逡巡したあと、「それと……これも、クラスの人に聞いたんですけど――」と前置きし、ポツリポツリと語り始めた。



 ――早苗が語ったのは、次のような内容だった。


 ニコは、クラスの中で浮いた存在だった、らしい。

 入学当初こそ、その外見と人懐っこさでクラスの皆から好かれ、周囲には常に人の輪が出来るほどの人気者だったらしいのだが、クラスの中にはそんなニコの人気を妬む女子達もいた。そしてその女子数人が、ある時ニコにこう言ったのだという。


「ライトノベルなんてどこが面白いの? ハッキリ言って、キモイんだけど」


 それはきっと、ちょっとした悪戯心で発しただけの軽い嫌味だったのだろう。


 しかし、ニコがライトノベルに対する侮辱を看過出来るはずもなく。


 ちょっとした行き違いは、やがて激しい口論になり、ついには掴み合いの喧嘩にまで発展した。結局は周囲の人間が仲裁に入ることで、なんとかその場は収まったが……。


 しかし、それで全てが終わったわけじゃなかった。


 翌日から、ニコと喧嘩した女生徒たちが、不可解な事故に巻き込まれ始めたのだ。当然のようにニコへと向かう疑惑。そしてある日、被害者である女生徒の一人が完全に怯え切った表情を浮かべ、ニコに対してこう言ったのだという。


 ――この子は普通じゃない! なにをされるか分からない―――と。


 それからすぐに、ニコに関わると不運に巻き込まれる、ニコに逆らうと恐ろしい仕返しを受ける、という噂が流れ始め……やがてニコの周りから人はいなくなっていった。


 いじめ、とは違う。理解出来ないモノに対する畏怖と忌避、そこからくる疎外。それでもニコは、ニコニコと変わらぬ笑顔でライトノベルを読み続け、その姿が余計に不気味さを増す要因となって―――そんな悪循環。


 当初は平然としているように見えたニコも、徐々に暗い表情を浮かべることが多くなっていき、やがて……学校にも来なくなってしまったらしい。



「……嘘、だろ……」


 話を聞き終わっても、現実感が湧いてこなかった。


 俺が抱くアイツのイメージは――自分勝手で、我儘で、破天荒で、不満があるとすぐに頬を膨らませて、いつもニコニコと楽しそうで、呆れるぐらいに前向きなロリっ子だ。


 そんなニコの姿と、たった今聞いたエピソードが上手く繋がらない。


 いや、そもそもおかしくはないだろうか。


「それが本当なら……アイツは学校に来られなくなるぐらいに悩んでいたんだろ? なら、なんで他のクラスメイト達に見つかるかもしれないリスクを冒してまで、俺の教室に来たんだよ? それになんでわざわざ文芸部なんて入ったんだ? 小説を書きたいだけなら自宅でだって出来るだろう?」


「それは分からないです。でも―――」


 早苗は自信なさげに眉を顰め、それでもしっかりとした意思を瞳に宿す。


「多分……岩岡先輩に会いに来てたんじゃないでしょうか?」


「俺に?」


「だってニコちゃんが来てた二つの場所、そこに共通しているのは岩岡先輩だけですから」


 その言葉に俺は息を飲んだ。


「そんな……でも、俺とアイツは初対面だったんだぞ? アイツが文芸部に入ったから知り合えたんだ。それなのに俺に会うために文芸部に入った? 順序がアベコベだ。理屈に合わないじゃねえか」


「それは……」


 もともとなにか根拠があっての言葉では無かったのか、俺の反論を受けた早苗の声は尻すぼみに小さくなってしまう。


 そうだ。理屈に合わない。


 けれど……理屈とは別の部分で、なんとなく納得もしていた。


 きっと早苗の言う通り。アイツは俺に会いに来ていた。文芸部に入ったのも俺に会うため。自意識過剰と言われてしまえばなにひとつ言い返せはしないが、何故だか、そんな気がした。


『――とうとう、せんぱいからも嫌われちゃいましたか』


 俺の部屋で見せた穏やかな微笑み。

 とうとう――そこに込められた意味。


 あの時ニコは何を想い、どんなつもりであの言葉を口にしたのか。ショック? 悲しみ? 怒り? ――きっとそれら全てが正解で……恐らくは間違っている。全てが霞んでしまうほどに強く感じていたのはきっと。


 すべてに対する―――諦め。


 ……馬鹿野郎。諦めの悪さがだけが、お前の取り柄じゃなかったのかよ――。


 俺は早苗をまっすぐに見返すと、告げた。


「――アイツを探すぞ」


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