好きになってくれるはず、ない
――はあ、はあ、はあ。
肩で息をしながらテーブルを挟んで対峙する―――私と天津さん。
「――ふふ、なかなかやりますね」
「貴方もね。ここまで私をてこずらせるなんて正直予想外だったわ」
互いに笑みを浮かべながら、どこかバトルものにありそうなやりとりを交わす。
祐介は心底呆れた表情を浮かべ、零れた麦茶を拭くものを取りに一階に下りてしまった。
残された私達はあまりドタバタと音を立てないように気遣いながら(だって祐介に怒られるんだもん)、じりじりと間合いを取り続ける。
そして、互いの表情に疲労の色が見え始めた頃になって―――私は溜息とともに呟いた。
「……はあ。もうやめましょ。なんか馬鹿らしくなってきたわ」
「それもそうですね」
アッサリと頷き、さっさとテーブル脇に腰掛ける天津さん。その態度の軽さに少しだけムッとしながらも、私も倣うようにして腰掛ける。
落ち着いて見渡すと、祐介の部屋は無残なほどにぐっちゃぐちゃになっていて。こりゃ祐介が怒るのも無理はないと、少しばかり落ち込んでしまう。
仕方無く散らばったお菓子やら雑誌やらを片付け始め、そしてふと思い至る。
こうやって天津さんと二人きりになるのも珍しい。
部活動の時間には、たいてい部室に一番乗りする私と、遅刻の常習犯である天津さんだ。ひょっとしたらこれが初めてかもしれない。
これは以前から聞きたかったあのことを聞く、良い機会なのではないだろうか。
「ねえ、天津さん? ちょっと聞いてもいいかしら?」
「なんですか? 年齢とスリーサイズ意外でしたらなんでも聞いてください」
「なによその旬の過ぎたアイドルみたいな受け答えは。年齢は私の一個下だし、スリーサイズなんてどうせ上から下まで同じ数字が続くだけの寸胴でしょ」
「むう、これでも脱いだら結構凄いのですよ?」
ふーんそお、と冷たく答えてやったら、ぷくっと頬を膨らませた。その仕草が可笑しくて思わず吹き出してしまいそうになるけれど、慌ててかぶりを振って正気を保つ。
いけないけない、何を絆されそうになっているのよ私は。この子のこういう所も私は苦手なのだ。ついつい気を許してしまいそうになる。
私はわざとらしく咳払いなどを挟みつつ、本題を告げる。
「天津さんは、祐介のこと、どう思っているの?」
「どう、とは――?」
はて、と首を傾げる天津さん。まあ、この反応も予想通りではある。察しの悪いこの子のことだもの、すぐに求めている回答をくれるなんて思ってはいない。
だから私は、もう一歩踏み込んで、ど直球な言葉を投げつける。
「祐介のことを、男性として、好きなの?」
その言葉を口にした瞬間、天津さんの表情から温度が消えた。
真っ赤になるわけでも、慌てるわけでもなく、急速に冷めたような無表情。
予想外の反応に私がそれ以上の言葉をかけられずにいると、天津さんはポツリと呟いた。
「……そうですね。好き、だと思います」
――やっぱり!
どこか他人行儀な言い回しに多少の違和感を感じたものの、その言葉の示す意味は私の推測を裏付けるには十分なもので。
私は内心の焦りを隠しながら、天津さんにビシッと指先を突き付ける。
「じゃあ、私達は敵同士ってわけね!」
しかし、返ってきたのは。
「へ? なんでですか?」
きょとんと瞳を丸くする天津さん。私はその反応にガクっと肩を落とす。
「いや、なんでもなにも、今あなた祐介のことが好きって言ったじゃない? それなら私達は恋敵ってことになるじゃない?」
本来であれば説明するまでもない単純明快なロジックを身振り手振りを交えて伝える。天津さんは、んー、と顎に人差し指を当てて考えてから、アッサリと言った。
「そうはならないと思いますよ」
「はいいい?」
な、なにを言っているこの子は!
「今日だって祐介にアプローチをかけるために……イチャイチャするためにここに来たんでしょう?」
「いや、まあ、それはそうなんですけど……」
どこかハッキリしない返答にさすがに苛々してくる。
この子はいったい何がしたいのよ?
好きって認めておいて、なんでそれを今更否定するような反応をするの?
ハッキリと認めなさいよ! 祐介とつきあいたいって、イチャイチャしたいって!
「なんなら、由香子先輩にその役割譲りましょうか?」
「ほら、みてみなさい。貴方だって祐介とイチャイチャ……ってマジで!?」
え? 今この子なんて言ったの?
役割を譲るって……つまり、祐介とイチャイチャするのを譲るってこと?
「私もその方が取材しやすいですし、なんでしたら協力しますよ?」
ニコリと笑いながらのひとことに暫し呆然としてしまう。
天津さんの真意は分からない。分からないけれど、これって祐介と急接近出来るチャンスなのかもしれない。三人しかいない空間で一人が協力者となってくれるのなら、大抵のことは出来てしまいそうに思える。
これから、祐介と、イチャイチャする―――たった今まで普通に口にしていた言葉なのに、そこに「私が」という枕言葉がついただけで、気恥ずかしさが段違い。顔全体が急速に熱を帯びてくる。
「な、なにを突然……だいたい具体的に何をすればいいか……」
「例えばそうですね。お菓子を取ろうと伸ばした手が偶然触れ合い、お互いに赤面しちゃう、とか……って、いや、すいません。これはさすがにベタ過ぎましたね――」
「詳しく!」
「おっと予想以上の食いつきに私もビックリです!」
何それ! 祐介とごくごく自然に手を握れるってこと? 一緒に下校している間何度もチャレンジしようとして悉く失敗していた「祐介と手を繋ぐ」という夢がついに叶うの?
「他にはですね――」
「はい! 師匠お願いします!」
気付くと私は正座をしながら、後輩の女の子が発する言葉を一言一句聞き逃すまいと耳を傾けていた。
「ラノベ的にありそうなシチュエーションとして………宿題を持ち寄った男女が、分からない個所を教えるために身体を寄せた結果、自然と肩同士が密着してしまうとか――」
「くくくく詳しく!」
「互いに恥ずかしくなった二人はすぐに身体を離すのですが、その反動でテーブルのジュースが零れそうになり、咄嗟に庇おうとするも勢い余って相手を押し倒してしまい―――」
「お、押し――!? くく詳しくっ! kwskっ!」
「気が付けば相手の顔がすぐ目の前に! 互いの唇が触れそうなぐらいの至近距離! 高鳴る鼓動に導かれるように、その僅かな距離が無くなっていき―――」
「くはああああああああああ! 師匠! もう、もう、精神が持ちません!」
「そして最後には―――!」
「どどどどどうなるの!?」
「丁度良いところでドアがノックされるなど、必ず邪魔が入るまでがワンセットです」
「なんっじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
最高潮に盛りがったテンションからのフリーフォールのごとき急転落下なオチ。無情にもほどがあるでしょうよ。ライトノベルさんよ、貴方には血も涙も無いのかしら!
「ぐうううう口惜しやああああああ」
「だ、大丈夫ですか? 発動したベヘリットみたいな顔してますよ?」
だってだって、そこまで盛り上がっておきながら「実は失敗することが最初から決まっていましたー」ってことでしょう? 酷すぎるわよ。もはや完全に道化じゃないの。
……いやでもちょっと待って。仮に例え邪魔が入るのだとしても、そこまでの過程で祐介と急接近が出来るのなら―――ありなんじゃないだろうか!
「この柊由香子! ピエロを演じる覚悟はとうに出来ていてよ!」
「えっと私が言うのもアレですが、先輩も中々に痛いキャラしてますね」
何故か若干引いた様子の天津さん。しかし私はふとあることに気づく。
「でも、それって……本当は天津さんがやりたかったことでしょう? それを私に譲ってくれても良いの?」
「私はラノベの取材が出来れば良いのですよ」
いとも平然にそう答えるものの、どうしても納得が出来ない。
さらに問いただそうと口を開くも、それを遮るように天津さんはどこか寂し気な笑みを浮かべ、そして、呟いた。
「それに、せんぱいが私なんかを好きになってくれるはず、ないですから……」
「え? それ、どういうこと?」
思わず聞き返した私の言葉に、天津さんは答えなかった。
それどころか今の会話そのものをはぐらかすかのように「さーて他にもエロ本ないかなー」と部屋を物色し始める。
なんだろう、今のは。いつもニコニコの―――なんて阿保っぽいことを言っている彼女からは想像も出来ないような表情。だからなのか、妙に胸に残る。
今の言葉が、「祐介の相手を譲る」と言った理由なのだとしたら。
……この子はなんで最初から諦めているの――?
大好きなライトノベルに関しては周囲が呆れるくらいの諦めの悪さを見せるくせに。およそ同一人物とは思えないその反応に、軽く混乱してしまう。
「おお! またなんか発見しましたよ! これは中々の厚みがあります!」
そんな歓喜の声に目を向けると、天津さんがベッドの下へ肩ごとつっこむようにして手を伸ばしていた。
「やめなさいよ」と注意するも受け入れてもらえず。必死に腕を伸ばしている姿を見るに、そうとう奥にあるものを取り出そうとしているらしい。
「――よしっ、取れましたあ!」
腕を引き抜いた天津さんの手に握られていたもの。それは。
「え? それって―――」




