やばいやばいやばい!
やばいやばいやばい――これはやばいわよ!?
黙々とキーボードを打つフリをしながらも、その実、祐介と天津さんの会話に聞き耳をたてていた私は、激しい焦燥と戦慄の只中にいた。
『私は、せんぱいがいいんです』
そんなことを平然と言ってのける、見た目小学生で精神年齢中学生ぐらいの高校生。
上目遣いでどこか恥ずかし気に、ハッキリと告げた。
祐介も心なしかそんなストレートな物言いにドギマギしているように見えて――
ぐはあああ!? やばいなんてものじゃないわよ!
だいたい「せんぱいがいい」ってどういう意味なの? 単純に同じ部の先輩として? もしくは気心の知れた友人として? それともやっぱり――
第三者であるこの私がこんなにも胸中をザワつかせているのだ。言われた当事者である祐介なんて、きっと「どういう意味だ?」なんて思考を巡らせているに決まっている。
……ハッ、まさかそれも全部計算づくで?
確かにハッキリと明確に好意を告げられるよりも、こういった微妙なニュアンスの方が余計に気になってしまうというのはあるかもしれない。相手の真意をあれこれと考え続けるうちに、気がつけば自分の気持ちまでも―――なんてのはいかにもありそうじゃない!
普段は天然でお馬鹿っぽい言動ばかりだけど、実はそれも全て演技で――?
天津爾瑚―――恐ろしい子!
キーボードを叩く指にも自然と力がこもる。心情をそのまま映し出すようにディスプレイを埋め尽くしていく「やばいやばいやばい」の文字。うん、我ながら闇が深い。
……はあ。今日はどうにも私の心情を逆撫でするようなことばかりだ。
さっきのいかにもなラッキースケベの展開といい、今の告白じみた台詞といい。
だいたいおかしくはないだろうか。
こんな狭い部室の中に男子は祐介一人だけ。祐介の周りに居るのは、天津さんを筆頭に、蛍ちゃんや早苗ちゃん。そしてなによりこの私。
なによこれ! 見事に学園屈指の美少女揃いじゃない!
ほんとなんなの、このハーレムまがいの状況! ラノベ主人公かよ!
「ん? なんだよ由香子じっとこっちを見て」
「うっさい馬鹿! 死ね!」
「なんで俺いま罵倒されたの!?」
おっといけない。苛立ちをそのまま口にしてしまった。
ほんと、こういうところだ。私が駄目なのは。
すぐ感情的になって祐介やその周囲に当たり散らしてしまう。ツンデレが可愛いのなんて創作の世界の中でだけ。現実世界でそれをやったら、ただ性格悪いだけのこじらせ女子だ。それは分かってはいるのだけれど。
だからきっと祐介も気付いてはくれないのだ……私のこの想いに。
いや、それでも祐介の鈍感さは、やっぱりラノベ主人公みたいだとは思うけれど。
鈍感で、偉そうで、格好つけたがりで、ひねくれてて、そのくせ実は正義感が強くて、優しいところもあって、意外と頼りにもなって、何気に隠れイケメンだったりして――
…………。……ああもう! 大好きだよこんちくしょう!
そうよ。こんなところでおとなしく引き下がってなどいられない。
私は小さい頃から祐介を見て来た。子供の頃からずっと隣に居て、彼だけを見て来たのだ。
今更、横から割り込んで来た後輩の女の子なんかに負けたくはない。
いや、負けるわけがない。
そう、私と祐介の間には共に過ごしてきた時間の分だけ絆がある。それはそう簡単に負けてしまうほど脆いものではないはず。そうよ、きっとそう!
私はいくらかの落ち着きと自信を取り戻し、改めて二人の会話に耳をそばだてる。
「せんぱい、実はお願いがあるんですけど――」
「な、なんだよ?」
「今日…………せんぱいのお宅へ行っても良いですか?」
ちょっと待てええええええええええ!
な、なななななにを―――? あの子、今なにを言いなすった?
蛍ちゃんと早苗ちゃんも今の台詞が聞こえたのか、驚いたような表情で二人を見ている。
祐介も唖然とした様子で口を開けたまま立ち尽くしていて――
って、ちょっと! なんですぐに断らないのよ? まままままさか、満更でもない?
祐介だって年頃の男子だもの。このチャンスに乗じて、天津さんに手を出そうなんて考えてるんじゃ―――させるもんですかああああああ!
「お、おい由香子大丈夫か、キーボードがヤバイ音を立ててるけど」
「うっさい馬鹿! 爆散しろ!」
「ほんとなんなのさっきから!」
愕然とした表情で私を見る祐介。だけど私の動揺はそんなもんじゃないから。
これはもう確定なんじゃないだろうか。天津さんが祐介のことをどう思っているのか。
なんとも思っていない異性の家に突然押しかけようとするだろうか。
いいえ否! 絶対に否!
天津さん自身のことは、別に嫌いではない。少し変わった言動をする子だとは思うけれど、それ以外は良い子だと思う。だけれど。私は改めて確信する。
彼女は―――敵だ!
「せんぱい、駄目ですか? どうしてもせんぱいの家に行きたいんです!」
「い、いや、なんでだよ?」
「それはですね――」
頬を染め、どこか覚悟を決めたような表情で、口を開こうとする天津さん。
瞬間、私は悟る。
これ以上言わせては駄目だ。続く言葉がどんなものだとしても、これ以上先を言わせてはいけない。戦慄とともに確信が頭の中を駆け巡る。
気が付くと、私は椅子から立ち上がり、声を上げていた。
「私も行っていいかしら!」
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