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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第二章 『こんな現実にお約束なんてない』
13/29

先輩がいいんです


 気の済むまで(つまりニコが泣いて謝るまで)頬をつねりまくってやった。


 涙目で頬をさすさすしながら、それでも取材が出来たことで満足はしているのか、どこか「やってやった」感の浮かぶ表情で呟くニコ。


「ふっ……我が生涯に一遍の悔いなし」

「ほう。ごめんなさいと言う言葉の意味を正しく教えてやらんといかんようだな」

「ごめんなさいすいません反省してますもうしませんええもう絶対に!」


 ワキワキと伸ばす手の先でニコが高速で頭を下げ続ける。


「もう、本当の本当にだよ? 次やったらもうイラスト描かないからね」

「わあああ! 今度こそ本当に謝りますから、それだけはご勘弁を!」


 今度こそ本当に、ってどういう意味だコラ。


 俺は頬を引き攣らせながらも、これ以上ニコに構っているのもさすがに馬鹿らしくなってきたので、無言で自分の席へと腰を下ろした。


 そうだとも。実際問題として、無駄な時間を費やしている余裕はあまり無いのだ。


 我が文芸部では、各学期毎に二回、部員の書いた作品を掲載した小冊子を『部誌』として校内向けに発表しているのだが、その締め切りが近づいている。


 まあ部誌なんて言っても知名度は低く、大半の生徒がそんなものが発行されていること自体知らないであろうシロモノだ。しかし、だからといって発行しなくて良いわけではない。生徒会からは部誌発行のための予算をちゃんと貰っているし、なにより僅かとは言え楽しみにしてくれている読者もいるのだから。


 見れば由香子と蛍はもう既に、自分のPCに向かって執筆活動を再開させている。俺も少しでも自分の作品を書き進めなくては。


(よし――やるか!)


 俺は気合を入れ直し、ノートPCのディスプレイへと向き直った。


 デスクトップに置いたショートカットから執筆途中の作品を開き、物語を再開させるべく、頭の中の創作世界へと意識を沈ませる。



 ――物語は序盤。近未来。テクノロジーの革新によって、日常生活におけるほとんどが手元にある携帯端末『DTD』で処理できるようになった時代。

 国民の生活はその便利さと引き換えに、治安維持という名目の下、国の専門機関に行動を把握・管理されている。


 ある日、一人の男性の変死体が発見される。

 この時代では特段珍しくも無いただの猟奇殺人事件―――誰もがそう思っている中、ひとつの異変に主人公は気付く。死んだ男が、国の管理するデータベース上ではまだ生存していることになっており、リアルタイムで日常生活のログを吐き出し続けていたのだ。


 DTD端末の故障? データの改ざん? それらの可能性が消えていく毎に高まっていく不可解さ。データベースに表示され続けているログはいったい誰の行動記録なのか。


 やがて調査の末に浮き上がってくる、自殺でも他殺でもない第三の可能性。


 主人公たる名探偵・大樹刹那は、この国のシステムに隠された陰謀、驚愕の真実へと辿り着くのだった―――



 ……と、ここまで構想は出来ているのだが。


 実はまだその『隠された驚愕の真実』をどんな内容にするのかを決めかねている。


 いや、分かってはいるんだよ。そこがストーリー上、一番重要なポイントであり、最初に考えておかなくちゃいけない部分だってことは。


 もちろん俺だってちゃんと考えてはいた。しかし、当初考えていた設定はどうにも斬新さに欠ける気がして、執筆途中で却下したのだ。


 これは俺だけではないと思うのだが―――思いついた当初は「なんて素晴らしいアイデアだ」「俺って実は天才なんじゃないだろうか」とか自画自賛しまくるほどなのに、時間が経過して冷静になってくるにつれて「あれ? 実はそれほど面白くもなくね?」と気付くことがある。俺はそういったことが多い。今回もそのパターン。


 いくつか代替案もあるのだが、どれも決め手には欠けている。世界観先行で話を書き進めてしまった弊害が今になって表れている格好だ。


 結局は数行を書き進めた所で、またピタリと筆が止まってしまった。


 頭を抱え出す俺の耳に、聞こえてくるニコと早苗の話し声。


「ニコちゃんは小説書かなくていいの?」


「ええ、私の作品はまだ書き始める前の準備段階なのです。もう構想としてはほぼ固まっているのですが」


「そっか。でも締め切りもあるんでしょ? 少しは書き始めた方が良いんじゃない?」


「いやいや、中途半端な状態で書き始めても中途半端な作品にしかなりませんよ。序盤から伏線を張り巡らせ、それら全てをしっかりと回収するためには、緻密な計算に基づいた完璧な準備が必要なんです。書いていればなにか思いつくだろう、なんてのは三流の発想ですよ」


 ………………。

 ま、まあ準備不足は認めよう。物語のキーとなる部分を変えてしまったことにより、無駄になってしまった伏線もいくつかあるしな。


「それにヘボい作家にありがちなんですよねえ。なんとなく良さげなアイデアが浮かんだからって意気揚々と書き始めたまでは良いけれど、途中でそれをアッサリ変更してしまうことが。そのくせ当初のアイデアのイメージには縛られ続けてるもんだから、本来重要であるはずの物語の主題自体が希薄になっちゃうなんてパターンが!」


 うぐ……いちいち突き刺さってくるな。しかも的を射ているだけに言い返せもしない。

 というかこれ俺の話じゃねえよな? ……いやいや、それはさすがに考え過ぎだろう。いくらニコとはいえ、そんな遠回しに喧嘩売ってくるよう真似をするはずがない。


「例えば、国家のシステムを揺るがす大陰謀なんて大風呂敷を広げたくせに、その『なんかスゲエ』感ばかりが先行し、結局取ってつけようなショボイ結末しか用意出来ない、みたいなねw ぷぷぷ、クスクスクスw」

「お前喧嘩売ってんのかあああああああ!」


 椅子から立ち上がりながらの絶叫に、ニコと早苗が勢いよく振り向く。


「な、なんですかせんぱい突然!?」

「お前が俺の作品を盛大にディスりはじめたんだろーが! ああん!?」

「なんのことです!?」


 本気で狼狽している様子のニコが慌てたように言う。


「私はあくまで例え話をしただけですよ。そもそもせんぱいの作品がどういう内容かなんて私は知りません!」


「じゃあ、今のは偶然だと?」


「そうです偶然です!」


「そ、そうか。それなら――」


「ましてや探偵を登場させたくてミステリーにしたけれど、そもそも名探偵という古典的要素とSF要素が見事に噛み合ってなくて既にちょっと後悔している、なんてことはこれっぽっちも知りません!」


「ずいぶんと細部まで計算されつくした偶然ですねえええ!」


 頬をぐにぐにとつねられ「ふえええええ」と涙目になるニコ。


「ぐす、本当に知らないのに……」


 納得できないとばかりに頬を抑えるニコに、俺は言う。


「そもそもだな、なんで他の部員が書いている作品のことを知らないんだよ?」


「いえ、わたし他人の作品には興味ないですから」


「ほんとなんで入部したんだお前!」


 俺とニコがぎゃあぎゃあと口論を続けていると、横合いから割り入るようにそっと手が上がった。どこか申し訳なさそうに伸びる手の持ち主は、早苗だ。


「いえ、あの……私は、皆さんがどんな小説を書いているのか知りたいなあ、なんて……」


 たった今のやりとりを聞いていたのだろう。

 遠慮するような口調のくせに、その瞳はどこか期待に満ちていて。気にはなっていたけど今まで聞く機会が無かった、みたいな感じ。


 まあ早苗の作品を何度も見せて貰っているのに、こっちが見せないというのも悪い気はするし、教えても構わないだろう。別に隠すもんでもないしな。


「俺の作品は……ジャンルでいえばミステリーだな。近未来が舞台で少しSF要素も入っているが、よくある推理探偵ものをイメージしてくれれば近いと思う」


「へえ、ミステリーですか。なんか頭の良い感じが岩岡先輩にピッタリですね」


「そ、そうか? それほどでも………まあ、あるけどな!」


「わざわざ近未来を舞台にしているってことは、トリックもそれを活かした内容に?」


「ふふん、その通りだ。実はそのトリックこそがこの作品の目玉でな。未来世界における通信用端末とそれに付随するプログラム……つまりはアプリみたいなものだ。そこに秘められた巧妙な仕掛けとパズル的要素が―――」


「ほうほうほう! アプリを使ったトリックですか! 分かりましたよ!」


「お、おお。どうしたニコ突然?」


「つまり! 突如ソシャゲの世界に入り込んでしまって、脱出不能のデスゲームが展開されるとゆー超展開ですね!」


「ライトノベルじゃねえよ!?」


 全力の否定に、ニコが「なん…だと……?」みたいな顔で俺を睨んでくる。なんでだ。


「えっと……由香子は確か、恋愛ものだよな」


 俺が話を振ると、会話自体は聞こえていたらしく、由香子はすぐに反応を示した。


「そうよ。まあ割とオーソドックスな大人の純愛ストーリーだけどね」


「おお! 私も好きですよ大人目線での恋愛もの!」


「あら意外ね」


「社会の歯車として生きるだけの人生に絶望する主人公。運命の女性との出会いによって、その灰色だった人生がほのかに色づき始める――」


「うんうん」


「その運命の相手は――なんと小学生だった!」


「ライトノベルじゃないわよ!?」


 またしても「裏切られた!」みたいな表情で後退るニコ。だからなんでだ。


「え、え~と……あのその、じゃあ蛍さんは?」


 場を取り繕うように、早苗が残った蛍へと声をかける。

 装着していたゴーグルを外し、首にかけ直す蛍。


「わたしっすか?」


 どこか面倒くさそうに首を傾げるその姿を見た瞬間、嫌な予感がした。

 質問された当人よりも先に答えてしまうのは多少気が引けるのだが……、


 蛍の書く作品には、一貫性が無い。


 俺にとってのミステリーだったり、由香子にとっての恋愛ものだったり。つまりは得意とするジャンルが無いのだ。生粋のガンマニアでもある蛍の作品で唯一共通する点は作中に「銃」が出てくることだけ。その時々で気が向いたジャンルを、気が向いたように書く。それこそ時代劇からスペースオペラまでなんでもござれだ。


 柔軟性と感性に頼って書くそのスタイルは、ある意味でマイペースな蛍らしい。それでも作品内には蛍らしさがしっかりと表現されているのだから不思議な魅力である。


 そして、そんな蛍が今書いている作品は、確か―――


「私が書いてる話は、主人公の少年が両親に捨てられるところから始まるんすけど――」


「ほうほう、それで?」


「行く当ても無く、やがて飢えと寒さにより倒れてしまう主人公。しかし命を落とす寸前で、偶然通りかかった一人の老人に拾われるんすよ。でも拾われた先が世界に悪名を轟かす暗殺者集団で――」


「つまり! そこで最強のスキルを受け継いだ主人公が、そのチートじみた能力を活かして無双しまくる話ですね!」


「はい、そうっすよ」


「くっ、またしても………って、え?」


 恐らくは今度も否定されると思っていたのだろう、ニコの表情が意外そうに固まる。

 いや、むしろ少し残念そうに「そこは天丼だろ」と非難めいた表情すら浮かべている。いよいよもってなんでだお前。


 しかし、次の瞬間には言葉の意味を理解し直したのか、驚きの表情を浮かべるニコ。


「え? え? じゃあ蛍ちゃんが書いてるのはもしや……ライトノベルなのですか?」


「まあそうっすね」


 あっさりと頷く蛍、ニコの表情が歓喜の色に染まる。ようやく同士に出会えたとばかりに、感激で口元をふるふると震わせるニコ。

 その表情を見た瞬間、俺の脳裏にひとつのアイデアが浮かんだ。


(あれ、ひょっとして……これってチャンスなんじゃないか?)


 ニコが俺につきまとっている理由は、恐らく取材する際の協力者が欲しいからだ。直接そう言われたわけではないが、俺はそう推測している。


 小説を書くための協力者を得るために文芸部に入り、その中でも一番協力してくれそうな人物として「俺」を選んだ。由香子はニコを嫌っている節があるし、蛍は他人のことよりも自分のしたいことを率先するタイプに見える。つまり消去法で俺だけが残ったわけだ。


 しかし現実はそうではなかった。俺はライトノベルのことを毛嫌いしており、むしろライトノベルに理解を示す――つまりは、協力者に相応しい人間が他にいたのだ。


 ……これってつまり。


 蛍にニコを押し付ければ、俺は解放されるのでは!?


 幸いにも蛍は由香子と違って、ニコに対して冷たく接することはない。好きでも嫌いでもないというフラットなスタンス。少なくとも嫌ってはいない。


「蛍ちゃんはどんなラノベ作品が好きなんですか?」


「そうっすね。わたしは銃が出てくるものであればなんでも――」


 などと楽し気に会話を交わす二人を見て、俺は確信する。


 うん。これ、いけんじゃね? むしろなんで今までこんな簡単なことに気付かなかったのかと、過去の自分を呼び出して小一時間ほど怒鳴りつけたい気分だ。


(――よしっ!)


 俺は談笑を続けているニコの隣にそっと近づくと、首へ腕を回すようにしてぐいっと引き寄せた。そしてそのまま蛍に背を向けるようにその場を離れ、部屋の隅へと向かう。


 ニコの奴はまた何か勘違いでもしているのか、頬を染めながら「わ、わ、近い」とか声を上げているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。小声で告げる。


「(そうなんだよ。実は蛍の奴、ライトノベルにも詳しいんだよ)」


「(は、はい? それは聞きましたけど)」


「(結構色々な作品を読んでるみたいだし、きっとお前とも気が合うと思うぞ)」


「(ええ。だからそれを今話していて――)」


「(取材にもきっと協力してくれるんじゃないかな)」


「(にゃんですと!?)」


 取材、のひとことでニコの目の色がガラリと変わる。よしよし。


「(ほらほら、取材に協力してくれないか、聞いてみた方が良いんじゃないかな?)」


「(ですね!)」


 俺の言葉を疑う素振りすらなく、嬉し気に、トテトテと蛍の下へと戻っていくニコ。

 ククク……、チョロイ、チョロイぞ天津ニコ! 


 思わず零れそうになるゲスい笑みを必死に隠しながら、俺は自分の席へと戻った。


「あ、あの、蛍ちゃん!」


 ディスプレイから顔を上げた蛍に、ニコはどこか緊張感を漂わせながら笑みを向ける。


 そうだ! そこだ、いけ! 言うんだ! 「私と一緒に取材に行こう」と!


 俺が固唾を飲んで見守る先で、ニコが意を決したようにその口を開いた。


「今度、小説の取材につきあってもらえませんか?」


「ええ、別に構わないっすよ」


 きょとんとしながらも快諾してくれる蛍。その瞬間、ニコの表情が歓喜で彩られた。


 イエーーース! よくやった! えらいぞニコ! お前はやれば出来る子だよ!


 これで……これでついに! 俺は開放されたのだ!


 次の取材からは蛍と一緒に行くことになるだろう。蛍には申し訳ない気もするが、きっと一年の女子同士、俺よりも上手くやれるさ。さようならニコ。こんにちは自由。


 こんなことで割と本気で感動している自分が少々情けなくもあるが、それだけ俺は苦しめられてきたということでもある。まあ、この解放感の前ではそんなことは些細な問題でしかない。涙でうっすらと滲む。


 視界の中、ニコと蛍は互いに微笑み合っている。じつに心暖まる美しい光景じゃないか。良かった……ああ、本当に良かった……。


 そんなキラキラとした光景の中で、


 穏やかに言葉を交わし合い、


 やがてニコだけがくるっと踵を返し、


 俺の隣に戻ってきて、


 ストンと腰掛けた―――


「で、せんぱい次の取材のことなんですけど――」

「待て待て待て待て待て待て待てええええええええええええええ!!」


 きょとんと首をかしげるニコ。


「なんで戻って来たの!?」


「? 言ってる意味がよくわかりませんが?」


「蛍はライトノベルにも詳しいんだから、俺よりもアイツに頼めばいいだろーが!」


「何を言ってるんですか」


 心外です、と言わんばかりにニコは頬を膨らませる。


「確かに蛍ちゃんもそこそこラノベに詳しいのかもしれません。それでもせんぱいに比べればまだまだビギナーも良いところ。ラノベに対する造詣の深さではせんぱいの足元にも及びません! 同族を嗅ぎ分けるわたしの嗅覚がそう告げているのです!」


「ぜんぜん嗅ぎ分けられてねえから! お前の嗅覚ガバガバすぎるだろ。一度耳鼻科に行ってこいよ!」

さして膨らみも無い胸元をこれでもかとばかりに逸らして熱弁するニコには、俺の反論などどこ吹く風で。歯ぎしりしながら睨みつける中、ニコはすすっと身を寄せると、


「それにですね―――」


 何故かうっすらと頬を染めながら、まっすぐに俺を見上げた。


「――私は、せんぱいがいいんです」


 あまりにも唐突に。真顔でそんなことを告げられ、不覚にもドキリとしてしまう。


「お、おま……急に、なに言って……というか、それって……」


 ――どういう意味、だ?


 その真意を尋ねたくとも、動揺して上手く言葉が出てこない。


 そうこうしているうちに、ニコは悪戯っぽく微笑んで瞳を逸らしてしまう。


「そんなことよりも! 次の取材の話ですよ!」


 話を強引に打ち切るかのように発せられたひとことは、いつもと変わらぬ能天気さで。

 なのに、視線を逸らしたニコの頬だけが先程よりもさらに赤く染まっている気がして、なんだかこっちまでが気恥ずかしい。


 なんなんだ? 今一瞬だけ感じた気がした―――どこか甘酸っぱいような空気感は。


 ……ははっ。こんなちんちくりん相手にそれはないだろう。


 いやいやいやいや、それはない―――


 ――それはないって!


 誰に対してなのか分からない絶叫を心の中で繰り返していると、コホンと咳払いを挟んだニコが、再び顔を向けてきた。


「せんぱい、実はお願いがあるんですけど――」



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