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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第二章 『こんな現実にお約束なんてない』
12/29

ラッキースケベとは


 気が付けば、眼の前に広がっているのはどこまでも続く青空で。


 遮るものの無い恒久の蒼に抱かれながら、俺は一人、ぽつんと漂っている。


 およそ常識では説明のつかない異常事態に、真っ先に思い浮かんだのはニコニコと笑うなんちゃって幼女の顔。またアイツが何かやったのか、という疑念。


 しかし暫し考えを巡らせた末に―――俺は首を横に振った。


 そうじゃない。これはきっと単純に夢を見ているだけ。ただそれだけのこと。


 身体の境界は大気に溶けるように揺らめき、世界の全てを視覚以外の何かで感じとっている。


 眼下に広がる草原。地平の上を緩やかに横切る山々の稜線。空には重力を無視するかのように無数の島々が浮かび、遥か遠方では天高くそびえる塔のような建造物が陽炎のように揺らめいている。いっそ笑えるほどにテンプレ過ぎるファンタジー世界。


 俺はこの世界を知っている。

 直接この目で見ることは初めてだけれど、それでも確かに知っている。いや、もっと正確に言うならば……


 ――()()()()()()()()


 きっと恐らく。いや確かにここは。この世界は。

 俺が最後に目にしたライトノベル――その物語の中の世界だ。


 ふいにどこからか聞こえてくる甲高い金属音。見れば、広い草原の真ん中で一人の少年がファンタジーさながらの戦闘を繰り広げている。


「僕は世界を救わなくちゃいけないんだ!」


 そんなことを恥ずかしげもなく叫びながら、大して強そうでもないモンスター相手に死闘を繰り広げている。


 俺の記憶が確かであるならば、近い将来に大勢の仲間とともに世界の脅威たる魔王へと挑むことになる少年。つまりはこの作品の主人公ヒーロー

 

 今はまだ物語の序盤なのだろう。世界は未だ平和で、透き通るような空には柔らかな陽光が満ちている。牧歌的で中世的な、読み手の想像を裏切らない美しい幻想世界。誰しもが一度は憧れるであろう剣と魔法が支配する古き良き冒険の舞台だ。


 これが夢なのだとしたら。


 ああ、なんて――



 ――なんて、()()()()()()()なんだろう。



 今頃になってこんな夢を見るなんて。思い出させるなんて。


 だからライトノベルなんて――嫌いなんだ。


 救いを求めるように天を仰ぐと、覚醒へと向かう意識は風に吹き散らされるように薄れていく。

 世界が遠ざかっていく感覚の中、剣戟の音だけが、いつまでも耳の奥にこびりついていた―――




       ※   ※   ※



「と、いうわけで――ラッキースケベをお願いします、せんぱい」


 いまだかつて。


 これほどまでに理解に苦しむ「お願い」があっただろうか。


 一切の事前説明も無いままに告げられたひとことに、俺は暫し考え込んでしまう。


 むしろここまで理解不能だと、これは何かの比喩表現なのではないか、実は隠語の類であって何か別の意味合いがあるのではないか、などと勘ぐってしまう。というかもういっそのこと「これは高度な暗号文です」とか言ってくれた方が逆にスッキリする。


 俺は発言の主へと向き直ると、


「まず、何が『と、いうわけ』なのかが全然わからんのだが……それはまあ置いといて」


「そうですね。それはどうでもいいことです横に置いておきましょう」


 微塵も表情を変えないニコへ、静かに告げる。


「……ラッキースケベ、とは?」


「あ、はい。ラッキースケベとはラブコメではもはや定番となっているちょっとエッチなサービスシーンのこと、もしくはそこに辿り着くまでの過程を指します。エッチなシーンを描きたくても主人公にそこまでの男気や度胸が無い場合に、あくまで不可抗力としてごくごく自然な流れでサービスシーンへ移行することが可能な伝家の宝刀、もしくはリーサルウエポンとして活用され、そもそもラッキーという人の意志が介入することが出来ない超常的な力が働くことで――」


「ああ、わかったもういい、うん少し黙れ」


 放っておくと、いつまでも話し続けそうなので強引に打ち切る。

 ニコは素直に口を閉じると、真剣な表情を崩さぬまま俺の次の言葉を待っている。


 ラッキースケベがどういうものかなんて俺だって知っている。俺が本当に聞きたいのはそういうことではない。ひと呼吸を挟んだ後に、本題を告げる。


「では……それを『()()()()()』とは?」


 ニコは質問を予測していたかのように小さく頷くと、その口をゆっくりと開いた。


「とりあえず何もない所で足を滑らせ、近くにいた女性を押し倒し、倒れた拍子に胸をひともみ――してくれればOKです!」

「それ狙ってやる時点でもうラッキーとは違くないですかねえっ!」


 というか、それもう犯罪じゃないですかね!


 俺の告げたひとことに、ニコは顎に手を添え「仕方ありませんね」と頷く。


「……では、『転んだ拍子にバストタッチ』は諦めましょう」

「当たり前だ」

「代わりに『転んだ拍子にスカートの中に顔を突っ込む』で手を打ちます!」

「だから、意図的にやった時点でそれもうただの痴漢行為だっつってんだよっ!」


 たまらず発した怒声が狭い室内に響き渡った。



 ――放課後の部室。いつもの場所、いつもの面子。

 由香子は不機嫌そうに、蛍はマイペースに、黙々とキーボードを叩いている。そんな中で声を荒げている俺とニコ。


「だいたいなんだよスカートの中に顔を突っ込むって! どう転んだらそうなるの? 女子の足元に向かって全力ヘッドスライディングでもかまさないとそうはならなくね?」


「だからそれがラッキースケベの凄さなんです。通常ありえないような現象がラッキーのひとことで済まされる。最近ではパンツの中に顔を突っ込むぐらいの奇跡は、ごくごく普通に、それこそおはようの挨拶ぐらいのレベルで起こしますよ」


「ラッキーって、奇跡って、いったい―――?」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに半周回ってむしろ哲学的な思考すら浮かんでしまう。

 そんな有様を見て黙っていられなくなったのか、由香子が呆れ声で言ってくる。


「ったく、アンタ達はまた何をくだらないことばっか言ってんのよ」


「むう、くだらなくなんかありませんっ。ラッキースケベはライトノベル、それもラブコメ作品には必須であると言っても良いぐらいの重要なファクターなんです」


「あのね、それが必須だという時点で馬鹿馬鹿しいって言ってるの。要はただのサービスシーンでしょうが? それにそういうのって女性視点からすると、妙にわざとらしいというか、あざとく見えちゃうのよね」


「由香子先輩の心は汚れています!」


「なんでそうなるのよ!」


「いいですか? ラッキースケベとは古代から創作ものに受け継がれてきた伝統なのです。言うなれば歌舞伎でいう見得、相撲でいうところの四股、みたいなものです。神聖かつ不変の所作であり儀式なのですよ!」


「いや、それを同列に語るのはさすがに各方面から怒られるだろ」


「とにかく! 私はラッキースケベの取材がしたいんですうううう。どうしてもしたいんですうううう。スケベの取材が! したいんですよう! うわあああああんん!」


 涙ながらにスケベの取材がしたいと叫ぶ女子高生。ほんと世も末だと思う。というか床に寝転んで手足をバタバタさせるな、オモチャを買って貰えない幼児かお前は。


「だいたいラッキースケベの取材ってなによ? そんなものどうやって取材するの?」


「それはまあ、先程説明したようなシチュエーションを実際に目の前でやってみせて貰えば……」


 ニコの懇願するような上目使いを受け、由香子はやれやれとばかりに肩を竦める。


「……はあ。もう、仕方ないわね」


 そう言って手櫛で髪を整え、「なんで私がこんなことを」なんてぶつくさ呟きながら俺の方へ向き直る。頬をほんのりと赤らめながら、両腕をカマーンとばかりに広げ、鼻息荒く瞳を輝かせ――


「もう本当に仕方無いんだからっ☆」

「先輩、行動と発言が見事に噛み合ってないっす」

「そんなウエルカムなラッキースケベがあってたまるか」


 蛍と俺、二人から同時にツッコミを受け、由香子もまたしょんぼりと肩を落とす。


 涙目で落ち込むニコと由香子を前に、どうしたもんかな、などと考えていると、


 ――ガラッ。


 唐突に部室の扉が開けられた。


「あ、早苗ちゃん!」


 そこに立っていた人物を見て、ニコがアッサリと表情を輝かせる。


「あ、あの、失礼します」


 ペコリと頭を下げ、遠慮がちに入ってきたのは、漫画研究部所属の早苗だ。

 そしてニコを見て驚いたように瞳を丸くする。


「あ、あれ? ニコちゃん今日は学校お休みじゃなかったの? 3時間目の休み時間にニコちゃんの教室に行ったら、姿が見えなかったけど……」


「あーと……実は今日は昼休みから来たんですよう。昨日は遅くまで小説のプロットを考えていたせいで寝坊してしまって」


「ったく、お前は。学校の授業ぐらいちゃんと受けろよな」


 俺が呆れ混じりにそう言うと「てへっ」と舌を出す。


「私の場合そういう日が結構あるので、なにか用事があるのなら直接部活まで来て貰えますか? そうすれば確実ですので!」


「ちゃんと登校するっていう選択肢は無いんだね。……でも、うん。分かったよ」


 困ったように笑いながらも早苗は大きく頷いた。


 さっき「いつもの面子」と言ったが、早苗もその中に含めてしまっても良いかもしれない。所属は漫研部のままだが、早苗は最近よくこうして文芸部へと遊びに来る。


 別に漫研部での居心地が悪いからでは無い。むしろ普通のイラストが描けるようになったことを猫目部長達はとても喜んでいるらしく、今では立派な戦力として活躍しているらしい。


 では、何故ここに来ているのかというと――


「そうだ、ニコちゃん。えっとね、今日はね、新しいイラストを描いてきたのっ」


「うわお! ありがと早苗ちゃん! 見たいです!」


「代わりに岩岡先輩たちに見て貰おうと思って来たんだけど……、こうしてニコちゃんに直接見せられて良かった」


 親し気な笑顔を浮かべる早苗に、ニコも満面の笑みで応える。


 ――と、このように。すっかり仲良しになったニコに会うことが目的らしい。


 早苗は今でも、ニコの小説に登場する(予定の)キャラのイラストを描いて持ってきてくれる。依頼として頼んだ分はもう終わっているはずなのだが、本人曰く「少しでもニコの手助けが出来れば」ということらしい。


 もちろんそれも本心ではあるのだろう。でもきっと、それだけではない。

 頬を上気させながらスケッチブックを取り出す早苗を見ていると分かる。


 きっと――自分が描いた絵を相手が喜んでくれる――それが早苗自身も純粋に嬉しいのだ。


 今まではおっさん趣味全開という少々ニッチなイラストしか描けなかったのだから、こういった経験は始めてなのかもしれない。イラストを見せている時の早苗は本当に嬉しそうだ。


 健気で友達想いで純粋で、今時珍しいぐらいの良い子、なんだろうな。


 笑顔が戻ったおかげで地味な印象も薄れ、もともとの顔立ちの良さもあって男子連中の間では最近可愛くなったと評判らしい。


「わあ、今回のキャラも可愛いですね!」

「えへ、あ、ありがと……」


 頬を染めて喜ぶ早苗。見ているこっちまでが嬉しくなるような光景。

 ――なのだが。


「で、でね? この子の前世の名前は十兵衛といって、世間にその名を轟かす大剣豪だったの。白髪と髭が似合う老練なおじさまだったの! でへへ……」


 うん、本当にこれさえ無ければなぁ。


 まるで、某有名野球ゲームの『サクセスモード』で、奇跡的なステータスのキャラが出来たにもかかわらず、最後の最後で「ムード×」とかついてしまった時のような。


 ものすごく残念なものを見るような心境で早苗を見ていると、その視線に気づいたのか早苗がどこか恥ずかしそうに俺を見返してきた。


「あ、あのその……岩岡先輩も、見たいですか?」

「え? あ、いや……」


 別にそういうつもりで見ていたわけじゃないのだが……まあ、早苗の描くイラストは相変わらずのハイクオリテイだからな。


「ああ、見せてくれるか」


 俺がそう言うと、早苗はぱあっと表情を輝かせる。


「はいっ! 見てください!」


 満面の笑顔を浮かべ、まるで子犬がしっぽを振るかのようにパタパタと駆け寄って来る。

 と、その時。


「――きゃあ!」


 突如、早苗が何もないところで盛大に足を滑らした。


「あぶねえ!」


 バランスを崩し前のめりに倒れそうになる早苗。その身体を受け止めようと、俺は咄嗟に椅子から腰を浮かせ、限界まで手を伸ばす。そして。


 ――もにゅん。


「あ、ありがとうございま……って、え?」


 なんとか俺の助けが間に合い、倒れずに済んだ早苗。しかし自らの置かれている状況を確認すると、眼鏡越しの瞳をさらに大きく見開いた。


 はい。そうです。大方の予想通り。


 俺が早苗へと伸ばしたふたつの腕。片方は左肩を押さえているものの、もう片方は――早苗の胸を下からしっかりと支えていた。


 同年代の平均サイズを大きく上回っているであろうその膨らみが、未知の柔らかさと確かな重量感を持って俺の手の平に収まっている。


 早苗の硬直した表情がみるみるうちに真っ赤に染まっていき、


「あ、あのあのあのあの、てててててて手が――!」

「わ、悪い! わざとじゃないぞ!」


 早苗が勢いよく身を起こし離れていくのと同時に、全力で手を引っ込める俺。


「わ、わたし……すいませえええん! とんだ失礼を!」


 怒るどころか何故か頭を下げ始める早苗に俺も慌てて頭を下げ、


「いえいえ! ここここちらこそ、この度はたいへん結構なものを――」

「ほほう、何が()()()()()()なのかしらあ?」

「ひいいいっ!?」


 ぴたりと背後へと忍び寄る殺意(由香子)に、思わず悲鳴が漏れた。

 ち、近い! そして怖い! なんか振り向いたら石にでもなってしまいそうな気がする。


「ご、誤解だ! いまのは偶然――」

「そう偶然! 不可抗力! そう言い張れることがラッキースケベの魅力であり全て! 例えそこに実は薄汚い下心があろうとも、ラッキーの名の下に全てが許されるのです!」

「ニコお前少し黙れ!」


 ニコのいらぬフォローのせいで更に眼つきを険しくする由香子。

 膨らんでいく険悪な雰囲気に、早苗が間に割り入ろうと再び駆け寄ってくる。


「あ、あのあの、岩岡先輩は私を助けようとしてくれたただけ――って、きゃあああ!?」


 だからなんで何もない所で転べるんだ!


 まるでスケ―トリンクの上を全力疾走してすっ転ぶかのように。見事な滑り様を見せた早苗の身体は空中でくるりと前転すらして(なんで!?)、足先から俺の上へと倒れ込んで来た。


「うわああああ!?」


 盛大な物音を立て、周囲のものを巻き込みながら、俺と早苗は重なるように倒れ込む。


 舞いあがる埃の中、衝撃と激痛のために閉じた目をうっすらと開けると――


 目の前には妙に滑らかな肌触りの生地。

 一瞬遅れて自らの置かれた状況を理解し、俺は急激に顔が熱をおびていくのを感じた。


 目の前にあるそれは――――早苗のパンツ。


 頭全体をスカートに覆われ、どストレートに表現するならば、まるで顔面騎乗位のような体勢。羞恥と激昂の声が重なる。


「き、きゃああああああああああああああああ!?」

「ゆうすけえ! アンタなにやってるのよおおおおぉぉ!」


 なにをやってると言われても、俺は完全に被害者なのだが!?


「あ、あわわわわ………すすすすすすすいませええええん!」


 目をぐるぐると回し、恐らくは混乱のあまり身体をどかすことすら出来ずにいる早苗。


 いや、絶対におかしい。さすがにこれはおかしいだろう。二回も立て続けにこんなことが起きるはずがない。本当に超常的な力でも働いていない限りはこんなことには――


 ん? 超常的な力―――って、オイ、まさか。


 顔にかかっているスカートを手でどかし、仰向けの体制のまま頭上を見上げる。


 そしてそこにはあったのは。


 興奮した面持ちで、涎を垂らしながら、愛用のウサギメモに喜々としてペンを走らせるニコの姿だった。


 ――こ、こいつ!


 俺の射殺すような視線に気づいたのか、ギクリと身体を強張らせ顔を逸らすニコ。そして鳴らない口笛を吹きながら、ひとことボソリ。


「いえいえ私は――ナニモシテマセンヨ?」


「ほほう、俺はまだ何も言っていないんだが。まるでなにか心当たりでもあるかのような反応だな?」


 うぐっ――と、自らの失言を悔やむかのようにたらりと汗を流す。


「……ニコちゃん?」


 ニコの様子を見て、早苗もさすがに気付いたようだ。


 ニコが例の力を使って、このラッキースケベを引き起こしている―――ということに。


 真っ赤にした頬をぷくりと膨らませ、ニコをじろりと睨む早苗。彼女にしては珍しく相当怒っているらしい。というか早くどいてほしいんだけど。


 由香子と蛍だけが怪訝そうに眉根を寄せる中、視線を逸らしたままのニコが口を開く。


「えーと……そう! だからこれはあくまでラッキーなのですよ! ラッキーとは人為的な力の及ばない超常現象なわけだから、つまりは誰も悪くないわけで――」

『思いっきり人為的な力が働いてるよねえええええ!』


 飛びかかった俺と早苗の二人から左右の頬を引っ張られ、ニコの悲鳴が響き渡った。




ありがとうございました。

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今後のモチベーションとさせて頂きます!

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