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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第八章
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第四話 壷の魔神の物語Ⅲ

西日本に広がる飢饉は、日に日に状況が悪化していった。

人々は深刻な食糧不足に悩まされ、米の価格が例年の三倍を越える頃には、少なくはない餓死者が出る迄となっていた。

その中にあって、穂積の真人の治める所領は窮乏とは遠い状況にあった物の、それも、近江や、美濃の国で田畑を捨てた農民達が、山城を超えて、大和の国に流れ込んで来た事で状況が変わっていた。

真人の所領に、大勢の難民達が押し寄せて来たのだ。


餓えて死に瀕する人々を、ただ追い払うことは出来無かった。

それをする事は、ただ人を救う為だけに生きて来た彼の本性が許さなかったし、何よりこの星の人々とは情を交わし過ぎていた。

けれど、大量の難民を受け入れる事は、道連れとなって共に沈む事を意味する。


真人は自らの領民に難民を救う事を禁じ、その代わりに、自らの屋敷と倉を開き、その全てを供出して、なるべく沢山の難民が救われるよう取りはからった。

領民の中には、真人に習って難民に施しをしようとする者も現れたが、真人はこれを厳しく禁じた。

これから冬を迎え、状況が更に悪化する事が予想出来ていたからである。

苦肉の選択だった。

初めから、全てを救う事が出来無いのは明らかだった。だから先ず、自分の領民達に生き残って欲しかったのだ。

真人は、屋敷も領地も全てを売り払うと、それを全て食料に換えて難民に与えた。

その代わりに、領民からは決して取らぬようにと約束をさせ、自らは妻と共に、元住んでいた山の中の屋敷に帰ってしまっていた。


使用人達には充分な金子を与え暇を出した。

妻の乳母だった老女は既に亡くなっていて、二人きりに成ってしまっていた。

相談無しに事を運んだことを真人は詫びたが、妻の美咲は首を振った。

「あなたは、人に出来得る最良の事をこの地に施しました。私は、あなたさえ居てくれたらそれで充分です」

そう言って、妻は笑ったのだ。

かつて星の英雄だった男は、全ての物を無くしていた。

そして今、ようやく得たささやかな領地さえ手放していた。

けれど、真人の手元には、何よりも尊い宝が残っていたのだ。


この星で生きよう。

この者と共に生きよう。

真人は改めて決意していた。生まれて初めて、幸せと言うものを味わっていた。

何も無かったが、これ以上無い充足感を感じていた。


「また、一から始めれば良いではありませんか」

美咲は返ってさばさばとした様子で、昔に戻ったように嬉嬉として真人の身の回りの世話をしていたものの、しかし状況はそれを許さなかった。


穂積の真人に習え。

冬が明けて、朝廷から、そうみことのりが発せられていた。

一人でも多くの民を救って下さい。

帝から直々に、真人に詔勅が下っていた。

自分に出来る事は、もう何もありません。

真人はそう言って固辞したが、それは許される事は無かった。

何故なら彼は、生まれながらの英雄であったのだから。


家屋敷、領地、領民が彼に返され、真人は呆然としていた。

魔神とも呼ばれた真人だったが、無から有を作り出す事は不可能なのだ。

人を救えと言われても、飢饉への回答は一つだけで、それは、一定以上の人の命を諦める事だったのだ。

けれど、妻が彼の背中を押して、真人はその困難な戦いに挑み始めた。

流通を改善して、海や山の収穫物を広く人々に行き渡らせた。

大陸と貿易をして穀類を輸入した。

けれど、全ては焼石に水の様だった。

食べられる物は何でも食べ、普通では食べる事が出来無い物も食べる工夫をして、そして、遣るべき事が全て無くなっていた。


酷い有様だった。

全ての人が餓えていて、地方では、死肉喰いが始まっているとも聞いていたが、真人はそれを取り締まるべきかを悩んでいた。

一定以上の人の命を諦めれば済んだ筈だったのに、結局それが出来ずに、全ての人が死にかかっていた。

それは、無敵の魔神と恐れられた彼の、初めての敗北だった。

それまでは、どんな窮地も必ず覆せた筈だったのに、今回ばかりはどうにもならなかったのだ。


二人の子供達が、この場にいない事だけが幸いだった。

後は妻の腹の中の子を、どうやって助けるか。

そればかりを考えて空を見上げていると、何故か高天に、沢山の白い花が咲いているのに気が付いていた。


   ◇   ◇   ◇


ふわりと花の香が薫る。

それは、季節外れの橘の花の香りだった。


『お父様!』


そう言って、帰って来ない筈の娘が抱き付いて来る。

たった半年で、見違えるほど美しくなっていた。

「美帆・・・」

自分の代わりにと、彼の世界に差し向けた娘だった。

娘の気性から戻るのは数年後、場合によっては数十年後と踏んでいたのに、予定通り半年程で帰って来てしまっていた。

心配になって娘を見ると、一緒に星の世界に送った側女が首を振る。

「姫様は、お館様に代りその責任を果たされました」

「たった、半年でか!?」

驚く真人に息子が頷く。

出発の時はあどけなさが残る少年だったのが、立派な男の顔になっている。

全ての顔に充足感があって、真人は自分の子供達が立派に務めを果たした事を確信していた。


「では、あれは一体・・・」

高天に咲く花の様に見えるのは、落下傘で降下する物資の類だと気が付いていた。

「実は、ワールドの合成食品産業を壊滅させてしまったんです。腐らせるにはもったいないから、責任を取って少し持ち帰れって、ミリンダが・・・」

「では、あれは、食料なのか?」

驚く真人に姫が頷く。

「こちらでは飢饉が起こっていると伺っておりましたので、丁度良いと思ったのですが、ご迷惑でしたか?」

とんでもない。

真人はそう言って首を振った。

そんな取って付けた様な話で無い事は明らかだった。

光の速度を超えて質量を送る事は途轍もないエネルギーを要するのだ。

少なく見積もっても数万トンは有りそうだった。真人は自分が、子供達に救われたことに気付いていた。


「おや、懐かしい顔があるじゃないか」

そして真人は、姉弟の後ろに隠れていた、五歳位の少年を見つけていた。

年格好が違っていても、彼はそれが自分の近しい係累である事に、一目で気付いていた。

真人は少年が何かを言い掛けるのを止め、優しい笑顔で言った。

「先ずは家に上がりなさい。旅は疲れただろう。ゆっくり休んで、全てはそれからだ」

そう言って、子供達の帰還を妻に知らせるために、屋敷に上がってしまっていた。


   ◇   ◇   ◇


それは、壷の魔神の物語だった。

全てを失って、全てを得る事が出来た、一人の男の物語だった。

そして物語は、彼の子供達に受け継がれて行く。

膝の上で語られる彼の物語は、いつの時代も、奇蹟は人の心が起こすのだと教えているのだった。

本編はこれで終了です。

読んで下さった方、お付き合い下さり本当に有難うございました。

近々にエピローグを付けて、それで完結とするつもりです。

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