第三話 終結 後編
「彼は偉大な指導者だった。彼はこの世界に置ける特別な人物なのだ。それを悪く言われる事には、正直腹立ちを覚える」
「すみません。あたしも父の事は大好きで、尊敬もしているんです。ただ、皆さんの崇拝とも思える尊敬の仕方には少し違和感があって・・・」
謝る橘媛に、ハインドは首を振って言った。
「すまない、こちらこそ八つ当たりだった。君の言う通りだ。あの時の私は、ファウストの遣り過ぎを憂いていた。誰かが彼を止めなければならないと考えたのだ」
「ですから、仕方が無かったのだと思います」
橘媛は言った。
「あなたは敵と結託して、父は追放され、そして、この世界は平和を手に入れました」
『堕落と停滞だ!』
ハインドが怒鳴って、姫は首を振った。
「それは結果論です。あたくしは、あなたがこの世界で行った経済施策を支持致します。あなたは人に出来得る最良の事を、この世界に施しました」
『ならば君は、私が悪く無かったとでも言うつもりかね!』
それはまるで、自分を罰して欲しいとでも言っているようだった。
「はい。あなたは何も悪くはありません」
そして、姫が当たり前のようにそう言うのを聞いて、ハインドは呆然とした。
「莫迦かね君は。私は君の父親を壷に詰めて、島流しにしたのだぞ?」
「おかげさまで、あたくしと弟は、この世に生を授かることが出来ました」
それを聞いて、ハインドは床に座り込んでしまっていた。
◇ ◇ ◇
量子もつれの放出が終わって、橘媛がベッドから身体を起こしていた。
弟がそれを支える。
そして床に降りて、放心するハインドの前に跪いた。
「さぞやお辛かった事でしょう。あなたの目的は、世界の人々の恨みを一身に受けて自らを犠牲とし、そして、父にバトンを渡す事だったのですね」
『違う! 私は!』
姫は首を振った。
「すみません。いくらあたくしでも、あなたを救う事は出来ません。それをしたら、あなたの二十万年が全くの無駄になってしまいます」
姫が弟に目配せをする。
緋色が頷いて、ハインドの後ろに回り込んだ。
「ハインドの名には、このままこの世界の礎となって頂きましょう。けれど、あなたをこのまま死なせることは致しません」
緋色が後ろからハインドのフードを降ろすと、そこには醜く変形した容貌が現れていた。
『待て! これに、触れてはいけない!』
姫が変形した顔に触ろうとするのを、ハインドが拒む。
「父より、敵は精神に寄生するのだと聞いております。抵抗する事は酷く消耗するのだとも。けれど、司書の話では封じ込める研究も進んでいるとか」
『あくまでも可能性の段階なのだ。幾つもの都合の良い条件を満たしたらの話で、一度人の心に寄生した物を分離するなど、可能性は無きに等しい!』
けれど、橘媛は笑っていた。
「ご存じ無いかも知れませんが、あたくし、可能性の話だけは、少しうるさいのですよ」
そして司書を呼び出して、精神寄生体を拘束する為のプログラムシェルの準備をさせていた。
◇ ◇ ◇
事が終わって部屋を出ると、そこにはメナンドロスが待っていた。
ハインドの部下達の目的は、ハインドと姉弟を誰にも邪魔されずに話し合いをさせる事で、だから怪我をした者は誰もいなかった。
「ハインドは?」
訊ねる公主に姫が首を振る。
「彼は自害して消えてしまいました」
沈痛な面もちでそう答える。
そうやってハインドは、ワールドに置ける汚名を一身に背負い、世界の礎となったのだ。
けれど、その部屋からは、姉弟に続き五歳位の男の子が現れていた。
「・・・その子は?」
聞かずとも、それが誰なのかはその場にいた全員が分かっていた。
そして姫が答える。
「穂積次郎です。あたくしの新たな弟です」
◇ ◇ ◇
名実共にワールドを手に入れた橘媛が望む事は一つだけだった。
ワールドの議決権を広く民衆に分け与える。
けれど、これにメナンドロスは反対した。
「こうした権利は、ただ与えるだけでは駄目なのよ。政治に参加する意味を教え、その権利を、自ら望んで勝ち取るようにし向けなくてはいけないの」
メナンドロスは、そう橘媛に教えていた。
「議決権を民衆に与え、広く意見を集める事は尊い事だわ。けれど、自覚の無い民衆の意見を、ただ集めても意味は無い。意見を集合させて、より良い意見とする為には、まず教育が必要なの。そうしないと、衆愚政治に陥ってしまうのよ」
そうした上で、メナンドロスは民衆への教育を、自分達に任せて貰えないかと姫に提案した。
一朝一夕に出来る事では無い。
民主政治を正しく花開かせる事は、簡単そうでいて、実は相当に困難な道のりなのだ。
だからこそそれを、自分達にこそ任せて欲しいと、メナンドロスは姫に願ったのだ。
「この世界をきっと、弟橘媛の命に釣り合う世界へと変えて見せましょう」
ブランディッシュの皇帝がそう約束して、彼らにこの世界を託す事が決まっていた。
橘媛は、自らの世界へに帰る事となったのだ。
姉弟がこの世界に来て半年が過ぎ、ゲートが再び開いていた。
橘媛はこの世界に身を埋める覚悟だったが、メナンドロスは笑って言った。
「だって、あなた未成年じゃない。良いから今は帰りなさい。この世界はあなたを必要としている。けれど今は、あなたは、あなた自身を教育していらっしゃい」
それは、メナンドロスの優しい心遣いだった。
そして今、姉弟に帰還の時が訪れていた。
ようやく終結しました。
そして、エンディングです。
もう少々、お付き合いをお願いします。




