第二話 終結 中編
「何から説明して行ったら良いだろうね」
橘媛がメンテナンスベッドに横たわると、しばらくして姫の胸の辺りから蒼い光の様な物が立ち上り始めた。
それを興味深そうに眺めながらも姫が提案する。
「それなら、あたくしがこんな事が合ったのではないかと言う予想をお話しして、それを訂正して頂くと言うのではどうでしょう?」
「ほぅ、それは面白い」
ハインドは黒いローブの奥で笑った様子だった。
「けれどその前に、貴女がその予想を作った根拠を伺っても宜しいかね?」
「それは、あなたがこのワールドで行ってきた経済施策です。地球では、未だこの分野の学問が確立されていなくて、父が経済の教材として使ったのがワールドに置ける経済施策でした。つまり、あたくしの経済の先生は、父であり、あなたでもあったのです」
◇ ◇ ◇
総督府のA・Iは、橘媛がハインドに変わる総指令となった事を認めていた。
ハインドは様々な抵抗をしたようだったが、それは全てが無駄に終わっていた。
何故ならハインドはファウストの代行に過ぎず、名目上は現在までも橘媛の父が司令長官だったからだ。
そして橘媛は、父のワールドに置ける全ての権限を引き継いでいた。
結局、橘媛に必要だったのは、自ら決意する事だけだったのである。
けれどハインドは、指揮コード(指揮権)の引き渡しを拒絶し、総督府に立てこもった。
総督府前でファーストオーダーズと呼ばれるハインドの仲間と、橘媛の八十の仲間が対峙してにらみ合いとなり、ハインドの要望によって、橘媛と緋色だけが総督府に通される事になった。
菜々香が姉弟に付き従い、魔神の二番目の複製体であるサードが道案内をする。
姉弟が通されたのは、以前にも訪れた事のある、魔神のメンテナンス・ベッドが有る部屋だった。
部屋の前で菜々香が頷くと、サードがそれに習う。二人はそこで立ち止まった。
そして部屋の中で、ハインドと姉弟の最後の対決が始まっていたのだ。
渡した鍵を使ってくれたら良かったのに。
メダルを使って転送で来てくれたら、こんな大げさにしなくても済んだ。
ハインドは笑ってそう言った。
そして、橘媛にベッドを使うようにと指示し、姫は素直に従った。
能力を使った事で、姫の内には沢山の量子もつれが貯まっていたのだ。
ハインドは終始穏やかで、争う様子は微塵も無かった。
それは、予定されたセレモニーだったのだ。
「此処に来るのは、君達の父親であった筈なのだ」
ローブを被ったハインドの表情は読めなかったが、それでもその声には、彼の無念の思いが感じられていた。
全てを語ろうと言って話し出したハインドを遮り、そして、橘媛が自分が代わって説明すると言い出していた。
◇ ◇ ◇
「多分あなたは、敵と裏取引をしたのだと思います」
姫がずばりと切り出していた。
「参考までに、それが私の、どの経済施策に現れていたのかを聞かせて貰っても構わないかね?」
ハインドの言葉には面白そうな響きがあった。
「前線の防衛費です」
姫が当たり前のように言う。そして司書に、ワールドの防衛費支出をホログラムで表示させた。
「前線に置ける防衛費は、敵とどれだけ衝突したかや、その規模が現れます」
ハインドが頷いて、姫がグラフを操作し始める。
「過去の防衛費を眺めると、一見ランダムに見えるのですけど、あなたが父と代わった月を基点に、四十七ヶ月毎に平均を取ると、何故か二十万年の間、全く同じ額になっているのです。誤差はプラスマイナス0.3%以下です」
『何てこった!』
ハインドは、同じ高さの棒グラフが並ぶのを見て、大声を上げていた。
「まいったな。これは、全然気が付かなかったよ。連中も雑な事をしてくれる」
そう言って可笑しそうに笑い声を上げる。
「確かにこんな図を見せられたら、全く申し開きが出来無いな。その通りだよ。私は今も敵と通じている」
多分、彼自身も、それを話す積もりであったのだろう。あっさりと、それを認めていた。
「そして、これはあたしの感みたいな物なのですけど、あなたは、父を敵から隠そうとしたのではないですか?」
「君の言う通りだ。奴らはファウストを要求してきた。けれど、彼の力は特別の物だ。何かあった時の為にも決して渡す訳には行かなかった」
それを聞いて、姫はほっと溜息を吐いた。
「それが分かれば後は簡単です。父は、余りに急ぎ過ぎた。自分が出来るのだから、他の人にも出来るのが当然と思い込んでしまった。父の悪い癖です」
「ああ、その通りだ」
ハインドが頷く。
「戦争とワールドの建設を、同時に進めるだなんてどうかしてます! 当時の人々の、怨嗟と悲鳴が聞こえるようです」
自分の父親を糾弾する姫を、ハインドが驚いたように眺めていた。
「けれど、その理由が、戦争の犠牲者を救う為なのですから、人々は誰も反対する事が出来無かった。父の事ですから、誰かが反対理由を挙げても、直ぐにそれを解決してしまったのでは無いですか? 結果、人々は馬車馬のように働かされて、疲弊してしまったのだと思います」
「あ、いや、そこまで酷くは無かったと思うよ。当時の人々は彼の理想に共感して、彼と共に歩む事を選択したのだから」
思わずファウストを庇い立てする自分に苦笑して、そして付け加えた。
「うん、けれど、当時の我々が疲弊していたのは事実なんだ」
橘媛が、そら見たかと言う顔をする。
いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
「父の言う事はいつも正しい。だからこそ質が悪いんです。しかも、負ける事を知らないから、弱い人の立場で物事を考えることが出来無い」
でも、姫のその言葉を、ハインドが遮っていた。
「自分の父親を悪く言うものでは無い!」
ハインドの言葉には、明らかな怒りがあって、姫をぎょっとさせていた。




