第一話 終結 前編
「姉さん、どうしたんだよ?」
いきなり大声を上げる橘媛を弟が心配するが、その言葉は姫には届いていなかった。
銀河帝国を平らげると菜々香は言っていた。
多分、菜々香がやろうとしていたのは、ワールドの中核たる連邦総督府を財政的に追いつめ、破綻させる事だろうと見当が付いていた。
橘媛の父の資産は、百万年分の総督府長官としての俸給と、複利の利息とが原資となっていて、これはワールドの経済全体の8%を占める迄となっていた。
けれど、全く使われる当てが無く、ただ潤沢に積み上げられるだけ積み上げられたこの資産は、ワールドの経済において、資金の流動性を確保すると言う重要な役割を果たしていた。
どう言う事かというと、あちらこちらでショートし掛かっている総督府の資産運用の一時金として、便利に使われていたのである。
これだけの資産があれば、総督府を追い詰める事は容易と言うよりも、魔神の資産を市場から引き上げ、凍結を宣言するだけで、総督府の財政をデフォルトさせる事が可能だった。
初めからワールドの命運は、橘媛の掌の上にあったと言って良い。
けれど、この方法は使えなかった。
何故なら、総督府を財政的に破綻させる遣り方は、ワールドを大恐慌に陥れるのと同じだからである。
戦争を始めるよりもこちらの方が、余程沢山の人の命を奪う可能性が高い。
市場が巨大である分、影響が何処まで波及するかが読めないのだ。
けれど、平らげるの意味は、決して敵を撃破して平定するだけの意味では無い。
今現在、魔神の資産は橘媛の資産運用によって、ファンクションレートが52.84を示していた。
これは元の8%の、52.84倍。
理論上、ワールドの経済全体を四セット購入出来るだけの資金が、姫の手元には有ったのである。
橘媛は、これを使ってワールドの経済全体を丸ごと飲み込む。つまりは、平らげる事が出来るのではないかと思い付いていた。
「マルティエ! ミリンダを呼び出して。あと、皇帝に面会のアポイントを!」
◇ ◇ ◇
「つまり、総督府に経済的な圧力を掛けて、議決権を放出させると。でも、本当にそんなことが出来るの?」
メナンドロスの問いに姫が頷く。
司書の黒猫が現れて、代わりに説明を始めていた。
「十八万年前、ワールドは千一票の議決権を設定し、五大代表惑星にこれを購入させる事で、独裁から議会制へと移行しました。しかし、これの本当の目的は、経済危機を乗り越える為に纏まった額のキャッシュを手に入れる事でした」
メナンドロスが苦い顔をする。
「あの時はまんまと騙されたわ。ハインドは五大惑星に百票づつの議決権を購入させ、五百一票を手元に残した。拒否権が有るのだから、実際は何も変わらなかったのよ」
猫が続ける。
「総督府が実権を持つ合成食料産業が傾き、現状は十八万年前の経済危機に近付きつつあります。総督府のレゾンデートルは天の川銀河を外敵の侵略から守る事にあり、このまま行くとUー4301領域の最前線を維持出来無くなる可能性が有るのです。これは、総督府の最大の資産である、議決権を手放さざるを得ない状況と言えます」
司書が説明を終えて、メナンドロスが頷いた。
「つまり、美帆がそれを手に入れると。でも、本当にそれで良いの? それを手にしたら、あなたはもう、稀人の立場では居られないのよ」
「覚悟の上です」
橘媛は頷いた。
「それでもあたくしは、ワールドを手に入れます」
そして、そう宣言した。
「わかりました。その覚悟がお有りなら、ブランディッシュの持つ議決権百票は、お姫様に差し上げましょう」
皇帝が重々しく頷く。
「いいえ、そちらの議決権は供託と言う形にして頂ければ、それよりも、あたくしがお願いしたいのは・・・」
「分かってるわ」
メナンドロスが姫を遮った。
「総督府が議決権を放出すると言っても、二百票が限度でしょう。三百一票を残し、ラジャスタンとパリヤーナが持つ二百票と合わせて、発言力を維持しようとする筈だわ。だから、私達がやらなくてはいけないのは、クジャラートの百票を固めるのと、」
「パリヤーナの百票を寝返らせる」
皇帝がメナンドロスの言葉を引き継いだ。
「任せなさい。あそこは形だけとは言え、一応は議会制民主主義を敷く国だ。世論を煽って遣ればいくらでもふらつくし、何より義はこちらに有る。遣り様は幾らでも有る」
皇帝は頼もしくそう言い切った。
「パンジャーブの百票も美帆に上げるわ」
「ですから、そこは供託と言う形に・・・」
橘媛が首を振るのを、けれどメナンドロスが遮って言った。
「受け取って。そして、どうか貴女がワールドを手にしてちょうだい」
◇ ◇ ◇
そして一週間後。
橘媛は四つの星の王の信任を受け、ワールドという世界を平らげていた。
ようやく最終章です。
この章で完結する。筈です。




