第七話 決断 後編
「帰るって・・・、所で、菜々香はどうやってこの世界に来たの? ゲートが開くのは、未だ二週間も先なのに」
「反対周りのルートを使いました」
姫の質問に、側女はそう答えた。
橘媛が使ったルートは、星々の潮汐によって、次のゲートが開くのは確かに二週間後だった。
けれど、地球からワールドに向けての転送ルートは一つだけでは無かった。側女はそうした別ルートを使って、ワールドに辿り着いたと説明した。
「待って。あたしも調べたけど、そんな都合の良い別ルートなんて無かった筈よ・・・」
司書を呼びだして、スターチャートを表示させる。
菜々香の使ったルートを表示させて驚いた。姫のルートが地球とワールドとをほぼ直線で結んでいるのに比べ、側女のルートはワールドから一度遠ざかり、銀河の外周をぐるりと三分の二も回って来るという壮大なルートだったのだ。通過するゲートもジャンクションも膨大な数で、その距離も十五万光年を越えている。思い付いても簡単に実行に移せる物では無い。
それに、銀河辺境は治安も悪いと聞いていた。
決して簡単な旅では無かった筈だ。
「姫様の為ですから」
そんな風に言われると、また涙が流れそうになってしまう。
帰りましょう。
側女は再びそう言った。
帰りのゲートは、ハインドが介入して来る可能性が有る。けれど、菜々香のルートなら彼を出し抜いて、今すぐ安全に帰る事が出来ると言う。
でも、橘媛は首を振った。
「あたしは帰りません」
側女が付いていてくれてる所為か、それとも沢山泣いた為なのか、先程まで、もうどうなっても良いと、投げ遣りに成っていた姫の心がとても穏やかになっていた。
だから、とても穏やかな心で決断が出来た。
「姫様にも緋色様にも、決して戦争はさせません。菜々香の言葉は、御館様の言葉とお心得下さい」
「それでもこのまま、途中で投げ出す事は出来ません」
「もう姫様に出来る事は何も有りません。姫様はお役目を果たされたのです」
けれど橘媛は首を振った。
「戦争が始まってしまったのなら、今度は終わらせる為の努力をしなくてはいけないわ。それに、戦争になったと言っても、まだ一発の銃弾が撃たれた訳でも無いし、誰かが死んだ訳でも・・・」
橘媛は、自分自身のその言葉に驚いていた。
「・・・無いんだわ」
◇ ◇ ◇
諦めるには早すぎる。
姫は、漸くその事に気が付いていた。
「あたしには、未だ出来る事が有る」
口に出すと、それが真実であることが理解できた。どん底に落ち込んでいた心が、沸き立って来る。
「ブランディッシュの人達を励ます事だって出来るし、他の国の世論に訴える事だって出来る。そうよ。残る二カ国がどう動くかで、ブランディッシュが取れる方策が随分と違ってくるもの。それに、外殻に住む人達に応援を求める事だって出来るかも知れない。勿論、財政的な援助だって忘れちゃいけないわ。投資で資産が随分と増えているから、これを使えば皇帝を応援するだけじゃ無く、ラジャスタンに圧力を掛ける事だって出来る・・・」
落ち込んでいた自分が莫迦みたいだった。
「なんだ・・・、出来る事も、遣らなくちゃいけない事も、沢山有るじゃない!」
ふと気が付くと、側女が自分の主を見ながら微笑んでいる。
そして、橘媛はようやく悟っていた。
彼女は姫にそれを気付かせる為に、父の命を破って自分の前に現れたのだと。
「私は、何もお手伝いは致しませんよ」
菜々香は笑ってそう言った。
それは、意地悪でも、嫌がらせで言っているのでも無いのだ。
何故なら彼女は、自分の知る全てを、既に橘媛に教えているからだ。
姫はそれを思い出すだけで良かったのだ。
「決して考えを止めてはいけない。女性であるあたしは、腕力の無い分を知恵を賄わなくてはいけない。考えを止める事は、勝利を放棄した事に等しいわ」
姫が言って、菜々香が頷く。
「状況は刻々と変化して行く。有利の元となる条件が不利に転ずる事が有るし、また、その逆だって有り得る。常に新たな情報で考慮して、見極めを行うこと」
菜々香がまた頷く。
「天は自ら助くる者を助く。自分の出来る全ての努力を行ったかを、常に自分に問い質しなさい!」
それを聞いた菜々香が微笑んで、橘媛は、ようやくいつもの自分を取り戻していた。
彼女が遣るべきは、側女の助けを請う事ではなく、自分の中に彼女の姿を思い浮かべる事だったのだ。
「ならば、先ずはお食事に致しましょう」
側女は優しく微笑んでそう言った。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
橘媛がそう言って、側女がまた笑う。
「戦争はさせませんけどね」
◇ ◇ ◇
緋色を呼んで、三人で食事を取る。
菜々香の重箱には、高菜の塩漬けで巻いた、沢山のお握りが詰め込まれていた。
「めはり寿司だ!」
それは大和の国の郷土料理で、姉弟の大好物だった。二人でそれを争うようにして食べる。
意外にも、緋色は菜々香が現れたのを余り驚かなかった。
それ所か、笑ってこう言ったのだ。
「姉さんのピンチには必ず現れるから、そろそろ出番だと思っていたよ」
「もう、緋色ったら」
茶碗蒸しをお代わりして、いのこ餅を食べたら、姫はお腹がきつくなって動けなくなってしまっていた。
菜々香は、姉弟に柿の葉で作ったお茶を入れて、旅の話をしてくれていた。
何度も盗賊や宇宙海賊と戦って、これを懲らしめたらしい。
どんなメイドだと思って呆れたが、菜々香の言う事なのだから嘘では無いのだろう。
だって、彼女は幼い頃に父に拾われ、父に育てられた、魔神の一番弟子なのだから。
彼女は父が養女にすると言うのを断って、橘媛の側女に成ることを選択したのだ。
とは言っても、家の者は皆家族だと思っていて、彼女は血の繋がりが無いだけで姉弟のお姉さんなのだ。
橘媛は、常々菜々香が最強だと思っていた。
実の所、父よりも強いのではないかと思われる節もあって、この前も姫の旅立ちの時に、彼の銀河帝国を平らげて参りましょうとか言って、父を困らせていたのだ。
姫は思い出し笑いをしていた。
菜々香は滅多に冗談など言わなくて、その情熱と無類の行動力で、口にした事を必ず遣り遂げてしまう信念の女性だった。
父が直ぐ止めてくれて良かったと思う。あの時銀河は、菜々香の為に存亡の危機に立っていたのかも知れない。そう思うとおかしくて仕方なかった。
そして橘媛は、自らの回想に驚いていた。
えっ?
『銀河帝国を平らげるですって!?』
そして最後の伏線の回収です。




