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壷の魔神  作者: 坂月つかさ
第七章
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第四話 壷の魔神の物語Ⅱ

ヴェロスが監督した壷の魔神の物語は、歌劇スタイルのヒューマンドラマだった。

どちらかと言うと古くさい内容で、普通にプロデュースしたのでは、とても客が呼べる代物では無かった。

ただこのドラマは、主人公がファウストであると言う、ただその一点が全ての価値を違えていた。


ファウストはワールドの英雄だった。

彼を題材とした沢山のドラマが造られてはいたが、その殆どが名前を借りただけのフィクションで、彼を安っぽいヒーロー扱いした、軍の宣伝番組でしかなかった。

誰もが知っている英雄であるにも関わらず、誰も本当のファウストの素顔を知らなかった。


そんな中、ファウストの娘であるとされる辺境の星の少女が、自らの父親の物語を綴ったのだ。これに興味を持つなと言う方が無理な話だ。

ヴェロスは橘媛の創った物語をそのまま使う事をしなかった。

姫の原作は、ファウストが自分の子供を抱いて昔語りをするだけの話だったのを、ヴェロスは橘媛が語るファウストの人物像から、ドラマを再構築していったのだ。

それは、英雄のその後を描いた物語だった。

ワールドを追放された英雄が、辺境の地で土地の娘に助けられ、恋に落ちる。

子を成して祝福され、そして辺境の民草の一人として生きて行くことを決意する。そんな内容の物語だった。

特に中盤から最後に掛けての、橘媛の幼名に関するエピソードがヴェロスのお気に入りで、姫の他にも、司書や協力者にインタビューをした事で、当時のファウストの気持ちに迫れた物と自負していた。


   ◇   ◇   ◇


橘媛が生まれる少し前、ファウストは妻の咲姫と大喧嘩をしたらしい。

何でも橘媛の出産方法について意見が食い違ったのが原因だった。

「お館様と奥様がお揉めになったのは、後にも先にもあの時だけであったと思います」

協力者は、そうヴェロスに教えていた。

ファウストは辺境の星の医療技術を信用していなかった。と言うか、当時の地球はまだ医療技術という概念が生まれる以前の段階だったのだ。

そうした中、彼は出産が母胎となる女性に少なからぬ命の危険を及ぼすと知り、妻を銀河文明の医療が受けられる惑星へ連れて行くと言い出したのだ。

ヴェロスからすれば理解し易いと言うか、常識の範疇ともいえる判断である。

所が、妻の咲姫がこれに反対した。

彼女は自分の子に、地球人としてのアイデンティティーを持って欲しいと考えていて、その為にも、この国の普通の遣り方で子を産む事は譲れ無い事だった。それに、彼女は自分の子がこの土地に祝福されていて、無事に生まれてくる確信が有ったと言う。

それはそれで凄いと言うか、流石ファウストの妻に成るだけの女性だと思える。

「それで、どうなったのですか?」

ヴェロスが訊ねると協力者は教えてくれた。

「外の事ならともかく、家の中の事を殿方が指図するべきではありません」

「あ、そうなんだ・・・」

ファウストは離縁すると脅されて、平謝りに謝り、それでも家を叩き出されて、産屋に近付く事を禁じられたと言う。銀河英雄の面目丸潰れである。

それでも協力者は言った。

「奥様は、出産の時の苦しむお声を、お館様に聞かれたくは無かったのだと思います」

それはそれで泣かせる話だ。

まぁそんな訳で、ファウストは橘媛の生まれるまでの間、大和の国(今の奈良県)を追い出されて近江の国(今の滋賀県)に居たらしい。

この世に、自分の子の出産の時の男ほど無力は者は無く、この間のファウストは、農機具を制作して農家に配ったり、仏像を彫って寺に奉納をしたりしていたらしい。


家を出る時、ファウストと咲姫は約束を交わしていた。

無事に子が産まれた時には、近江の湖(今の琵琶湖)に船を浮かべてファウストに知らせる事になっていたのだ。

男の子が産まれたら緋色の帆を、女の子なら白い帆を張った船を湖に浮かべて、これを連絡の手段とする事に決めていたらしい。

「その時の事は今でも良く覚えています」

協力者は言った。

何故か近江の湖を、白い帆を張った数千隻の船が埋め尽くしていた。

そして、陽の光を反射しながら湖を埋め尽くす数千の真白き帆に驚き、ファウストは民に何が有ったのかを訊ねたのだそうだ。

「穂積の旦那。女の子だ! 女の子が産まれたそうだぜ!」

周辺一帯はお祭りのような騒ぎで、何とその数千隻の船は、全てがファウストに知らせを送るために浮かべられていたのだ。

聞けば、咲姫の使いが頼んだのは一隻だけであったのが、地元の漁師らが知らせる役目を巡って争ったらしい。

いつも世話になっているファウストに、知らせを送るのは自分が遣りたいと言って皆が争い、ならば、皆で遣れば良いではないかと言う話になったのだと言う。

ならば自分もと言う者が、次から次へと現れて、結局、琵琶湖を埋め尽くす騒ぎに成ってしまったと言うのだ。

手荒く肩や背中を叩かれ、沢山の祝辞を受けて、ファウストは感激して涙を流していた。

そして、供の者になぜ泣くのかと問われファウストは答えた。

「レプリカントとは人の姿をした道具のようなものだ。私は今まで、人に尽くすことが当たり前で、当然の事と考えて来た。けれどこの星では違うのだ。遣った事に対して、当然の様に感謝が返ってくる。私は人に感謝されるという事が、こんなにも嬉しい事だとは知らなかった」

この時産まれた橘媛は、この件にちなみ、幼名を美帆と名付けられた。

そして、ファウストはこの時から真人まひとと名乗り、この星の民草の一人としてこの地に生きる事を決めていた。ファウストは魔神を辞め、人になったのだ。


ヴェロスはこの話を聞いて、何としてもワールドの人々に、この事を伝えなければならないと考えた。

だからこのドラマは、ワールドに暮らす人々に対してのアンチテーゼでもあったのだ。

地球の人々はファウストに感謝を返した。

けれど、彼の創ったワールドに暮らす人々は、自分は、あなた達は、一体彼に何を返したのか?

そんなメッセージが込められていた。

ヴェロスはメナンドロスやブランディッシュの皇帝が、橘媛をファウストの代わりに据えようとしている事を知っていた。

だからこそ、伝えなければ成らないと思っていた。

自分達は、彼から奪うばかりで、本当に良いのかと。


だから、ヴェロスの監督した壷の魔神の物語を観た者は、自分達がどう生きるべきなのかを真剣に、本気で考えるように成っていた。

勿論全員では無いが、少なくは無い者達がそう考え始めた。

そして、ワールドには数千兆の人々が暮らしていたのだ。

英雄に守られ、英雄の帰還を焦がれるだけの人々が、英雄に感謝を返すために何をすればよいか考えるように成っていた。

ワールドの民が自立を求めて模索し始めていた。


そして、十五歳の少女はそのお手本だったのだ。


ようやくここ迄来たかと言う感慨に、少し放心しています。

自分にとっては、このエピソードを入れるか入れないか、入れるとしたらどんなタイミングでどんな話にするのか。それをずっと考えていて、それがこの小説の鍵となると思っていました。

とは言っても、そんな大層な物でもございません。

読んで下さっている方がいると言う事が支えになっていて、読んで下さっている方の為に物語を綴っています。

ここ迄来ればあと少し。さぁラストスパートです。

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