第三話 逃亡 後編
戦闘用ドロイドを失った宇宙船はプラント衛星から離れつつあった。
ラジャスタンの青年将校は、橘媛を生きたまま捕獲する事を諦め、主砲で衛星を破壊する事を決めていた。
後で部下に死体探しをさせる積もりで、要は、姫のDNAが採取できれば良いと考えていたのだ。
戦艦の艦首主砲を撃つ事は独特の高揚感伴う。
必殺のエネルギーで敵を撃破する事には大きなカタルシスがあって、それは、書記長の三男として身の丈以上のプライドを持つ将校にとり、面目を潰された事に対する正当な復習の権利だったのだ。
不意に、何処かで金属音が響いていた。
ハンマーで何かを叩いた様な音がブリッジを木霊すると、辺りを照らす照明が消え、非常灯に切り替わる。そして、何故か宇宙船のジェネレーター出力が低下して行った。
◇ ◇ ◇
着弾の衝撃エネルギーを、矢の先端に取り付けられた鏑が強力なECMに変換する。
魔神の鏑矢はエネルギーフィールドを中和して、宇宙戦艦の電磁防壁を突き抜けていた。
余剰エネルギーが単結晶矢本体に時間停止効果を掛け、そのまま戦艦の装甲を貫いて行く。
矢は、居住区画と幾つかの隔壁を貫いた後、エンジンブロック手前の制御室でコンソールに突き刺さり、電磁パルス発生させた。
これによって魔神の矢は、エネルギーダンパーと呼ばれる一見重要で無さそうでいて、実は非常に重要な機能の制御回路を破壊していた。勿論これは、橘姫の意図した事による物では無かった。
戦艦のジェネレーターで生み出されるエネルギーは流体的な性質を持っていて、消費させる部位であるエンジンや主砲を繋いでいる。
エネルギーが消費されると、それを生み出すジェネレーターとの間で、流体中の圧力の変化によって生じる、慣性の作用が働くのである。
エネルギーダンパーは、この慣性を抑える機能を持っていた。
そしてこの瞬間、主砲の発射に備えたエネルギー注入器が、大量のエネルギーを瞬間的に消費して、主砲とジェネレーターとの間にウォーターハンマーと呼ばれる現象を生じさせていた。
身近では、止水栓を急に止めると配管がカンと鳴る、あの現象の事である。
注入器で発生したウォーターハンマーは、エネルギーダンパーが停止した事で、その慣性を減ずる事無くジェネレーター内部をまともに叩き、タービンブレードの羽を接触させて、これを破壊させていた。
主砲の発射に備えて限界まで作動させていた事がこれに追い打ちを掛け、戦艦のジェネレーターは内側から崩壊してしまっていた。
全てが、この状況で起こる筈の無い偶然の連鎖を、姫の魔神の剛運が現実の物としていた。
橘媛は一本の矢で、乗組員や船体に傷付ける事無く、戦艦のジェネレーターのみを破壊していたのだ。
エンジンが停止した事で、プラント衛星の遠心力により、戦艦が衛星の外に放り出されて行く。
すぐさま衛星の修復機能が復活して、ポリガラスが戦艦の開けた穴を塞ぎ、大気の流出が止まって行った。
全ての状況が戦艦の攻撃から十五分程度の間に終了していて、大気の流出も、八十郎が持ってきた非常用マスクを付ける程も無い位だった。
「じゃあ、行きましょうか?」
取り敢えず目の前の驚異が無くなったのを感じて橘媛が提案する。
緋色が武器を片付けて始めていた。
けれど、姉弟以外の全員が、何が起こったのか分からずに呆然と立ち尽くしていた。
「なんだ、その・・・、ぶったまげたな」
八十郎は、今起こった事が未だ信じられない様子だった。
「凄まじい物ですね」
十三が控えめな感想を述べる。
「そうでも無いのよ」
と、姫が応じる。
けれどそれは、遠慮や謙遜とは異なる、姫の実感だった。
橘媛の能力は、姫の身の回りの事にしか働かない。大局に影響を及ぼす迄の力では無いのだ。
図らずしもプルタークが指摘したように、世の中は、決してそんな力では動かないのだから。
それが証拠に状況は悪化していた。
ブランディッシュの皇帝が、橘媛を救うために戦船を持ってプラント衛星に駆けつけて来ていた。
そして、ラジャスタンの青年将校は、自らの船が自沈したのを、ブランディッシュの攻撃のためと言いはったのだ。
ここに、ブランディッシュとラジャスタンの争いの戦端が開かれてしまっていた。
戦争が始まってしまったのだ。




